〜 楽しむこと 〜
一番の目的なのか
それとも一番に必要なスキルなのか
怪我の多い僕は人をその輪の外から
眺めることが多かった
そんな僕に今回の長期離脱は
たとえ遠回りになったとしても
大きな財産になった
手術からそろそろ
2ヶ月は過ぎたろうか
まったく体が動かない
たしかに膝はまだまだ走れる
状態ではないが
体力もなければ体のキレもない
パスなどは最悪で
タイミングは遅いし抑えが
きかずに抜けてしまう
筋トレのおかげでパススピード
だけはあるから余計やっかいだ
今一歩踏み込めないシュートは
バランスが悪く入るわけがない
半年弱のブランクがこれ程
大きなものだとは思わなかった
今までの怪我とは違い
手術をしたことで治りは遅く
何より入院生活での著しい体力の
低下は少しくらいの努力や時間では
取り戻すことはできない
手術が遅れたことなど予想外の
ロスもあり秋の大会での
スタメン復帰は難しい目標で
あると最近の自分の回復具合からも
分かってきた
そしてチームが良い状態で練習し
どんどん上達しているとは
認められなくとも
自分が何もできない多くの時間は
チームメイトにとって
確実に力になっていることは
練習を見ていれば一目瞭然だった
卑屈になるときがある
むきになるときがある
でも冷静になってチームの力
自分の力を見極めないといけない
今の自分には
それが出来ると信じたい
高校のとき引退を待たずして
部を去った僕には
若さ故のたくさんの理由があった
その中には原因不明の
膝の痛みのため試合はおろか
練習もままならない日々に
苛立ちを募らせ
仲間を妬みひがんだ僕がいた
練習のときも
試合のときも別メニュー
試合では膝を気にしながらの
中途半端なプレー
終わればまた厳しい練習を気合いで
こなす仲間たちの一体感の輪の外で
地味にランニングと
シューティングを繰り返した
精神的に弱った僕は仲間の輪に
戻ることは出来なかった
ひた向きに努力し
乗り越えることを怠った
その頃の僕に
今の僕なら言えるはずだ
ちっぽけなことで腐ってんじゃねぇ
そんなやわじゃこれから先の試練は
到底乗り切ることは出来ないぞ
だいたい好きなら練習しろ
すぐにみんなよりも高く跳び
早くコートを走るんだ
これからのためにも
今の大事な時間を
無駄にしないでくれ
そんなこともし言えるなら
これだけの負い目を背負いながらも
僕は前に進めるだろう
ボールに触れた
コートに立てた
それだけの小さなことが
嬉しくて楽しくて
今の僕は
またコートを走り回る夢を
見ることが出来る
なら
卑屈になんかなってちゃいけない
現実を胸に前を向かなければ
冷静に素直に
答えを出さないといけない
今すぐでなくてもいいから
試合に向けて試合での心理状態や
コンディションで練習するのは
ベストだけれど
それは理想で実際には難しい
だから練習に
ついていけるようになったとしても
チームメイトに肩を並べたと
思ってはいけない
真剣勝負ほど
体を酷使するものはないのだから
だからチームのため自分のため
計画的なゆとりの
ある復帰をしなければ
俺は怪我と長く付き合ってきて
今回は多くの時間を費やした
でもそれは運命だからしょうがない
だからこの足とこれからも末長く…
なんてことはどうでもいい
これは運悪く
僕が背負ってしまったハンデだ
そう、こんなもの早く治して
戦線復帰する
どんなに痛め付けようが
元に戻してやる
いや、手術して治したんだから
前より動けなきゃ意味がない
のんびりはしてられないけど
自分を取り戻すためには
今は焦ってはいけないんだ
チームがもし輝きを失ったならば
自分は跳びだそう
一人になったとしても
止まることだけはしたくない
そう思っていた自分を
忘れないために
その頃
僕はまだまだ膝の状態が
良いわけではないので
外に出ることが少なくなり
かねてから活動を行っていた
ホームページの運営に
力を入れていた
そこにはある程度の人が集まり
多少の交流があり
知識の共有などの情報交換が
行われていた
そんな中
一通のメールが届いた
メールの差出人は
相互リンク先である
ミニバスチームのコーチから
リンクの申し出を受けてから
バスケのあらゆることを
相談していただき
その度に偉そうにも相談相手と
なってきた
そのため僕も必死に勉強したものだ
そのコーチからのメールの内容は
今度ミニバスチームの合宿が
あるので遊びに来ないですか?
