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羊の三題噺。

【三題噺】風が吹いている。

作者: シュレディンガーの羊
掲載日:2012/03/11






会社帰りに小さなテントを見つけた。

淋しげな街灯に照らされて、簡素な看板が目に入る。


「運を売ります?」


看板の文字を読み上げ、思わず笑う。

目に見えないものを売るなんて、なんと胡散臭いことか。

まるで怪しい宗教だ。

けれど、そんな警戒心よりも好奇心が勝った。

近頃、自分に運がないことも味方したのかもしれない。

いざとなれば逃げてしまえばいいだろう。

昔から逃げ足には自信があった。

それは二十五になった今も変わらない。

腰を屈めて入口をくぐる。


「いらっしゃい、おにーさん」

「子供?」


幼い声音に驚く。

声の主は十ほどの少年。


「おにーさん。悪い運がついてるね」


口を開く前に、先に口火を切られた。

少年はニィと笑ってみせた。


「それにはこれがいいかも」

「これ?」

「これ」


少年が取り出したのは、手乗りサイズで硝子のように綺麗な羽を持つ扇風機。

思わず、尋ねる。


「なんでこれがいいんだ?」

「悪い運を吹き飛ばして、いい運を風が運んでくれるからだよ」

「この扇風機が?」

「む。これをそこらの物と同じと思わないでよ」


ズイと面前に突き付けられたそれは、確かに綺麗で特別そうだった。


「いまなら、安くしたげる」

「……いくら?」


少年の台詞に、問いを重ねる。


「んー。じゃあねー。それ」

「は?」

「ほら、それそれ」


少年が仕切に示していたのは、書類容れに結ばった小さな巾着袋。

つまみ上げて、首を傾げる。


「これがお代?」

「そ」

「これでいいなら、買うけど」

「まいどありっ」


パチンと手を打ってから、少年は扇風機を渡し、巾着袋を受け取る。


「本当にそんなんでいいのか?」


手に入った特別に心配になる。少年はひらひらと手を振った。


「いーの。いーの。」

「うむむ」


扇風機を抱えて、店を後にする。

だって、あの巾着袋の中味は。

なんだってあんなものを。

謎は深まるばかりで答えは出なかった。






「可愛いですね」


不意に飛び込んだ声は隣のデスクから。


「え?」

「その、ミニ扇風機」

「あぁ」

「私も買おうかな。羨ましい」


唇に指を当てた仕草に慌てて目を逸らす。

可愛い彼女はこの部署のアイドル。

俺もその愛らしさに魅了された一人で、隣のデスクなのにまともに話せないでいる。

目を逸らしてから少し後悔する。

せっかく話しかけてくれたのに。


「ふぅ」


小さくため息。

扇風機に目をやって、苦笑する。

彼女にも少し風が吹くようにさりげなく、向きを変えてみる。

俺の運気を運んでくれますように。

風力を弱から、強に変えてそう祈る。


「あ」

「きゃ」


思ったより強くなった風にデスクから、資料が飛ぶ。

床に、彼女のデスクに、散乱するたくさんの資料。


「ご、ごめん!」


慌てて床に落ちた資料を広い集める。

あぁ、なんてついてない。

彼女が半分、資料を広い渡してくれる。


「どうぞ」

「あ、ありがと」


情けなさと照れから、渡された資料を手早く引っ張る。

と、指先に痺れるような痛みが走った。


「痛っ」

「大丈夫ですか!?」

「あ、平気平気」


薄く切れた指先をひらひらと振る。

紙で指を切るなんて、とんだ失態だ。

本当についてない。


「血、出てます!」


顔を青くした彼女が再度叫ぶ。

確かに指には赤の線が出来ている。


「私、絆創膏、持ってますっ」

「あ、自分で持ってるから……」


書類容れに手を伸ばして、はっとする。

巾着袋がない。

そこでようやく思い出す。

昨日、お代として渡してしまったのだった。

あぁ、どれだけ運がないんだ。

何がいい運を運ぶだ。

これじゃ、悪い運のオンパレードの間違いだろう。

恨めしく扇風機を見遣る。

動かない俺に彼女が遠慮気味に問う。


「ないんですか?」

「あぁ。昨日、子供にあげたから」

「私、持ってますから、手出してください」


朗らかに彼女が笑う。

そんな笑顔を向けられて、何も言えなくなる俺は情けない。

情けないけれど、幸せだとは思う。

指先に絆創膏を巻かれる。

彼女の指が当たった場所がひどく熱い。


「はい。出来ました」


離れていく手。

真っ白で華奢な指。


「ありがとう」

「いえいえ」


あ、そうだ――――――彼女が顔を輝かせる。


「ご飯まだですよね。食べ行きません?」

「え?」

「前から話してみたいと思ってたんです。ほら、歳近いじゃないですか」


唐突な展開に目を瞬く。

そして、扇風機を見て、絆創膏を見て、彼女に目を戻す。

どうでしょう、とまっすぐな瞳。


「お、俺でよければ」

「本当! なら、早く行きましょう」


嬉しそうに声を上げて彼女は鞄から財布を取り出す。

俺はまだぼぅっと頭で、昨日のことを思い出す。

淋しげな街灯に照らされた看板。

ニィと笑う少年の言葉。


「運を売ります……か」

「何か言いました?」


首を傾げる彼女に、出来るだけ自然に笑ってみせる。


「いや、なんでもない」

「そうですか。じゃあ、早く行きましょう」


彼女に急かされて、また笑ってしまう。

あぁ、今日はいい風が吹いている。




三題噺として書きました。

街灯、扇風機、絆創膏。


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