ピロの都と弟子たちの再開(二)
「……ロンバロンじゃないか!」
「貴公、イリアムか! まったく驚いた! これはどうしたことだ?」
イリアムがロンバロンと呼んだ、長身でいかにも武人らしい気骨を示す厳しい顔を持った男、彼もまたイリアムと同じく、勇者マホローンの弟子であり、槍術の極意を身に付けた騎士である。
ロンバロンは興奮を隠そうともせずイリアムに詰め寄る。
「何だ貴公も、陛下の謁見の光栄に浴す機会を得たのか、偶然にも同じ日に。貴公はおれがここに来ることを知っていたか? おれは貴公が近衛隊にいることは知っていたが、まさかここで会うことになるとは予想だにしなかったぞ」
「いやわたしも知らなかったのだ。これは一体偶然だろうか。まさか陛下のお計らいでは……。それよりロンバロン、何だその格好は」
皇帝陛下の前に出ようという男の服装にしては、ロンバロンの出で立ちはあまりに異様だった。というのも、兜こそ被っていないものの、魔力銀で出来た鎧、籠手、すね当てなど、まるで戦争に赴くかのような装備なのである。
「これはな、まあ色々事情があるのだが、とにかくこのような無骨な身なりでお目にかかることについては、陛下から予め許可をいただいている」
「そんならいいが……今日中に戦場にでも向かうのか」
「今日中に……というよりは、常に戦場にいるようなものだな、おれは。一年前より得体の知れぬ闇属性魔法使いたちに生命を狙われているのだ。この魔力銀の防具を身に付けていなければ、いくつ生命があっても足りん。これまでに何度背後を強襲されたことか」
「闇属性魔法……? 異国では盛んだと聞いたが、帝国内にも使い手がいるのか」
「まあ、それがな、おれを殺そうとしている奴らは異国の民なのだ」
「じゃあその異国の暗殺者共が、はるばる帝国までやってきたあげく、この宮殿内でまで貴公の命を奪う隙を窺ってるというのか」
「そうなのだ。この宮殿内ですら油断は出来ん。執念深いことにかけては神々でさえ賛嘆するほどの連中なのだ。おれはわれわれの師がいなくなった後、遍歴の騎士として各地を放浪し修行を積んできた。その途中、さる国において、闇魔法使い共ととある恋のために決闘し、見事に勝利を収めた。そうしたらこの復讐が始まっちまったのだ」
「その魔法使い共はメントガ人だろうなきっと。メントガ人が復讐というものにそそぎ込む熱情といったら凄いと聞くから」
「まさにそのメントガ人なのだ。呪うべき異教徒の民。メントガ人の女と仇討ちへの執着といったらそれを適切に言い表す言葉が見つからないほどだ。……ところでイリアム、貴公の話も聞かせてくれ、われわれが解散した後、貴公はどうしていたのだ? すぐ都へ来て近衛兵になったのか?」
こうした身の上話が盛り上がりつつあった時、さらに二人にとって喜ばしい来訪者がやってきた。
「む、貴公ら、久しぶりだな」
「おお! まさかホセか!」
「久しいなまったく!」
髪を綺麗に剃りあげて、粗布で作られたアザモン教の黒い僧服を身に纏った男、ホセと呼ばれる彼は、勇者マホローンから徒手空拳で竜をも殺す拳闘術を習い教わった怪僧である。質素な僧服の下には尋常ならざる強靱な体躯が隠されているのであった。
「拙僧は皇帝陛下に謁見を許されてやって来たのだが……イリアムにロンバロン、貴公らもどうやら同じ目的のためにここに控えているらしいな。果たしてこれは偶然かな」
「どうやらこう三人まで勇者の弟子が揃うとなると……いよいよ偶然では無いらしい」
しかし弟子たちの驚愕はこれだけでは終わらなかった。最後にもう一人、見知った顔の男が姿を現したのである。
「イリアムにロンバロン、そしてホセ! わたしですよ分かりますか、ニンバスです」
「ニンバス、貴公のことを忘れるわけは無かろう。久しぶりだな、いやはや」
ニンバスと名乗った学者風の男は、勇者から氷属性魔法の秘術を授けられた弟子の一人である。黒い革張りの分厚い魔書を片手に抱えていた。
「わたしは皇帝陛下に謁見を許されてやって来たのだが……貴公たちはいったいどういう用向きでここに集っているのです?」
