斉・近・加、揃っちゃいました その2
「ところで」
ひとしきり存在しないレミの話を交わした後で、俺はレ・ミゼラブル室に「再婚か!」トリオが何故か揃ってしまっているこの状況の確認を始めた。
「加藤、どうしてお前が俺の引越し荷物を運んで来たんだ、しかもこんな早朝に」
「俺もだぞ」
間を居れず斉藤部長が口を挟んだ。
「…見れば分かります。どうして二人して引越し屋の真似事をしてるんですか。俺の抱き枕なんて既に落下寸前じゃないですか」
いや違った。抱き枕優先で話をするつもりは無い。俺は言葉を選びなおし話を続けようとした。
「レミは…」
「居ませんよ」
レミの話を振り返そうとする斉藤部長の言葉をあっさりと否定することに成功した俺は、加藤に向き直り再度確かめた。
「加藤、業者はどうした? 何でお前が運んできたんだ?」
「いや、確かに業者は手配したんっすよ」
「…斉藤部長のことか?」
「そんなわけないでしょう、先輩も変なこといいますね、あはは」
「…お前に電話したとき、これから業者に積み込みさせますからって言ったよな」
「ええ言いました。その予定だったんですよ」
「予定?」
「ええ。それがですね、在りえないことが起きたんです」
「在りえないこと?」
「ええ。引越し屋が来るはずが、何故か来たのが宅配業者だったんです」
「は?」
「こんな荷物は引越し屋に頼んでください、なんて言いやがるんで、頭に来て帰したんっすよ」
「…加藤」
「はい」
「手配したのはお前だよな」
「ええ」
「で、来たのは宅配業者だったと」
「そうなんっすよ、びっくりしましたよ」
「…俺がびっくりだ」
「先輩もですか! ですよね」
「…加藤」
「はい」
「悪いのは誰だ」
「…すみません、…俺です」
呆れてそれ以上口を開けなかった。
引越し作業をするのに宅配業者を手配するとは。
「しかし…」
俺はそこで考えた。
幾らなんでも馬鹿過ぎる。
加藤がこれほどまで馬鹿だったとは思えない。
抜けてる部分は多々あれど、あれだけ「任せてください」と言い、米と水までしっかりと三箱分準備してくれていた加藤がここまでアホなミスを犯せるとは考え難かった。
そして「俺です」と続けるまでにやや間があったことに何となく引っかかった。
「加藤…」
「はい、先輩」
「お前が引越し屋…結果的に宅配業者を手配したのは分かった」
「はい、先輩」
「なにで調べた? 黄色い表紙のあれか」
「いえ」
「まさかとは思うが」
「たぶん合ってると思います」
「やっぱり」
「ええ。俺もちゃんと事前にチェックしとくべきだったと。CMでも言ってますし」
「聞いたのは?」
「電話番号だけでした。そこの詰めが甘かったです、すみません」
「で、僅かばかり責任を感じて…」
「ついて来たんです。先輩には言うなと言われたんですが」
次第に小声になる加藤の顔を見つめた後、一つため息をつき俺はゆっくりと後ろを振り返った。
腐りかかったベランダのささくれに引っかかったのだろう、無理に引っ張ってゴム部分がくるぶしまでずり下がった黒い靴下をびろんと伸ばしながら、尚もささくれと格闘する斉藤部長。
ついにささくれに負けた部長の左足から伸びきった靴下がスポンと抜け、そのまま後ろに尻餅をついた被り主のヘルメットが水色の柵にゴツリと鈍い音を立てた。
「…平和だな」
「そうっすね」
そのまま座り込み、靴下をささくれから引き剥がしにかかった部長のヘルメットの触覚が光っている。
その向こうに青々と連なる木々をバックに、触覚は殊更銀色が際立っていた。
羽を休めるため、カラスが木のてっぺんに降り立った。
斉藤部長越しに見えるその姿は、ちょうど触覚のてっぺんでもあった。
その場所で「バカアー、バカアー」と繰り返すカラスに、「何てしっくりとくる光景なんだ…」と漏れた自分の言葉は間違っていないと思うことにした。