めぞんディコメの怪(仮) その1
部長の作った激辛カレーを食し、しばらく三人で六畳部屋に寝転がっていた。
相変わらず降り注ぐ蝉たちの声はミンミンジリジリとそこかしこに響き渡り、テレビの電源も入れていない俺の部屋は、ただその声だけで埋め尽くされていた。
申し合わせたように時折ピタリとやむ蝉たちの声の合間に部長のイビキが入り込む。
腹の満たされた斉藤部長と加藤はアホのように口を開き、畳の上で眠りこけていた。
早朝に目を覚ましたとはいえ、昨晩わりとゆっくりと眠れた俺は、先ほどの昼寝のせいもあって二人のように眠ることは出来なかった。
テーブルの上で空になったカレーの皿を重ね、流しに運び極力音を出さないようにしてそれを洗う。
間抜け面で眠り込んでいる二人を起こさないようにするためだ。
引越し屋の代わりに宅配業者を手配してしまうという考えられないミスを犯したこの二人とはいえ、夜通し俺の荷物を運んでくれたのだ。
そうそう邪険に扱うことも出来ない。二人がいなければ俺の荷物はまだ東京に残っていたはずだ。
一応それなりの感謝は心にあった。ので二人が起きるまでそのまま放っておくことにした。
午後二時を回り、ますます高くなった太陽が下の池を照らしている。
あの大きなガマカエルもさすがに顔を出すのは厳しいのだろう。
水面にはただ蓮の葉が青々と広がるだけだった。
部長が靴下を引っ掛けたささくれには黒い糸が残っていた。
座り込み、糸くずと共に尖ったささくれを指で無理やり引っ剥がすと、ペロンと向けた終点の木がささくれた。
そこを掴み、またペロンと引くと再び終点の木がささくれる。
それを繰り返すこと五回、ようやくベランダのささくれは無くなった。
「よし。これで部長が靴下を伸ばし、ベランダに頭を打ち付けることは、もう無いだろう」
立ち上がろうとし、ふとアパートの下に広がる僅かばかりの土の庭に視線を移したときだった。
部長と加藤が乗ってきた青い軽トラの横を過ぎる影があった。
タンクトップにハーフパンツ。内藤コンシェルジュだった。
「内藤さん」
俺は二階から内藤コンシェルジュの頭に呼びかけた。
「ああ、ボンジュール、近藤さん。部屋は片付きましたか」
「ボン…ええ」
眩しそうに目を細め、二階の俺を見上げるコンシェルジュの手には軍手がはめられていた。
「どうしたんですか、こんな暑いのに軍手なんて」
「近藤さん」
「はい?」
「下に降りて来ませんか」
「はい?」
「近藤さんに話しかけられて嬉しいですが、こうやって眩しいなか二階を見上げながら話をするというのは結構しんどいものです」
「ああ、すみません。そうします」
部長と加藤はまだすやすやと眠っている。
起こすのも可愛そうな気がするし、かといって一人で部屋にいてもすることなど何もない。
俺は斉藤部長の半開きの口が広がる顔面をまたぎ、何故かその足元に頭を向けて眠る加藤の身体をまたいで玄関を出た。