序
連載一時中断中です。すみません。
あとがきを稀に更新してます。
近況報告はそちらでご確認をお願いしまっす。v( ̄▼ ̄;)
ここに一つの町がある。
某県の隅っこに位置する田舎町。
吹けば飛ぶような小さな集落だ。
俺がこの町に越してきて、もうじき三ヶ月になる。
健康器具を扱う怪しげな会社の営業マンを勤める俺は、転勤という形でこの町にやってきたはずだった。
はっきり言うと、この会社の健康器具の効果は営業マンである俺にすら分からない。もっとはっきり言ってしまえば、インチキ商品を売っているので効果なんて無い。
しかし、どうして商品を買う気になったのかこちらが聞きたいお年寄りなんかは、「お宅の商品は最高だ」と偶に電話をかけてきてまで褒めてくれる。
なので一概に効果が無いとは言い切れないのが不思議だ。
まあ、そんなお客は稀の稀もいいとこで、営業というよりも押し売りに近いセールスで一件一件を歩きまわって何とか経営を成り立てている俺の会社は、一度も顔を見たことのない社長をトップに、営業部長、俺、同僚…順に「斉藤部長」「近藤弘道」「加藤剛志」の「再婚か!(斉・近・加)のトリプル藤」の三人と、パートのおばちゃん数名で首都圏の片隅に事務所を設けて運営されている。
ちなみに商品はすべてパートのおばちゃんらの手作りという名の工作にて完成されている。
同じ商品にもかかわらず、その一つ一つの大きさ・形状が微妙にずれているのはそのせいだ。
「あたしだったら絶対に買わないね」と口々にもらし、煎餅片手に昼ドラを見ながら作り上がったおばちゃん達の工作品。
脳みそを鍛える商品の売れ行きが伸びている今の現状を取り入れようとした一度も顔を見たことのない社長の、無謀というより思いつきの企画だった。
それがいつの間にか商品化され、煎餅の欠片が散らばるおばちゃん達の作業テーブルの上に積み重なっていた。
今期の主力商品にしようと社長が目論んでいるその健康器具は、プラスチック製の帽子のてっぺんにアルミ製の5センチ程度の触覚が差し込まれた見るも無様なかぶり物だった。
「至るところから発せられている電磁波の有効利用。触覚を通してクリーンな電磁波に変え、脳に刺激を与えます」という意味の分からないキャッチコピーがつけられた『脳を鍛える摩訶不思議なヘルメット』。ネーミングも微妙だった。
おもちゃ以下のその健康器具のセールスが三ヶ月前から開始される事になった。
それを「売って売って売りまくれ」という上からの命令でこの町へ転勤になったのだった。
引っ越してきてから気づいたのだが、肝心の転勤先である建物はどこにも見当たらなかった。
この町に着いた初日、大量のヘルメットを抱えながら一日掛かりで事務所を探してまわったが、それらしきビルも小屋すらも見あたらなかった。
「あのぉ、転勤先の事務所がどこにもないんですけど」
携帯の繋がらない田舎町で、ガラス戸に虫の死骸がへばり付く電話ボックスをやっと見つけた俺は、真夏の太陽の下で汗だくになりながら斉藤部長に電話を入れた。
「事務所があるなんて、いつ、誰が、どこで、誰に言った?」
緑の受話器の向こうで、低く太いが、権力不足丸出しの斉藤部長の声が答えた。
「一ヶ月前、部長が、キャメロンデヤンスで、俺に言いましたよね」
噴出す汗をタオルで拭いながら電話ボックスのガラスに寄りかかった。
ちなみに「キャメロンデヤンス」とは、部長行きつけの外国人パブだ。
社長命令という転勤の話をそのパブで聞かされた。
調度、部長が金髪女のむちむちの太ももを「大根みたいに綺麗な色だねぇ」と見当違いな褒めセリフを吐いていた時だった。
「転勤とは言ってないぞ。いや、言ったかもしれないが、その町で営業して来いという意味で言っただけだ」
「でも一年間って言いましたよね」
「一年間と言ったが、転勤とは言ってないぞ。いや、言ったかもしれないが、そもそもうちの会社に支社なんてもんは無い」
耳を疑った。すべてにおいて俺の勤める会社はインチキだった。
「こんなに遠くまで行かせて、アパートまで借りさせて、勤務先の事務所もないまま、営業し続けろと?」
「ま、アパートを事務所だと思え」
「一年って、えらい長い営業ですけど」
「100個売れたら、すぐにでも帰ってきていいぞ。じゃ、しっかり仕事してくれ」
それだけ言い残されると、「ぶ」という屁に似た音と共に電話は切れた。
「もしもし!?もしもし!部長!?」なんて切れた電話に必死に呼びかけるアホな役者のような事はしなかった。
電話ボックスのガラス戸の向こうに広がる田んぼを見つめて受話器を戻した。
100個だ? 冗談のつもりか。このおもちゃ以下の不細工なヘルメットが100個さばけると本気で思っているのか。
その前に深刻な問題があった。散々歩き回ったが、どう見ても100個売れるような町では無いのだ。
なぜって、100件の家が無いのだ。
というか、なぜこの町に行けと命令が出たのかを知りたかった。
もう一度受話器を手にした。だが足元に置いた大量のヘルメットが入ったダンボールを見ながらため息が漏れた時、すでに、もうどうにでもなれという気持ちに変わっていた。
目の前に広がる田んぼの中央に立てられた妙にリアルなカカシが黙って俺を見ていた。
その藁のはみ出した頭の上に乗っかったカラスが、時折黒すぎる翼を持ち上げて「バカアーバカアー」と俺の気持ちを代弁するかのように鳴いていた。