というものだった
ネットで知り合った人は少しいて
その中で少しの人とはメールでの
やり取りもあった
でも会おうというのは初めてだ
しかも僕は必死に勉強しながらも
相談や質問を受けている立場だ
かなりハードルが高い気がする
僕は答えを保留しユウに相談した
「 行けばいいじゃん
こんなこと滅多にないよ
ジュン すごいじゃん 」
ユウ
こんなとき君の明るさと行動力に
僕は幾度となく助けられてきた
「 でもユウ まだ足が… 」
「 気にしない
合宿の誘いは足が治ってからじゃ
ないかもしれないよ 」
その夜、僕は緊張しつつ
自分の足の状態を説明しながら
こちらからも是非とも合宿に
顔を出したいとキーボードを叩いた
足の状態も悪いし
コーチからのメールには
自分にするいつものように
子供たちにもいろんなことを
教えてほしいと書いてあり
とてもプレッシャーがあった
だがミニバスの現場は
見たことがなく
指導している側との関係は
非常に勉強になる
大きな経験の場になることは
間違いなかった
その後何度かメールの
やり取りをして
日時や場所などを確認した
「 ユウ なんか山奥みたいよ 」
「 遠いのかなぁ? 」
「 だいぶ遠いと思う 」
合宿を見に行くといっても
小学生相手に練習などはしないと
思うからバスケでの
膝へのダメージはあまり
気にしなかったが久しぶりの
遠出による足への負担が
少し気がかりだった
「 あった ジュン あったよ
きれいなとこだよ
あ これ乗ろう 」
わたらせ渓谷鉄道
僕も聞いたことはあった
山と川
自然に囲まれた渓谷を
ぬって進む単線電車
「 まるで観光みたいだけど
いいねぇ それ乗って行こう 」
乗り換え案内を検索してみた
始発で行くことが決定した
「 ここで乗り換えて…
ここで朝ご飯買って
これに乗るでしょ… 」
ユウは楽しそうだ
「 ユウ 駅着いてから
山んなかの体育館まで
どうやって行く? 」
「 荷物もあるし
もちろんタクシーでしょ 」
「 そだね よし決まりっ
電車で行こう! 」
ボールとバッシュの入った
スポーツバッグに着替えなどを
詰め込み用意は万端
コーチからのメールを思い出す
「 まるで遠く離れた恋人に
会うようなそんな気持ちです… 」
僕もだ
緊張と期待感が
ここ数日の日常を彩った
すごく楽しみでちょっと不安で
ずっとウキウキしていた
「 あたし5時に起きるよ 」
ユウは女の子、
僕より用意には時間がかかる
僕は朝が弱い
「 俺もそれくらいに起きる 」
朝のことを考えてその日は
早く布団に入った
「 ジュン… ジュン…
もう5時半だよ 起きて~ 」
やはり予定時刻に起きれなかった
が、出発予定時刻には間に合う
用意を済ませ二人
6時に家を出発した
到着予定時刻は10時30分
そう
僕らはケチって鈍行の旅を選択した
一時間をかけて乗り換え駅に着いて
電車での時間潰しに朝ごはんと
お菓子などをたくさん買い込んだ
「 この電車で一時間半
で また乗り換え 」
寝るにしても普通列車に
一時間半はキツい
体力の消耗もほどほどに
乗り換え駅に着くと、待っていた
古ぼけた旧式車両に乗り込む
景色を楽しむ余裕もなく
乗り換えた僕らは
けして速いとは言えない電車で
のんびりと駅を出発した
しばらくすると壮大な渓谷が現れ
旅の疲れを一気に吹き飛ばす
自然を縫うようにゆっくりと進む
生い茂る木々にむき出しの山肌
線路の下に見える小さな川には
きれいな水が流れている
こんな景色を見られるなら何時間も
電車で来た甲斐があったと思える
広大な自然の中
列車はゆっくりと進む
鳥の鳴き声
小さなトンネル
ゆっくりと
そして次々と現れる大自然は
不思議と永遠に思えてしまう
窓を開けると緑の匂いがした
ゆっくり渓谷を進むこと40分ほど
目的の駅にたどり着いた
のどかな駅
ホームと待合室
駅員さんもいない
待合室を抜けると開けた駐車場
しかし車はない
