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斉・近・加、揃っちゃいました その3

斉藤部長の靴下がささくれから無事引っ剥がされると、触覚のてっぺんに見えるカラスも朝日に煙る空の向こうに飛んでいった。

山の上に顔を出す太陽は、斜めからその光を六畳部屋に注ぎ込んでいる。

引越し荷物をガタガタと運び込むにはまだ早すぎる時間帯だった。

こんな朝っぱらから階段の昇り降りを繰り返していたら、アパートの住人と挨拶を交わす前から嫌われるはめに成りかねない。

とりあえず太陽が山の上からすっかりと顔を出し、部屋に伸びる影が程よく短くなってから運搬作業を開始することにした。

それまでの時間、俺たち三人は六畳部屋の中央に互いに腰を下ろし、加藤が買ってきた缶コーヒーを啜りながら時間を過ごした。

何故スーツ姿なのかと加藤に尋ねたら、斉藤部長がトイレにりきみに行ってる隙を狙って俺の耳元で囁いた。

「仕事で来たということにしとけって言うんで」

「仕事?」

「ええ、ヘルメットの効果が本物かどうかちゃんと確認するためっていう」

「そうか」

「実際、部長が先輩からヘルメットの話を聞いて、それを社長…っていうか社長ってどこにいるんっすかね。ま、それはいいんですけど、社長からも確認してこいって言われたみたいですよ」

「そうか、社長にはちゃんと話したんだな。それは良かった。で、お前までもがどうしてスーツ姿なんだ」

「部長に言われたんですよ。俺だけスーツっていうのも変だろうって」

「巻き添えをくったわけか」

「ええ。でも俺はちゃんと着替えを持ってきたんで大丈夫です。部長は手ぶらで来ましたけどね」

「だろうな」

責任を僅かばかり感じていたとしても、部長が進んで引越し作業を手伝うようなことは無いだろうと思っていたので、その辺は特に気にも留めなかった。

晴れ晴れとした顔つきで部長が部屋に戻ってきた。

その顔を見つめながら、部長が俺と加藤の向かいに腰を下ろすのを確認してから話を切り出した。

「部長、社長は何て言ってました? 摩訶不思議なヘルメットについて」

慢性のぢが痛むのだろう、畳に押し付けたケツを揺らしながら部長が口を開いた。

「座布団は無いのか」

「見れば分かるでしょう、何も無いんですよ、まだこの部屋は」

「あれ持ってくるかな、あの荷台からはみ出した変な模様の長い何か」

「それ、俺の抱き枕ですよ。それだけは止めてください。っていうかその話じゃなくて、ヘルメットですよ、社長は何て言ってたんですか」

「ああ、とにかくそれが本当かどうか確認して来いとな」

「それからネーミングとか諸々のことを考え直すってことですか」

「そうなるだろうな。全てはそれからだ」

「じゃ、まだヘルメットを売り歩くことはしないほうがいいってことですよね。ま、脳を鍛える摩訶不思議なヘルメットとして売り歩いたって当然売れないでしょうし」

「そうだな」

三人ともまだヘルメットを装着したままだった。

俺と部長の話を隣りで聞きながら携帯をいじっていた加藤が感心した顔つきで俺にそれを見せてきた。

「先輩、すごいっすね。ほら、俺の携帯もちゃんと線が立ってます」

「ああ」

「いつ先輩から電話が来てもいいように、向こうの先輩の部屋を出るときから被ってきたんですよ。首都高とか走ってるときなんか、隣りの運転手とか物欲しそうな顔して俺たちを見てましたよ」

「…それは別の意味で見てたと思うけどな」

出るときから二人して被ってきたのか…さすが部長と加藤だと改めて感心した。

その隣りで斉藤部長も己の携帯を開いていた。覗き込むとその古すぎる携帯も電波状況は良好であることを示していた。

「でも先輩、俺の携帯、ずっと線立ってますよ」

「…あたりまえだろう。ずっとその格好できたんなら。ヘルメットを外してみろ」

俺の言葉に加藤が「そっか」と呟いてからヘルメットを脱いだ。

それを見ていた部長もヘルメットを外した。薄い髪は汗で立ち上がり、年をとったキューピーはきっとこんなだろうという姿に見えた。

「おお! 本当に圏外だ」

大袈裟に驚く加藤がもう一度ヘルメットを被りなおす。「おお! 入った!」とまた大袈裟に驚きながら何回かその作業を繰り返した。

部長もヘルメットを被りなおした。その顔には少しばかりの驚嘆が映っていたが直ぐにいつもの無表情へと変わっていた。

「ね、部長、俺の言ったことは本当でしょう?」

「ああ本当だ」

「これでちゃんと社長に報告できますよね」

「そうだな」

「ちゃんと報告してくださいよ」

「ケツが痛くて叶わん」

「…聞いてるんですか、人の話を」

「聞いている。ケツが痛いんだ」

「それは分かりました。もうすぐ日が高くなりますからそれまで少し辛抱してください」

「オーライ。つまり分かった」

「またですか」

「何が?」

「いえ、なんでもないです」

部長の中途半端なルー語を聞きながらしばしの時間を過ごした。

時計の針が九時を示す頃、俺たちは立ち上がり、荷物の運び込みを開始したのだった。





※斉・近・加、揃っちゃいましたその1・2・3は、後日「斉・近・加、揃っちゃいました」にまとめさせていただきます。




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