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ピロの都と弟子たちの再開(一)

 パリア帝国は十一年前、大変な危機的状況にあった。北の魔物山脈ディスパリアに住む魔女王ゾンドゴンゴの兵たちが、二百年ぶりにパリア領土に足を踏み入れたのである。魔物たちの目的は、魔女王のペットである人間の少年たちの繁殖のため、魔法の才ある若い少女を獲得することだった。パリア帝国の都ピロでは、魔物たちを迎え討つ戦士を全領土から募った。そして南方の田舎からやってきたのが勇者マホローンである。マホローンはその時三十才の田舎貴族であったが、前世の行いが良かったのであろうか、類稀なる才能を有しており、剣術から魔法まで何でも一流の実力を誇っていた。


 魔物軍の前線がピロから六十ペダントという距離にまで至った時、さっそくマホローンを始め精鋭たちで形成された皇帝直属の討伐隊「神々の尖兵」が都を発った。二日後、魔物たちと衝突した「神々の尖兵」。昼夜の区別の無い激烈な戦闘の後、大きな犠牲を払いつつ勝利を収めたのは人間側であった。と言っても、最後まで戦場に立っていたのは勇者マホローンと皇帝エルゴモンのみであった。総勢三十名の討伐隊の内、二名だけしか生き残らなかったのである。


 暗黒宮殿から戦の様子を眺めていた魔女王ゾンドゴンゴはマホローンとエルゴモンの勇気と力を讃え、それ以上追加の援軍を送ることをしなかった。かくしてマホローンは勇者として帝国に名を馳せ、エルゴモンは皇族の血の優秀さを改めて民に示したのである。たった二人による都への帰還の最中、魔女王ゾンドゴンゴは巨大怪鳥バルバホーポロを使者として遣わし、二人にそれぞれ贈り物を与えた。


 勇者マホローンには強力な魔術の込められた剣、盾、鎧、兜。ダイヤモンドやエメラルド、その他色とりどりの宝石で豪奢な装飾が施されたもので、とても人間の手では作り出せない究極の武具である。皇帝エルゴモンには黄金の帝冠。魔女王自らの手で拵えたというその品は、支配者の変わりなき繁栄を百二十代先まで護り継続させる力を有しているとか。これらの宝を身につけて凱旋した二人を目にした民衆は、彼らをあたかも天より降り来た軍神のように感じたのであった。


 パリア帝国の変わらぬ栄光に万歳。


 エルゴモンは再び宮殿に入ったが、勇者マホローンは強く薦められた近衛将軍の地位を拒否し、ひっそりと八人の少年少女を集め、南方の故郷シリマースで一年間の教育を施した。勇者は教育者としての才にも恵まれていたのであろう、八人の若い弟子たちは瞬く間に優れた技法を身につけた。ただ、どんな意図があったのかは勇者本人以外の者が知ることは出来ないが、教師マホローンは弟子一人ひとりに異なる技を伝えた。


 剣術、槍術、拳闘術、火属性魔法、氷属性魔法、風属性魔法、地属性魔法、治癒魔法。


 これら八つの術が、八人それぞれに一つずつ授けられたのだった。一年間の教育を終えると、勇者マホローンは旅に出た。死地を探す旅だという。弟子たちの随行は許さなかった。出発の際、勇者は魔女王から与えられた武具を郷里シリマースの小さな神殿に封印した。そして弟子たちに、「この武具の封印が解かれ、何者かの手によって利用される危機に見舞われた場合、諸君らはこの武具を奪還し安全と思われる場所に再度封印せよ」という言葉を残していった。


 師と別れた弟子たちは帝国の各地に散った。



 勇者が姿を消してから十年。皇帝エルゴモンの身辺には、怪しい策略と陰謀の影が蠢いてた。抜け目無き宰相ブレンドロスが権力を一手に掌握し、皇帝を差し置いて帝国の内政を思うがままに操っていたのである。