「おれたちもまた貴公と同じ、謁見の光栄に浴する機会を逃すまじと、ここに集ったのだ。とはいえ、決して打ち合わせたのではなく、偶然四人再会したのだが……」と、ロンバロンが答える。
「どうも偶然ではなさそうだが」と、ホセ。
「貴公ら、聞いてくれ」と、イリアムが言った。「これは……あまり考えたくないことだが、わたしが思うに、宰相殿の最近の動きと関係があるのではないか? わたしも近衛兵として、様々な噂を耳にするのだが……」
「となると、今回こうしてわれわれが集ったのは、陛下に何かお考えがあるからではないのか」
「その通りなのだよ」
威厳を含んだよく響く声が四人の疑問に応答した。本能的に四人は、さっと姿勢を正して声の方向を向いた。果たしてそこには皇帝エルゴモンその人が、謁見の間と控えの間の扉を手ずから開けて立っていたのであった。
「陛下! このような機会を賜り大変光栄にございます。まずはこの近衛兵イリアムが、陛下に尽きぬ感謝の意を謹んで申し上げます」
イリアムが恐縮して膝を床につけた。他の三人もそれに倣って膝を折る。皇帝は微笑んで言った。
「君の忠勤ぶりはよく耳にしている。いつも帝国のために死を恐れぬ勇気を見せてくれる。そして何より特別可愛く思うのは、君が我が戦友マホローンの弟子、つまり、息子だからだよ。あの勇者マホローンほどに優れた父親は世にいない、その父親の息子となれば、当然これが優秀でないはずはないのだ。今日は幸運にも、その優れた息子たちが四人も集まってくれた」
皇帝の柔らかな視線を浴びて、四人は畏まって頭を少し下げた。皇帝は続ける。
「古代の哲学者の言葉に『子の身体は父の四肢に等し』というものがあったね。私と君たちの父とは兄弟以上の親しさを互いに感じあっていたものだ。だからその親しい友の息子ともなれば、これはもう自分の息子のように感じるのだ」
「もったいないお言葉、光栄でございます。しかしもとよりわたしどもは、陛下の両腕両足、第二の身体となって、いかなる命令にも服従致します。ただただ陛下にわれわれは盲目の忠誠を誓っているのですから」
「イリアム君のその誓いは近衛兵として大変立派なものだよ。ところで他の三人、可愛い息子たち、君たちはどうかな」
「そこのイリアムと全く同じことを考えております」とロンバロン。
「この身体は神と陛下にお預け致しております、いかように使って頂いてもかまいません」とホセ。
「わたしの氷魔法は陛下と帝国の繁栄に貢献するためにあるのです」とニンバス。
皇帝は満足顔になって言った。
「よろしい! わたしの命令は簡単だ。ただ、君たちの師の言葉を実行しなさい。つまり、十一年前、あの魔女王から授けられた素晴らしい武具が宰相の手に渡らないようにするのだ。褒美は期待していてよろしい」
「それではやはり武具が宰相の手のものによって……」
「そう、宰相が操る軍の者たちによって、すでに都に運ばれている」
「すでに運ばれている……! なんと、陛下、わたしはそんなに事が危急なものとは思いませんでした!」
「一刻の猶予もないのだ。わたしの忠実な下男に探らせたところ、どうやら武具は今、軍令院に安置されているらしい」
「……承知致しました。それではさっそくこの四人で、軍令院を襲撃し、武具を持ち去りそのまま安全な地まで追っ手を迎撃しつつ逃げのびましょう。封印に適切な土地が見つかるまで、地獄の底にでも行くつもりです」
「くれぐれも、皇帝の命であるということは秘密にしておくように。宰相がわたしを侮っていること、これは宰相の弱点の一つだからね。わたしは政治に向かない愚かな武人の役を演じつづける必要がある」
「はい。八つ裂きにされても漏らしますまい。あくまで勇者の弟子たちによる自発的行動ということに致しましょう。そもそも陛下がお命じにならなくとも、武具は奪還するつもりでございました」
「うむ。……ではそろそろ行っておくれ。さしあたりこれぐらいの金しかやれないのが心細いが……」
そう言って皇帝は、一人に五百テラスずつ金を与え、奥の間に引っ込んだ。四人はすぐに宮殿を出て、近衛隊の厩から上等の馬を拝借し、軍令院へひた走りさせた。
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