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小さな栄光  作者: ジュン
9/59

〜 病名 〜

先天性膝蓋骨亜脱臼症候群

下手くそだけど努力という才能が

乏しかった僕は毎日暗くなるまで

ボールで遊んでいたのは、最初だけだった


でも気が向いたときに

マイボールを出してきては

家の前で練習していた



家の前にマンホールがひとつ

私道の一番遠くの道路の手前にも

マンホールがひとつ


そこを延々とドリブルで往復した


左のドリブルが出来ないので

右手の方が多かった


休憩、出来ない左手の練習をする

でも次に走る時は速く走りたいから

また右でドリブルをついた


何度もやるうちに体を傾けた方が

小回りでマンホールを早く

回れることに気が付いた


少しだけ上達した気がして

スピードも上がった



体力がなかったにしろ一応は

普段の練習をみんなと一緒に

こなしていた僕は、数少ない

休みの日にも関わらず自主トレを

する元気くらいは持っていた



投げ上げはあまり好きじゃなく

僕にパスを返してくれる大きくて

響かない理想的な壁もなかった


自然とマンホールの間を

どれくらい早く戻ってこれるかが

練習のメインになった


その時も一生懸命速く走った


右ドリブルでマンホールを回る途中

外側の右足を蹴った瞬間

僕は体の自由を失った


なぜか転んだ僕

道路を転がっていくボール


無意識に両手が押さえていたのは

右の膝だった


とりあえず大事なボールを取りに

片足で跳ねる、通りの向こう側に

ある駐車場でボールを押さえて

体育座りで家の方を向いて座った


途中には練習コースのマンホールが見える


気持ちを落ち着かせて考えてみる


カーブの途中で右膝の上の骨と

下の骨とお皿がバラバラに分解したような

感覚があったことを思い出せた


しばらくして気付き始めた痛みに

そのイメージは鮮明になってきた




車のない広い駐車場にひとり、

僕は座り込んだまま



路地の奥の方に見える家が、

いつもより遠くに見えた






しばらくして落ち着いた異変

やわらいでいく痛みと共に消えていく恐怖心


僕はその日の練習をやめ

日常に戻っていった



幼い僕にははじめての経験で

理解する事が出来なかった


痛みも違和感も残らずに

次の練習から普通にやっていた



理解が出来ないので誰にも言えず

自分でも自然と忘れていった




しばらくしたある日


その日もバスケ部は休日を返上し

練習試合に遠征した


僕たち一年生はシューティングの

ボール拾い、スコアブックや

作戦盤の用意と相手チームとの

メンバー表の交換など

マネージャーの仕事に追われる


先輩と一緒にシューティング

出来るのは極一部の人

つまり戦力になる人に限られた


でも相手校によっては試合の

合間などに下級生同士の

練習試合もやった


僕は下級生同士の試合でも

あまり出番はなかったけど

ちゃんとアップを頑張っていた




それは不意に、家の前のマンホールの時とは

違うかたちで訪れた





試合に出るメンバーでのウォーミングアップ中、

コートの往復ダッシュで端から端まで

走って180度方向転換をした


ジャンプストップであれば

ほぼ平行なスタンスになるけど

クイックを求めるなら普通は

ストライドストップで

前に出した足をつっかい棒にして

体を反転、その足で床を蹴ると思う


僕の利き足、蹴り足、

つまりフリーフットは

レギュラースタンスなので右になる

もちろんバスケでは利き腕

利き足はないのが理想的

だから両方やる


その時は右足を前に体を反転した



その瞬間は

スローモーションのように



体は反転して後ろを向いてるのに

僕の右足は動かずに爪先は

まだ向こうを向いてる気がした


そのまま僕はゆっくりと崩れ落ちた


膝が捻れて取れるような

感覚だったけど見た目僕の膝には

なんの異常も見られなかった


ただまた僕が自由を失った事

今度はちょっと休んだくらいで

歩けるほどではない事


何よりも初めて経験する、声にもならない

この激痛は何事もなかったことには

出来そうもなく

とても大変な事態がこの身に起きている

という事を僕に思い知らせるように

腕組みしながら目の前で仁王立ちする

絶対的な事実だった





その日の下級生同士の試合や

上級生の試合は何も覚えていない


僕にある次の記憶は次期キャプテンである

一個上の先輩の背におぶさって歩いている


先生が


「ジュン よく覚えておくんだよ


 この先輩におんぶしてもらった事を


 自慢できる日がいつか来るから」


僕は口数少なく、先生と一緒に

タクシーで地元の病院まで行った


経験からかスポーツ選手の怪我は

緊急を要する状態よりは時間がかかることが多い


との先生の判断で通院を前提に

試合会場の近くの病院ではなく

家に近い大学病院へ連れていかれた



僕はそれから数えきれないほど

その病院に通う事になる




時間はもう夕方だった気がする


救急の待合室には仕事を抜け出してきた母がいた

家にいた兄が連絡を受け、

親と学校に報告をしていた



診察室に入りベッドに横になり

例えようもない緊張感と

医師からの質問攻めの

プレッシャーと戦った


その日の救急には整形外科の

先生がいなくて症状を判断することが出来ず


応急処置で添え木をつけ

患部の回りに綿を包帯で巻き付け

そこからゴムチューブを出して

乾いたらここから入れてくださいと

スポイトと、覚えていないが

ホウ酸か何かを一瓶渡された



そして生まれて初めて

松葉杖を手にした




あくる日、整形外科の外来に並ぶ

整形外科に若者の姿はほとんどない


ごった返す人混みの中、

初診の僕は何時間も待った


やっと通された診察室は

大学病院という大きさによるコンベア方式の

中で唯一時間の止まった空間だった


太股ほどに腫れ上がった膝

少しの触診で襲う激痛

痛みが少し引かないと触る事も曲げる事も

出来ないので、また出直す事に


ただその日は、面白いものを見た


漫画でしか見たことないような特大の注射器だ

針は見た目に穴も分かるくらいに太く、

5センチくらいの長さがあった

背筋が凍った


医師は僕の膝の外側、つまり膝のちょうど横側に

消毒液をつけ狙いを定めた

嘘だろと思いはしたが、

怖さのあまり逃げる事も出来ずなすがまま


膝の中心近くまで達した針から、

大量の血液が吸いとられる

見ていた母が後から「よく我慢したね」って

言ったが我慢もなにも、

痛みに身動きすら出来なかっただけ


かなり吸いとり、もうないだろうと思ったころ、

血もとれなくなりそれでも吸引する

注射器になにかをとられる感じ

神経を引っ張られるように膝内部で

注射針を感じた


もうそうなったら痛みではなかった

体がしらずに少し痙攣した


僕の正直な気持ちは、歩けなくてもいいから

もう二度と病院には

行きたくないという気持ち


でも膝に詳しい教授が来る日に、

僕の予約は入った




診断の結果

脱臼であるという事は予想できたが、

詳しく調べるためレントゲンやら

MRIやらの検査が続く


そして中を覗くため検査入院へ


いろんな検査が全て必要だったかなどはさておき

僕は入院という大きな経験をした


ベッドの空き状況により、

中学生だったのにも関わらず僕は

小児病棟に入る事になった



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