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引越し屋の正体

散々日本茶をお代わりさせられた俺は「では、また明日伺います。おやすみなさい」とコンシェルジュに頭を下げ部屋を後にした。

二階へ続く階段には蛙の姿もザリガニの威嚇するハサミも見当たらなかった。

時計の針は七時を回っていた。

なんだかんだと内藤コンシェルジュ部屋に三時間以上も居たことになる。

日本茶の飲みすぎで腹がかぽかぽと音を立てているのも納得だった。

階段を上りながら空を見上げると、すみれ色の夜空に半月が白かった。

月光は真っ直ぐに俺の頭に落ち、そして辺りを同じ色に染めていた。

耳を澄ますと池の方から「げーこげーこ」と野太い声がする。

雨の中俺をじっと見上げていたガマカエルに違いない、そんなことを考えながら自室の扉の前に立った。

郵便受けにはまた何かが挟まっていた。

「新聞いかがですか? また訪問いたします。SHIE」のメモと、「もうすぐ花火大会! 是非ご参加ください!蓮香」のメモだった。

「新聞…花火大会…」

そっとメモをポケットに収め、「レ・ミゼラブル」と迎える黒いドアを開き部屋に入った。

「七時かい 寝るには早いが 何も無い」

思わず漏れた五・七・五に自分で呆れた。

テレビもラジオも何も無い。

あるのはヘルメットだけだ。

ため息をつき、流しの蛇口をひねった。

一瞬ごぼっと音を立てた蛇口ではあったが、次の瞬間にはドドーっと勢い良く水が流れ出した。

ほっとした。水道は通っている。

べたべたの身体を洗い流したかった。

そのまま風呂場のドアを開け、俺はシャワーを浴びた。

カルキ臭さの欠片かけらも無い、田舎の水に感動した。

すっきりした俺はやることも無かったのでヘルメット磨きなどをしながら時間を潰した。

何だかんだと言って身体は疲れていたのだろう。

布団も何も無かったが六畳部屋でゴロゴロとしていた俺はいつの間にやら眠ってしまったらしい。

気づいた時にはベランダの窓から燦々(さんさん)と朝日が射し込んでいた。

その眩しさに目を覚ました俺は窓を開け、半ば腐りかかっているベランダに素足で降り立ち、不細工に水色に塗られた柵に手をかけ外の空気を肺一杯に吸い込んだ。

「うまい」

空気がこの上なく旨かった。

朝露に濡れた緑の稲が太陽の光に輝いている。

その間を縫うように白鷺しろさぎが長い羽をゆっくりと動かし飛んでいた。

「悪くない」

明金三丁目の朝は気持ちのいいものだった。

左右に伸びる一本道を右から左に視線を動かすと、ずっと向こうに青い軽トラがこちらに向かってガタガタと近づいていた。

荷台にはほろが掛けられ、酷く揺れており、その隙間から何やら見覚えのある生地が見え隠れしていた。

「あれ?」

近づいてくる軽トラックが次第に鮮明になって目に入る。

「間違いない、俺の抱き枕だ」

荷台からベロンとはみ出したそれは俺が五年以上愛用している抱き枕だった。

「なんだ、何で俺の抱き枕がはみ出てるんだ」

いや、訝るのはそこじゃなかった。目を凝らすと見覚えのある顔が二つ。

「まさか」

運転席に若い男、助手席に口を半開きにし爆睡するオヤジ。

二人とも頭には黄色の何かが乗っかっていた。

「おい…」

俺は慌てて部屋に戻り、ヘルメットを装着した。しっかりと立つ二本線。

加藤の番号を表示させ、即効でボタンを押した。

そのままベランダへ戻り、再び軽トラックを見守る。

急ブレーキを掛けた軽トラックがガコンと揺れ、はみ出した抱き枕がベロンと回転した。

助手席側のオヤジがフロントガラスに頭をぶつけ、何やらわめいている。

「もしもし? 先輩っすか?」

携帯の奥から加藤の高い声がする。

軽トラックの運転手をみるとやはり携帯を耳に当て口を動かしていた。

「お前か?」

「先輩、何っすか、お前かって。お前かイコール加藤か?って意味っすか? そうです、加藤です」

「どうしたんだ?」

「自分で掛けておいてどうしたんだって事はないでしょう、それは俺のセリフっすよ」

「それもそうだ、すまん。…いや、そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「こっちだ、こっち」

「こっち?」

「そのまま斜め右前方のアパートを見ろ」

「斜め右前方?…あ!」

「やっぱりお前か」

「いや〜〜先輩! こんな朝っぱらからお出迎えですか! 嬉しいなあ」

窓から身を乗り出す男がぶんぶんと手を振っている。

頭の上の黄色…もはやヘルメットには違いなかったが、その頂上の銀色の触覚が陽光に反射し俺の目を攻撃した。

運転する男は案の定加藤だった。

その隣でひたいをフロントガラスにピタリとくっつけてオヤジがこちらを凝視している。

「斉藤部長か」

「俺っすよ、加藤ですよ」

「いや、そうじゃなくて隣り」

「ああ、そうです、部長です、代わりますか?」

「いや、いい」

「しかし何してるんっすか先輩、トランクス一丁にヘルメット被って。超ウケるんっすけど!」

ぶぶぶっと吹き出す加藤の隣りで斉藤部長も腹を抱えていた。

俺は自分の姿を見下ろした。言われてみれば何だこの格好は。変体が越してきたと思われても仕方のない、中途半端なお笑い芸人ではないか。

いやいや、それよりも触覚付きヘルメットを被り青い軽トラックに腰を下ろすお前らもなかなかのもんだぞ。

どの辺りからその格好で運転してきたのだ。

「何でお前と部長が居るんだ」

「何でって引越し荷物を運んで来たんっすよ」

「は?」

「夜通しで」

「何でお前が」

「ちょっと色々ありまして。で、先輩そこにヘルメット被ってそんな格好でいるって事はそこが先輩の部屋っすね」

「ここにヘルメット被ってこんな格好でいるからここが俺の部屋ってわけでは無いぞ」

「ぶっ! オモロイっすね、先輩」

「いいから静かにこっちに向かってこい。分かったな」

「了解っす!」

そう言うと軽トラックは再び動き出した。

メゾン・デ・孝明の前に止まった軽トラックから加藤がブンブンと手を振っている。

俺は「しーっ!」と唇に指を当て、加藤の高い声が上がる前にそれを阻止した。

「とにかく静かに上がって来い」と小声で加藤の頭に声を掛けると「うんうん」と頷いた加藤が降りてきた。

その後に続いて「よっこらせ」と斉藤部長が降りてきた。

そんな様子を例のガマカエルがやはり蓮の葉に乗っかり、じっと見つめていた。





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