人の姿もない
「 だぁれもいねぇ 」
「 どうしよ タクシーないよ 」
「 だいじょぶ
一応予想はしてたから 俺
ネットで道見て覚えてきた 」
こっちだ
と言いながら山道を指差す
道は覚えてるも何も
この駅からは山道が登りか下りかの
二手の方向しかない
目的の体育館はここから
登り坂の一本道を
しばらく行ったところにある
「 そんなに遠くないはずだよ 」
そんなに遠くはない
はずだった
「 この坂道どこまで続くのぉ 」
「 ちょっと待って ユウ
気持ちはわかるけど
俺はバスケの荷物持ってるし
何よりリハビリ中の足だぞ 」
「 ん~ 荷物持ってあげよっか? 」
文句を言ってるユウの方が
先を歩いている
僕の足取りは重い
「 だいじょぶ
しっかしキツい坂だなぁ
足が痛ぇ 」
距離は大したことないはずだが
まさかここまで山道がキツいとは
八月の山の日射しは厳しい
額にもかなりの汗がふきだしている
ペースはかなり落ちたものの
山道を登ること20分
本当にこっちであっているのか
という不安が、寄せては返す
波のように何度となく訪れたが
とにかく登った
「 ジュン!なんか建物があるよ 」
先行しているユウの声が弾んだ
たしかに建物が見える
かなり大きな建物
「 おぉ たぶんあれだな 」
かなり遠くまでやってきたものだ
朝一に出たのにもう
昼になろうとしている
目的地を前にして疲れのために
忘れていた緊張感が再び溢れ出す
「 やべぇ どうしよ 」
ユウは早く冷たい飲み物が欲しくて
僕を待っている
「 何してんの~ 早く来ぉい 」
初めて訪れた地でおそらく
何十人という初対面の人々に会う
人見知りの僕には
不安が付きまとっていた
一番の心配事は
その場ではメンバーである
小学生を除くと
きっと最年少であるにも関わらず
チームの中心にいるコーチに
普段からアドバイスをしている
立場ということ
今日この場で何かバスケ談義でも
あったとしたら
僕は即座にいつも通りの
知識レベルで話すことが
出来るだろうか
「 行くしかねぇ 」
気合いを入れ直して入り口を開けた
ロビーから人がごった返している
初めて見る光景だがすぐに
保護者の方々だと想像がついた
緊張しながらも堂々と
少しでもコートの近くに進んだ
コートにできるだけ近づき
中を伺おうとした
「 どうしましたぁ? 」
おぉ 助け船が
「 ○○さん いますか? 」
声をかけてくれたお母さんに聞く
「 コーチ? 今練習中ですよ 」
ですよね
見ればわかるけど
待っていられるほどの
精神状態ではありません
「 ネットで知り合った
ジュンというものなんですが… 」
ネットでって…
と自分で突っ込みつつ
「 あぁ コーチがなんか
ゲストが来るって言ってましたね
ちょっとこちらで待っててくださいね 」
通されたベンチに荷物をおろし
コートの方を見上げる
先ほどのお母さんが
アシスタントコーチらしき
人に声をかけている
さらにその人がコートに入り
コーチに声をかける
「 練習中にまずかったかな? 」
どこで買ってきたのか
もう冷たいジュースを飲みながら
ベンチに腰掛けている
ユウに話しかける
「 しょうがないよ 」
たしかに
するとコート中央にいたコーチが
こちらに向かって走ってくる
満面の笑みで
「 いやぁジュンさん
よく来てくれました!
遠かったでしょ 」
「 いえ 少し遅くなりました
今日はよろしくお願いします 」
「 こちらこそ 本当に遠いのに
ありがとうございます 」
するとコーチは練習中のコートに
向かって大きな声をかける
「 おぉい ちょっと集合~!
はい 走って~ 」
何十人いるだろうか
ちびっこ達が僕の回りに
一斉に走ってやってきた
「 みんなぁ この人はジュンさん
俺なんかよりずっとバスケに
詳しいぞ~
何でも聞くように~ 」
いきなりにかなり大きなハードルを
たてられた気がして
もう笑うしかなかった
「 すいません!
