暗黒の儀式と四人の追撃手(一)
勇者の弟子たちがパタロンダの地に足を踏み入れた頃、すなわち邪悪神フロミデムルを召喚し、敵の下へ送り込んでから七日後。宰相ブレンドロスとメントガ人の暗黒長老カロスは地下室で再び、四人を葬り去る算段を立てていた。今度は、宰相が連れてきた腕利きの傭兵たちが控えの間で待機しており、転移魔法陣によって彼らを送り込むことが決定している。問題となっているのは、四人の敵たちの居場所ということだけであった。
「ええいまったく、長老カロスよ、メントガ人の神というからにはさぞかし人間など相手にしないほどの強大な力を持っていると思ったが、どうやら惨めにも返り討ちにあってしまったようではないか。この魔法陣に追跡の呪文を投げかけてみても、まるで邪悪神の気配は応答しない。これではそこいらで昼寝でもしている土地神でも送り込んだほうがましだった」
「あまり焦りなさるなよ宰相殿」自分たちの神をさんざんに侮辱されて、カロスは心底不機嫌そうな顔をした。「それだけあの敵どもが持ってる武具が強力なのじゃろて。神々も一目置く、あの偉大なる魔女王が直々に作り出した装備であれば、フロミデムルほどの神であっても少々手こずることはある――」
「手こずる? 否、メントガ人の神フロミデムルは確かにやっつけられてしまった。大地からさっぱりといなくなってしまったのだ。手こずるどころの話ではない」
「あまり無知を恥じらうことなく何でもかんでも思いついたことを口に出すものではありませんぞ、宰相殿。神は不死の種族。一時的に力を失い見えなくなることはあっても、永遠に消え去ってしまうということはありえないもの。邪悪神フロミデムルはわれわれメントガ人による生贄の儀式と日々の熱心な祈祷によって、徐々に力を取り戻し復活なさる」
「まあフロミデムルの運命などはどうでもいいのだ。われわれ人間が神の永遠なる生涯について語ったとて、何になろう? 問題は今日、上の階に控えさせている、腕に覚えある兵たちを敵の下へ送り込むにあたって、どのような宛先を設定すれば良いのであるかということ。方角から考えても、まず四人がパタロンダの雑踏の中に身を潜めているのは間違いない。しかしあの傭兵たちをパタロンダのどこかへ送りつけたところで、無事標的を発見できるかどうか」
カロスは指で空中に、何か文字を書き始めた。指からは黒い影のインクがほとばしる。
「これが読めるかね宰相殿」
「なんだ……『呪わしき供物、邪なるものの血脈、飢餓に生きる怪犬よ、暗黒の気放つ黒き香木を食らえ、目血走らせ追走せよ。 Hdieoise, soiejjq diehg zvoie iek offjie p sei ya Mignei slinglsy teni pottens orrnon vonmittes, masei, orieiud of yunioned』」
「その通り。これは強力な呪いのかけられた人間、あるいは物体を追跡し発見するための魔術。これをあの傭兵どもに付着させておけば勇者の武具はすぐに発見出来ることだろう。なんといっても魔女王の作り出した武具には、どんなに遠方からでも分かってしまうような、呪いに似た強力な気が込められておる」
「……なるほど結構だ。その魔法があてになるのであれば、すぐにでも傭兵をここへ呼んできて、パタロンダへ転送することにしよう。むしろやつら四人の目の前に傭兵どもを送るよりも、その追跡魔法に頼ってパタロンダのどこか適当な場所へ送り込んだほうが、暗殺には都合が良いように思われる。暗殺者側のみが暗殺される側の存在に気づいているという状況は、大変有利なものだ」
カロスは苛立ちを隠そうともせずに大きな咳払いをした。
「闇の魔術というのは、宰相殿が考えているほどに、簡単に扱えるものではないということを、よく覚えておいていただきたい。今ここに書き出した術式を実際に用いるためには、様々な準備が必要となる。強力な呪いを追跡するということは、常に頑健な魔力を発して闇の波動を調和させ、打ち消えないように維持しておかなくてはならないということ。傭兵どもに持たせておくためには、もう少し工夫が要りますでな」
「ではその準備とやらを早くやってくれ長老。必要なものがあれば家の者に命じて持ってこさせる。わたしはいち早くあの四人を討ち果たしたいのだから、あまりもったいぶった言い方は止してもらいたい」
カロスは指で再び文字を書き、追跡魔法に必要な様々な素材の表を作り上げた。そこには、「無垢な少女の血液一人分、アザモン聖職者の遺骨三人分、怒り狂った復讐者の激情五人分、飢え死んだ犬の魂十匹分」とあった。
いくら帝国を牛耳る大権力者ブレンドロスとは言え、注文の品は彼にとっても収集が困難なものであった。しかしながら暗黒の魔術というものがどれほど陰惨な供物を必要とするかということに今更驚かぬ宰相は、すぐ配下の者になんとかそうした品を集めるよう命じた。期限は三時間以内、どのような手段を用いても最後は己の権限によって事の荒立たないようにするという約束を与えてやって、総勢二百人が動員されたのである。
供物の到着を待ち、カロスが追跡魔法の術式調整と暗黒の神々への祈祷をしている間、宰相は控えの間に待たせてある傭兵たちと面談しようと思い立った。ポルマッキに持ってこさせた剣を腰に帯び、控えの間に足を踏み入れると、そこでは屈強な男女が四人雑談していた。彼らは宰相を見て一瞬沈黙したが、四人の内の一人、顔の彫りが深い白髪交じりの初老の武人が恭しく言った。
「これはお噂に名高い宰相殿、帝国一の策士にして騎士の中の騎士、皇帝陛下をも凌駕する手腕を有し、いずれは己の血脈を皇族のそれと交代しようと企む、恐れ知らざる盗賊の頭領とでも言ったがようなお方。われわれは猊下の手足として働けることを至上の喜びと考えておりますぞ。何といっても傭兵にとっては金の払いこそが正義――その点宰相殿はこれまでに会ったことのないほど気前のいい主人だからなあ」




