暗黒の儀式と四人の追撃手(三)
宰相は四人の暗殺者が少なくともあの怪しい神フロミデムルよりは役に立ちそうなのを見てとって、満足げに地下室へと戻っていった。
地下室には既に、闇の追跡魔術儀式に必要なためのものが用意されていた。つまり宰相の部下が無慈悲にも連れ込んだ無垢な少女、墓から掘り出してきた聖人の遺骨、縄で縛られ転がされている復讐者たち、瓶に詰められた飢えた犬の魂といった品々が。
「さすが宰相殿の手の者たちは仕事が早い、こうもすぐに集めるのが難しい供物が揃えられるとは驚きましたわい。こういうことなら話は早い、とっとと儀式に取りかかって傭兵どもをパタロンダへと差し向けることにしましょうや。あんまりのんびりしていても仕方がありますまい、病気で勇者の弟子たちが死ぬのを待つというのは得策ではございませんからな、あの者たちはとかく頑丈なもので」
カロスは上機嫌でそう言うと、野獣の骨で作られた刃物を手に取り、誘拐されてきた哀れな少女を裸にして、
「夜に誓うは乙女の血もて、邪悪の知恵を有する者ら、我らが民の敬虔を、黒い手広げ受け取り給え Ediwe sonkom rotteid yeyamin Imsoden de et van, lotte huminnd zexaoppe quo quite sond mat honnpe ougst mindee quaps sodeis naa」
と唱えた。すると少女の白いなめらかな腹から、霧のように血液が噴き出す。血の霧は自ずからカロスの足下に置かれているビンに集まり、やがて儀式に十分なほどの量となったのであるが、得体の知れないやり方で吸血された少女は気を失って倒れ込んでしまった。役目を終えたこの少女はポルマッキによって地上へと運び上げられた。
ビンを取り上げて顔を近づけ、中身を満足げにゆすりつつカロスは、
「さて少女の血はこれでよし、これだけあれば十二分に足りることだろさ。次は蓑虫のようにそこに転がされている復讐者たちの怒りを抽出してしまいましょうや。煮立った溶岩のような復讐の感情こそは闇属性を司る神々が好物とするもの。質の良い激情を備えた者であるといいのだが」
「感情を抽出するとはこれまた珍妙なことを言うじゃないか長老よ。人間の肉体に宿る理性と情念の魂、これこそが人間を野獣から区別するところのものだが、感情のみをまるでケーキのように分割して魔法の用に供するなんてことが可能だとはとても思えないものだ」
「四大の力をあてにして生活しているパリアの人間には想像も難しいようなことであっても、闇属性の領域においては当然のように通用する理というものは多く存在するもの。特に暗黒の魔導は、死と魂の扱いに関する力であるのですからな。まあ見ておりなされよ」
「まったく闇属性というのは、まるで悪夢のようなことを次から次へとやってのける。神々をも恐れぬあまりに不敬虔な属性と言わなくちゃなるまいよ。この呪われた属性がパリアで禁忌とされている理由も良く理解できることだ。なんといっても栄えある帝国には似つかわしくない魔法だから」
「……大いなる怒りの大地は血に満たされ、夜とともに憤激する地獄の悪鬼をも恐れぬ魂たち、冥府の神々の下へ参集せよ。 Edaise, seoidu diehya diei por quie et sonndns mosr lingsten mitttes pon yamigs bud Dongen lig et ma ets soppo ronnde mia miand sips」
あの世からの呼び声のようなカロスの詠唱が始まると、縄で縛られ口には布を詰め込まれている男女五人が、身をよじらせ苦しみ出す。数秒後、彼らのへそのあたりから青白いもやのようなものが立ち上ってきた。この青白い物質こそがカロスの抽出した怒りの感情である。この惨めな犠牲者5人はそれぞれ、家族を殺されたり恋人を奪われたりしたために激烈な復讐の念を抱いて日々を送っていたのであるが、その負の生命エネルギーこそがカロスの儀式に不可欠な力なのであった。
「ほう、これはなかなか上質でよろしかろ」カロスは怒りの感情体をビンに集めながら微笑んだ。「この男の怒りは子供を殺されたために生まれたものじゃ。下手人を追跡し、捕縛し、しっかりと始末したいという野獣的な欲望によって黒々と輝いておる。うむ、こっちの女は夫を奪われた怒りで神々にも刃を向けようという勢いを持っておりますぞ宰相殿、もっとこっちに寄ってご覧になられよ。ほれ、嫉妬による赤く濁った魂の腫瘍が、ぶよぶよと音を鳴らしておりますぜ。そこの一番若い娘の怒りは……こりゃまた大変な皮肉ですな、どうやら宰相殿へ向けられたもののようです、ああ、この娘の父親は宰相殿によって地位を奪われ職を追われ、名誉も財産も失って命を落としたということらしい。まあ、ここで怒りを一滴残らず抜き取っておきますからな、安心なされよ」
「怒りをすっかり吸い取られてしまった人間は一体どうなるのだ」
「なに、この復讐者たちは復讐を果たしもしない内から復讐のむなしさを知り、怒りをやわらげ、これより先は穏やかな生活を営むことになりますわな。実際そうなった方が得でありましょうよ、仮に幸運に恵まれて仇敵を討ち果たしたとしても、後に残るのはわずかな達成感のみであって、むしろその仇敵の息子や妻、つまり新しい仇敵が出現するのだから。きりがありませんや復讐というやつは」
実際カロスの言った通り、復讐者たちは怒りを奪われてから抜け殻のように大人しくなった。宰相が口に詰めた布を取ってやると、子供を賊に殺されたらしい男がぼんやりと話し始めた。
「ええいまったく怒りという感情を抜き取られてしまっては、何をこれから頼りにして生きていけばいいやら分かりませんや。二年前どこからともなく現れた山賊に娘を殺されてしまって以来、娘への愛を敵への憎悪に変化させ、復讐を遂げることだけを目標としてきたわたしですが、もうぐらぐらと湧いてくる不思議な仇討ちの元気も無くなってしまいましたから。仕方がないから田舎へ帰って木の実を取ったり土を耕したりしながら寒々しい余生を暮らすことにしましょう。そしてせいぜいつつましく生涯を終えて天国に行き、神様の下で娘と再会することにしましょう」
ぐったりと語るこの男と残りの復讐者の抜け殻四人は用済みであるから、宰相の命によりポルマッキに一階へ連れて行かれた。こうしていよいよ儀式のための供物が全てすぐにも使用可能な形で揃ったのであった。飢えた犬の魂は、カロスが復讐者の魂を封じ込めたのと同じやり方でビン詰めされたのが魔女の店に売っていることがある。それを宰相の手の者たちは買い集めたのであり、すっかり十頭分のビンがカロスの前に並んでいる。
「では勇者の武具追跡魔法の儀式を始めるとしよう、宰相殿、パタロンダへと送り込む傭兵どもを連れてこさせて下され。供物さえ集まってしまえばそう時間のかかる儀式ではないが、魔法を付与する当の対象者がいなくてはどうにもしょうがないですからな」




