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どうやら歓迎会

「ささっ! つっ立ってないで腰を下ろしてください!」

タンクトップにハーフパンツのさっきの体育会系の男がやっぱり感嘆符をつけたセリフで俺たちに座るよう促した。

「どうぞどうぞ」

コンシェルジュが紺色の座布団を三つ突き出した。

「失礼します」

俺たち三人は熱気で白く曇る部屋のちゃぶ台前に腰を下ろした。

それでなくとも狭い部屋だ。

俺たちの他に太ったコンシェルジュ、体育会系のガッチリ男、そしてその他大勢。

明らかに六畳部屋にちゃぶ台を囲んでかしこまる人数では無かった。

両脇の斉藤部長と加藤も窮屈そうに身体を縮こめていた。

「座っていただいて何ですが、これから庭に移動します」

コンシェルジュの一言で皆が一斉に立ち上がった。

「え?」

俺たち三人は正座したまま、立ち上がった皆に取り囲まれる形となった。

「さ、立って立って!」

何なんだ一体。

座れと言っといて、今度は立てと言う。

意味も無くあせりながら立ち上がった俺たちは、ぞろぞろとベランダから外に出る人間たちを突っ立ったまま眺めていた。

体育会系の男がバーベキューコンロを持ち出し、手際よく点火作業を開始した。

内藤コンシェルジュは巨体を揺らしながらせわしなく肉やら野菜やらを外に持ち出している。

ジュースやらビールやらの入った箱を軽々と持ち上げた中年のおばさんが、ショッキングピンクのつっかけに、これまたショッキングピンクのぺティキュアがほどこされた足を突っ込んで庭を歩き回っていた。

部屋に入って真っ先に目に飛び込んできたショッキングピンクのTシャツにショッキングピンクのスパッツ姿でだ。

「……パー子」

隣りの加藤がもっともらしい台詞を呟いていた。

「……レミ」

逆隣りで呟いた声に驚いた。部長だった。

「どうしたんですか、部長」

「…レミだ」

「は?」

「あのピンク」

「はい?」

「レミだ、あれは絶対」

何を言い出すのかと思ったら…架空の人物レミのことを言ってるのだろうか。

「レミって…レミイズワンダフル?」

「そうだ」

「知り合いですか?」

「いや」

違うのかい! 加藤も興味津々で部長の顔を凝視している。

「先輩、あの人がレミさんですか?」

「いや、知らないし」

「でも今部長がレミって」

「妄想だろう」

「でも何だか…パー子ですけど、レミって感じっすね」

確かに。

全身ショッキングピンクのおばさんは、いでたちはパー子だが、何となくレミイズワンダフルオーラを全身から立ち上らせているように見えた。

ショッキングピンクってところが、いかにもワンダフルだ。

「ま、とにかく俺たちも手伝おう」

つっ立っていても仕方ない。

外に食料を運び出しているということは、これから外で夕食会のようなものが開かれるのだろう。

そしておそらくこれは俺の歓迎会だ。

「ちょっとすみません」

後ろからの、か細い声に振り向いたがそこには誰も居なかった。

いや、居たのだが見えなかっただけだった。

少し視線を下に移動すると、マッシュルームカットのチビすけが小皿を抱えて俺を見上げていた。

「そこ、どいてくれませんか」

マッシュルームカットのチビすけが生意気な口調で小皿を抱えた腕を左右に振り、「のけ」と促してくる。

「あ、ごめん」

加藤が俺の腕を引っ張って道を開けた。

「君はレミの子か」

ベランダから外に出かけたチビに部長がまたも話しかけた。

「ちょっと部長、藪からスティックに…」

この状況に少々混乱していた俺は、当たり前のようにルー語を使ってしまった。

それを恥じるまもなく、チビがくるりと振り向き部長を見上げて面倒臭そうに呟いたのだ。

「そうですけど、何か」

「「ええっ」」

俺と加藤はけ反った。

そうなのか? お前、レミの子なのか?

といことは、あのショッキングピンクは…

「あのピンク…レミイズワンダフルなのか?」

恐る恐るチビに聞いてみる。

「違います」

「え? でも今レミの子だって」

「レミの子です」

「あのピンクはレミ…じゃないのか?」

「レミです」

「ううん?」

なんだ? よく分からない。

「よく分からないのは、僕のほうです」

こちらの気持ちを理解したのか否か、チビはあからさまに嫌な顔つきをして俺たちをねめつけた。

「あれは確かに僕の母です。そしてレミです。しかしレミイズワンダフルではありません」

「…」

「なんですかワンダフルって。いい年して意味の分からないことを口走らないでください」

「…」

確かにレミだった。そしてこの小生意気なチビはレミの子だった。

「やっぱりレミか」

嬉しそうに頬を蒸気させながら部長が玄関を出ていった。

部長の変な勘……というかただの勘違いから始まったレミの存在と消息。

そのどちらもが今この場で証明された。

ここに来てから可笑しなことばかりだ。

俺と加藤は部長のあとを追うようにして玄関から庭に回った。

昨日の半月はやや肉を増し、満月まであとひと肥えという状態で濃紺の空に浮かんでいる。

部屋の中では気づかなかったが、目の前の田んぼでは蛙の大合唱が鳴り響いていた。

澄んだ夜気が首筋に心地よい。

田舎の夏の夜は、夏と感じさせないほど透明な空気に満ちていた。

「ちょっとこの軽トラ、端に避けてもらえないかしら」

パー子…いや、レミが軽トラの荷台を叩きながら叫んでいる。

「ああ、すみません」

素直に返事をした加藤が急いで軽トラを移動した。

空いた場所にビールケースを並べて、レミが手際よく即席テーブルを作り始める。

その傍で若い男が焼き鳥を食っていた。

つかつかとその男に歩み寄ったレミがガツンと拳を食らわしている。

「マー坊、あんたもちゃんと手伝いな!」

マー坊と呼ばれ、頭をぶん殴られたソイツは、「いてぇなぁ」とボヤキながらレミの作業の手伝いを始めた。

コンシェルジュは、オタフクソースの香り高いやきそばをレタスのダンボール箱の上に置き、めいめいの皿に取り分けていた。

その傍に、猫を抱えた若い女がやってきた。

「内藤さん、私も手伝います」

「ああ紗希ちゃん、宜しくお願いしますね」

紗希ちゃん…? どこかで聞いたような…

紗希ちゃんと呼ばれた女は抱えていた猫を足元に下ろし、内藤コンシェルジュの手伝いを始めた。

「可愛い子ですね」

加藤がにんまりと微笑み、俺に語りかけると、足元にぴたりと寄り添ったままの白い、しっぽの先が黒い猫が「ふーっ!」と俺たちを威嚇した。

自分の女に声を掛けられたような、人間のような目つきだった。

体育会系の男の焼く棒付き肉と野菜から程よい煙が上がっていた。

俺と加藤の腹の虫が同時にぎゅるりと鳴ると、それに応えるように内藤コンシェルジュの召集がかかった。

「ささ、皆さん集まってください。そろそろ始めましょう!」

腹の肉をプルンと揺すったコンシェルジュが軽く手を叩くと、蛙の合唱が一瞬止んだ。

「ぐえ〜こ」

恐らく孝明だろう。野太い腹の底からの声が一発庭に響き渡る。

それを合図に蛙の大合唱が再び始まった。

げこげこげこげこ、ぐわぐわぐわぐわ……

自然のBGMに包まれながら、メゾン・デ・孝明の最初のうたげが始まったのだった。






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