 特に宰相は、帝国を守護する巨大な軍隊に積極的に働きかけ、二年ほどかけて敵対勢力を駆逐、幹部の席を己に忠実な者で占領してしまった。そのため帝国軍は皇帝のための英雄の集いというよりも、今や宰相の私兵集団のような性格を濃く持っていた。かろうじて皇帝にもっとも近しい近衛兵たちだけが、宰相のために命を投げ出すくらいなら自害してしまったほうがまだ良いと考える人間で占められている。


 近衛兵の一人、剣の達人イリアムはまさに皇帝のみに忠誠を誓う青年であった。そして何を隠そう十年前、勇者マホローン八人の弟子であった若者たちの内の一人である。勇者からは剣の秘伝を授かったのだった。



 その日、イリアムは皇帝より謁見の機会を与えられていた。勇者マホローンの下での修行時代について、美酒を飲みつつ少し昔話がしたいと、皇帝から近衛兵イリアムを呼びつけたのである。


 こうした機会は大変珍しい。イリアムは念入りに近衛兵の制服を点検し、なるべく自分が立派で忠誠に篤い戦士に見えるよう、苦心して身支度した。


 そして逸る気分のために予定時刻よりもよっぽど早く宮殿の前に着いたのであるが、歩哨に当たっている同僚の近衛兵と雑談をして暇つぶしを始めた。


 「しっかり見張り給えよ、悲しいことにこの宮殿の付近には、宰相殿の陰謀の影がちらちらとしている。まるであの小鳥や猫までもが宰相殿の密偵に見えてくるようだから不思議な時勢だな」


 「なに、怪しい者を見つけたら問答無用でたたっ斬ってやるまでさ。軍の連中やその他宰相殿の私兵を相手にして、怖じ気づくおれではない。ところでイリアム、貴公、だいぶ早く来すぎたようだが。まだ皇帝陛下にお会いにはなれまい」


 「いや、早く来すぎたということはわたしにも分かっている。とにかくこんな光栄な機会は滅多に無いからな、家でじっとしていることは出来ないのだ」


 「うむ、そういえば、貴公に一つ忠告があるぞ。昨夜から軍の連中に怪しい動きが見られるようだ。何でも南方の駐屯軍に緊急の指示を与えたらしい。隣国との戦争なんどもしばらくはあるまいというのに、おれにはどうにも怪しいと思われて仕方がない」


 「南方……? それは妙だな……。南にはわたしの師の郷里があるのだが、まさか……」


 「そう、そのまさかなのだ、おれはそう睨んでいる。きっと宰相殿は勇者マホローン殿の武具の封印を解き、軍の手に渡すつもりなのではなかろうか。もしそうだとしたら、貴公、あまり派手に出歩かないことだ。いつ背後から卑怯な刃が貴公の首を斬ろうと襲いかかるか、分からないぞ。なんといっても貴公ら勇者殿の弟子たちは、宰相殿にとっては非常に邪魔な存在であろうから」


 「貴重な忠告を感謝する。大変なことだ。あの強力な武具が軍の手に渡りなどしたら、いよいよ陛下のお立場が危なくなる」


 「……しっ! イリアム、この話は終わりにしよう。あそこの影に何やら聞き耳を立てている者が潜んでいる気がする。ちょっと見てこよう」


 怪しい気配を感じて二人がマロニエの木の陰に近づくと、黒衣の男が地面を這うようにして素早く逃げていった。


 近衛兵は剣を抜き、


 「貴公、歩哨の任に就いている他の兵たちに、警戒を怠らぬよう伝えてくれ。おれは彼奴を追うことにする。地の果てまでも追いつめて斬り殺してやろう」


 と言い捨て、走って行ってしまった。


 イリアムは頼まれた通り、他の同僚たちに今の出来事を伝え、ちょうど予定の時間が来たので宮殿に入っていった。


 取り次ぎの者に案内されて、皇帝の居間の次の間でしばらく待っていると、驚いたことに昔馴染みの男が後から入ってきた。


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