宗教剣士団「慈悲深き刃」とイリアムの過酷な修行(四)
急な神の来訪に、平常時ならば驚き呆れていたであろうイリアムも、この異常な状況においては、ただただその事実を受け入れるしかない。
「(荒ぶる男の神アロマンドーレよ、わたしの乏しい言葉では言い尽くせないほどの感謝をお捧げ致します。古来より技を極めた剣豪はその恐ろしいまでの力を神々から授かったという伝説があるが、どうやら本当らしいぞ。だんだんと理性がはっきりしてきたから思い出したが、そうだ、わたしはこのパタロンダの道場で厳しい修行の最中だったのだ。戦い続けているせいで魂が肉体から離れてしまったということらしい。さてこれは、滅多に無い貴重な機会だ。賢き神アロマンドーレも仰ったように、人間が肉体の鎖から逃れる瞬間というのはなかなかありえないのだから。そうさ、今ならこの風のように自由な精神で、普段ならば分からないようなことが分かるだろうし、体得不可能な技術だって覚え込むことが出来るに違いない)」
不気味に戦い続ける己の姿をじっと眺めやり、イリアムは自分の剣の捌きを研究し始める。なんと奇妙な体験だろうか! 確かに奇妙には違いないが、イリアムはこの状態の非常に有益なことを実感した。
「(肉体の眼球ではなく、魂の眼球でわたしの戦いを観察していると、なるほど面白いことが分かってくる。剣術においては、剣こそが全てであり、剣を操る肉体はほとんど邪魔なものだ。肉体を斬られてしまえばその戦いには負けてしまうのだから、足手まといとさえ言ってもいい。そのため剣の最強は、剣になりきることだ。肉体を捨てて剣のみで戦うことだ。ああ、極意だ、これが極意だ、分かったぞ! 分かってきたぞ!)」
今こそイリアムは悟った。魂と剣とを調和させ、虚無と真空の境地において刃を輝かす神聖な極意を。感激の内に魂で涙を流し、神々への深い感謝の念と、剣への求道心が強く満たされる喜びでいっぱいになり、彼は精神に気持ちのいい朝日が浴びせられるような気がした。そして修行の成功を確信しつつ、過去に経験したことはないのに、何故か肉体に魂を戻す術を自然と実行していたのだが、これにはイリアム自身も驚いた。まるで生まれたときからこの肉体に魂を宿す方法を知っていたような気がしたのだ。
虚ろな表情をしたイリアムを襲撃し続ける剣士たちは、突然このふらふらの修行者が生気を取り戻したことに気が付いた。不気味に暗く、単調で鋭角的だった反撃はいきなり性質を変え、捉えどころのない、静けさと月光をイメージさせるような、流暢で洗練されたものとなった。この時点で修行開始からおよそ十六時間が経過しており、さわやかで堂々とした朝日が空に昇り始めている。道場にもやわらかな光が小鳥のさえずりとともに差し込み、空気は夜明けの喜びに満ちていた。
イリアムの魂は肉体に帰還した。剣の極意と神への謝意を抱きつつ。もはやそこに立っているのは以前のイリアムではない。師の教えを超越し、独力で己の道を探究する力を有する、一人の孤独な剣豪である。秘伝に束縛されるのではなく、後の世のために新たな遺産を増築することの出来る、偉大な求道者である。
無言の行の印として取り付けられた剣の柄の白い布は、イリアムと師範剣士たちの血で黒く染まっている。イリアムは四肢にみなぎる心地よい力を楽しみつつ、よもや不要となったそれを歯で食い破って捨てた。誓いは遂げられたのだ。無言の行から解放され、イリアムは口を開いた。
「万物の心臓、魂に光投げかける視線、神の創りし恵みの結晶、神聖にして荘厳なるわれわれの太陽は、今日も天にその座を占めた! 大地は清涼な気に満ちて、全ての動物が賛歌を絶やさない。魂の目で見るこの世の美しさはどうだろう! わたしもまた地上において、獣とともに太陽にひれ伏す者の一人だ。光と熱の要請があれば、わたしは容赦知らざる刃と化し、闇と魔性を討ち果たそう。精密にして崇高な剣技が、何とぞ神々の目を喜ばせますように! 」
泉のように湧き出たイリアムの言葉は、剣士たちを喜ばせた。魂が剣の極意を肉体に持ち帰ったことが、明確に証明されたのだ。危険な死への旅路をくぐり抜けることで、己を極限まで高め、再び地上に帰還するという、まさしく「冥府紀行」の名の通りの修行を、彼は無事生還した。夜明け後のイリアムは圧倒的だった。初めにイリアムがテテローソと戦った時に抱いた「空気と戦っているような感覚」を、逆にテテローソたちがしたたかに味わわされた。もっと正確には、彼らは「剣そのもの」と戦っているように思われて、攻撃の目標である「剣の使い手の肉体」の気配が消えたように錯覚したのである。
修行開始から二十四時間。全ての剣士が傷を負わされ、立っているのはイリアム一人。気を失っている剣士たちに一礼してから、彼は道場に背を向け、去った。イリアムには聞こえなかったが、テテローソが血だらけの口の中で叫んだ。
「天晴れ!」
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