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宗教剣士団「慈悲深き刃」とイリアムの過酷な修行(二)

 「慈悲深き刃マルコ・ノロモンタール」に伝わる特別な修行法にはいくつかの種類がある。最も初歩的な修行は、剣を握って三年目の剣士に課される「野鳥狩り」で、これは剣術師範が時計台から街中に撒いた羽毛を、着地する前に全て剣で斬り刻まなければならないというものである。五年目の剣士がこなさなければならないのは「金剛砕き」といって、魔法の力が封じ込められた岩を一太刀で割らなければならない。未熟な剣士がこれを行うと剣の方が折れてしまうのだが、剣を駄目にしてしまった者は即座に破門となるというのだから厳しい。今回イリアムが受けることとなる修行はしかし、「野鳥狩り」や「金剛砕き」などとは比べものにならないほど困難で、危険なものである。それは「冥府紀行シャヴァ・ポリクオリ」と呼ばれているが、十年に一度程度の頻度で行われ、選ばれた剣士のみが立会人として参加することが出来る。そのため修行の内容まで知っている剣士は少ないのである。この修行を受けることが出来るのは、現役の神聖剣士父マルコロ・パパーナあるいはその経験者からの推薦を受けた者のみ。修行を終え、生きて道場を出ることの出来る剣士は――ほぼ皆無に近いのであった。それでも見ず知らずのイリアムをテテローソが推薦したのは、勇者の弟子の非凡な才を感じ取ってのことである。


 テテローソとの手合わせ後、イリアムおよそ半時ほど瞑想をして待機していた。その間に修行立会人たちが集まった。未熟な剣士たちは外出し、道場に近づかぬよう命令された。立会人たちはいずれも優れた腕を持つ剣士で、生涯の半分以上をこの道場で過ごしている人間である。白い粗布で体の線を見せないよう仕立てられた修行剣士服の男たちは、不吉な冥府の使者団のようにも見えた。彼らの腰にあるのは腕の良い職人の手になる強力な剣で、冷酷な輝きを四方に向ける。


 「それでは『冥府紀行シャヴァ・ポリクオリ』を開始致す」テテローソ他計十九人の剣豪たちが、壁に向かって目をつむるイリアムを囲み剣を抜く。「この修行の内容は至極簡単――死ぬまで斬り合うのみ!」

 

 次の瞬間、イリアムは剣豪たちの殺気を身に受け、大量の冷水を浴びせられたように感じた。勇者の剣と愛用の緑宝玉の剣両方を抜き、双剣で襲い来る男たちに対抗する。相手は皆テテローソ級の使い手であり、少しでも気を抜いて隙を見せてしまえば斬り殺されるだろう。「冥府紀行シャヴァ・ポリクオリ」とは何のことはない、ただただ達人たちとの終わりの見えぬ戦いなのである。


 「(本当に死ぬまで斬り合うのだろうか。彼らの殺気は確かに本物だ。こちらが相手を斬り殺さないことには、わたしがやられてしまう。なるほどこれは単純して究極の修行だ)」


 容赦なく斬り込んで来る剣士たちの攻撃をいなしつつ、イリアムは何とか反撃の機会を窺うものの、さすがに束になった達人たちは強い。一人が他の一人の死角を受け持ち、絶対に隙の生まれない動きを意識しているのである。また長期戦に備えるために、疲労が蓄積しないようイリアムを中心とする襲撃円形の内側と外側の役を、定期的に交代している。


 しかしイリアムも大したもの、並の剣士ならば開始三十秒も立っていられないであろうところを、一分耐え、五分耐え、十五分耐え続けた。剣豪たちもこの修験者の実力を本物だと認め始め、ますます剣を握る手に本気が込められて、殺気に鋭さが増す。


 「(危ない! 今の攻撃避けそこねていたら、間違いなく首筋を断たれていたところだった。なんという鋭い剣の扱いなんだろう、さすがパタロンダの剣士たちは伊達ではない。勇者直伝の剣術をもってしても、この人数の達人を相手取るのはやはり簡単ではない。何よりいくつかの奥義を封印しているのだからなおさらだ。とにかくこうした泣き言をも封印し、闇属性の秘伝を意地でも用いずに、生還することだ。それにこれだけの手練との戦いの内には、必ず発見があるはず。先ほどわたしの相手をした老剣士のような、あたかも己の肉体を空気そのものと感じさせる境地の技を盗み身につけてやるぞ)」


 この終わりなき戦いのはじめの一時間、イリアムはそんなことを考えながら剣を振るった。着物を斬られ、肌を剣が掠めはしたものの、切り傷をつくるような失敗は犯さずに立ち振る舞うことが出来たのである。むしろ迫り来る剣士たちの内、数人の腕を傷つけることにさえ成功していた。しかしながらさすがのイリアムも、二時間、三時間と時が経過するにつれて、息は苦しくなり、身体の反応が鈍くなり、動き回りながら考えごとをする余裕は無くなってきた。


 大体修行開始から四時間経った頃になって、日は次第に暮れ始め、道場の中も暗くなってきた。蝋燭を灯す下男は当然いないが、剣士たちはお互いが見えづらくなることを気にもしていないようである。イリアムはただぼんやりと戦いづらくなってくることを感じていたが、それが暗さによるものだと気づくのに時間がかかった。そして剣士たちの刃が、何度か自分の急所に命中しそうになり、いよいよイリアムは視覚に頼っていたのでは危険であることに気づいた。ただし明確に冷静な思考と理性によってそれを意識したのではない。ほぼ無意識の内に、本能の力によって、戦い方に注意をし始めたのである。


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