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小さな栄光  作者: ジュン
56/59

〜 長い旅の支度 〜


怖いことは歩みを止めること




しゃがみこんだその背中は

ふさぎ込んで見えるのか

靴紐を結び直しているだけなのか


立ち止まらないなんてことはない

何もかもうまくいかないときは

足踏みもきっと必要なはずだ



でもそこにとどまった正当な理由


新たな第一歩を踏み出す

不器用な勇気


かっこの悪い覚悟




その胸に持っているのなら

たとえ優しく背中押す

風が吹かなくとも自らの

足を持ち今より前に置いてやる




その先に見える旅路が果てしなく

続いていくものだとしても




その旅は果てしない旅

終わりなき旅


体育館に入るともうすでに

試合前のウォーミングアップが

始まっている


はやる気持ちを抑えつつ

しっかりとバッシュの紐を締める



緊張感と集中力とが用意をしている

僕にも感じられた


やっぱり練習は

こうでなくちゃいけない




チームメイトとの競争意識の

プレッシャーと今自分がどれだけ

出来るかというのをチームに

アピールしなくてはならない

あせりが僕にはあった



一瞬一瞬が

僕には大事な場面のはずだ




大事な時期のワンシーン


僕の記憶に刻まれたのは

ほんの僅かな

エンドロールだけだった



練習試合の結果は、チームは大敗し

実力差よりも点差がつき

バスケの難しさを

またも思い知らされる形になった



試合終了間際、1分か2分

大差の試合も確実に消化の

時間帯に入ったころ

僕の出番はやってきた


シンジの呼んだ声にベンチを立つ

僕にはコンディションの不安も

膝の怖さももうすでになかった



数分間、記録に何一つ

残らないかもしれないそのプレーは

けして満足いくものでは

なかったかもしれない



満足いくものでなくとも

自分の全力で出来たと思う



今はこれでいい


今はこれしかできないから




素直にがんばれた自分を

褒めてやりたい気持ちだ

大袈裟に思われるだろうが

今までの経験上

とても貴重なことだった



これからもこんな風に

一生懸命プレーしたい

頑張りたいと思った


すごく嬉しく楽しかった




そしてWフェザーズは

見事に初陣を勝利で飾り

上々の滑り出しを見せた


記念すべき第一戦になったが

目指すものがあることを忘れずに


目の前のフェザーズは

幸にも悪い結果を前に

明日からまた精進していくでしょう


Wフェザーズは勝利を素直に喜び

次に進んでいってほしい



そんな試合を終え


しばらくして久しぶりに

病院に行った




手術から3ヶ月が過ぎた

久しぶりの病院

整形外科


お年寄りや怪我人で

朝からごった返している



通院する僕の姿は健常者そのものだ


長いこと待たされ

やっと診察室に通される



座るやすぐさまカルテに

目を通しながらの会話

忙しい大学病院では時間がない



「 どうかなぁ


 そろそろ歩くのは問題ない? 」


「 え あぁ だいじょぶです 」


もう練習しているんだけど



なぜか弱いからだを持つ僕には

バスケを続けることに

後ろめたさというか遠慮を感じる

部分がある



僕はおとなしく生きていかなければ

いけないのではないか


そんな気もする




もちろんその体で仕事にしている

わけでもないしバスケなんて

続けても損するだけだから

やめなさいと何人もの医者から

大きなアドバイスもいただいた



" もうガツガツやってます

それが俺の生き甲斐だから

最近は少し痛みに

悩まされてるんですよね

ちょっとアドバイスが欲しいです "


お医者さんをトレーナーに見立てて

そんなこと言ってみたい



でも僕にできるのは

だいじょぶです

気を付けてゆっくり無理せずに

ちょっとだけやってます


なんてことを匂わせるくらい



もちろん怖さだってある

でもそれ以上にあるものは


心の弱さから自ら負い目と

勝手に決めつけてしまった

十字架を背負った気でいる

前に出るはずの足を引きずり歩く僕


うつむいた顔から上目遣いに

助けを求めては

他人の顔色をうかがっている

ちっぽけでくだらない僕の姿




そうやって目立たぬよう

人生の隅っこを歩いている




コートの中

ボールを追っているとき、

バスケに関してだけ僕は前を見れた


それを胸を張って人生の旗印に

歩くことが出来なくても

それだけは熱くなれた




毎日々々が四季の移り変わりの

ように変わっていく心模様

どんなに落ちてもバスケにだけは

這い上がってこれる



でも落ちる時間、距離が

長ければ長いほど

浮かび上がるのにはより多くの

時間が必要になる



今の僕は復帰に向けて上昇気流に

乗っているはずだったが


高い目標を強く願えば願うほど

遠く感じる目的地



到達地点がこの場所ではないかも

しれないと思ったとき


僕の意識は落ちに落ち

立ち直ることが出来ないほどに

落ち込んでいく



その場に留まることが

できなくなったら

人は違うステップを踏むのだろうか



それならばできるだけ僕らしく

華麗でなくとも力強くを夢描いて





もうしばらくすれば

僕が復帰を目指していた

秋季大会がある


僕はコンディションを確かめつつ

練習に励んでいた



出場することになればこのチームで

フェザーズでの区大会

デビュー戦になる大会だ



チームのモチベーションとは異なり

僕のコンセントレーションは高い




限られたチャンス

限られたプレータイムの中で

自分を出す


万年補欠を受け入れていたころや

天狗になり練習もせずに

スタメンで試合に出ていたころ

そのどちらにも当てはまらない

環境が今ここにある


その環境の中

ひた向きに頑張れる能力を

今の僕は身に付けた


それはゲームへの

プレーへの餓えに他ならない



僕は今できる精一杯に近いレベルで

練習をしている



練習が終わり

いつものミーティングが始まった


シンジが今日の反省を話し

続いて連絡事項を発表する



「 先日、代表者会議に


 行ってきましたんで


 対戦表を配ります 」



そう言ってトーナメント表の

載った紙を配る



「 そこの真ん中へんの左側


 nさんの相手が空欄なってて


 不戦勝かシードも考えられたけど


 会場が空いてたみたいで


 練習試合になりました


 そこで手を挙げちゃったんで


 うちがやることになりました 」


練習試合?

スポーツセンターのコートで?


「 いいじゃん! 」



「 でしょ!


 本番の前に実戦練習ですよ 」



nさんにはお世話になっている

恩を仇で…

でなくこうやって頑張っています

とプレーで伝えたい



少しずつ調子を上げ自分のプレーも

できてきた頃だった


チームの人数も増えて層も厚くなり

戦い方のバリエーションも増えた


40分だったプレータイムを20分

今のコンディションなら

10分や5分にでき

集中したゲームプランを

立てられるようになった



ブランク明けの選手に与えられる

チャンスは少なく

結果を出すことに集中できた



自信があった





実際は…



集まった人数が少なく

30分以上のプレータイムに

耐えられるようなプレー



全力という言葉を忘れて





残ったものは後悔と


リハビリに励んだ僕自身への罪悪感




モニターに映る姿は成長しない自分

殻を破れなかった今までの自分



この挫折感を克服せずに

前には進めない







"求める想いが強いほど


遠く離れていくもの



「終りなき旅」が胸にしみる




今しかないような


そんな気もする





俺は


すべてを賭けることが出来るのか "







僕はモチベーションも低く

これからおよそ一年間という時間を

無駄とは言いたくないが

惰性で消化した



このころから僕は


ゆっくりと時間をかけて

新しい旅立ちへの支度を開始した


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