ペネトレイトってなんですか? 」
「 ダンク出来ますか? 」
答える間もなく質問が飛んでくる
っていうかダンクできるかなんて
子供の好奇心にすぎないが
質問の大半がそんな内容だった
「 ジュンさん もうお昼なんで
練習は午後からにしましょう 」
お母さん達が中庭でカレーライスを
たくさん用意してくれていた
お茶やデザートまでもがあり
おいしくいただいた
「 ジュンさん 足の方
手術したんですよね? 」
コーチは僕の日記を
見てくれているようだ
「 はい まだリハビリ中で
ろくに走れません 」
今日は勉強のつもりで来た
「 午後にコーチたちも混ざって
ゲームしようと思ってるんだけど
大丈夫ですかね? 」
さっき見た限りでは小学生相手なら
問題はなさそうだった
「 だいじょぶです
入れる練習なら全部やりますよ 」
「 本当に?! 助かります 」
午後からミニバスのみんなは
休まった体をほぐすかのように
軽めのフットワークから
練習を開始した
僕はコートの脇でアップを始める
体も暖まってきたころ
「 どうしたっ? 大丈夫か! 」
コーチの声の方を見ると
子供がひとり倒れていた
接触か何かで怪我でもしたかな
と思いながらアップを続けるが
よく見ると足首を押さえている
コーチたちもあたふたしていたので
でしゃばりだと思ったが
様子を伺いにいった
「 どうしましたぁ? 」
「 足首捻ったみたいなんですよ 」
答えたのはアシスタントの人だ
僕は足首を触りながら
「 このへん痛いかな?
ならこっちに曲がったかな? 」
子供は少し痛みになれてきて答える
「 うん こんな感じになった 」
「 捻挫しちゃったね 」
くるぶしの辺りが少し腫れてきた
アシスタントの方に声をかける
「 バケツに水ありますか?
できたら氷も少しあった方が… 」
すぐにロビーのベンチに用意された
「 これに入れて冷やそうか
捻ったとこがじんじんなるけど
そのままね それ以外のとこが
冷たくなってきたら一回出そう 」
「 わかりました 」
おそらく大したことはないだろう
でも早めにケアするに
こしたことはない
僕は気を取り直して
まだフットワークをしている
子供たちの横でアップを再開した
ハーフスピードでしか走れない
飛べない
膝の不安は変わらずそこにあった
アップも済みコートでは
ハーフコートのセット練習が
始まったのでそこから練習に
加わることになった
これなら走れないや飛べないは
あまり関係なくプレーができる
僕は子供たちの練習に
少しでもなればと思い
普通にプレーしようと心がけた
「 ジュンさん ボディチェック
だめなんですよそこ 」
?
ルールがわからずに時々戸惑った
それでも厳しく楽しく
練習は進んでいき
オールコートの練習に入っていった
言っても小学生
技術はもちろん戦術なんてのは
無いに等しい
膝の不安を抱えながらも
なんとか普通にこなす
走れない僕はバックコートから
元気いっぱいに最前線を走る子に
チェストでタッチダウンパスを送る
一瞬、体育館がどよめいた
筋トレの成果か?
いや、ボール小さいし軽いし
こんなことよりももっと子供たちの
ためになれることを
探さないといけない
僕はプレーしながらも目立つ子を
探しながら目星をつけた
さっきからコーチに怒鳴られている
あいつだ
あの子は他の子と違う
きっとチームの中心選手だな
その後のゲーム練習で僕は
その子につきドリブルを
つけばスティール
セットではボールを持たせない
シャットアウトした
これが良い経験に
なってくれればいいなと思う
あとは休憩時間などに
群がる子供たちと
ドリブルの練習をした
ボールが小さいので
ハンドリングがよく
ドリブルの苦手な僕でも
取られはしなかったが
レッグスルーをしたら小さな子が
ボールを追いながら
一緒に僕の足の間を通り抜けた
そんな風に楽しくバスケをしながら
素敵な時間を過ごした
「 ねぇ ダンクしてよ 」
小さな子の何気ない言葉は僕の心を
少しだけ曇らせたけれど
僕はすぐに気持ちを切り替えた
膝のサポーターを
痛みを堪えながらおろす
「 兄ちゃんな 今怪我してるんだ
治ったらやってやるよ 」
ミニバスのリングの高さなら
ダンクくらい
軽くやってあげるのに
今は出来ない
小さな子も生々しい傷跡を見て
理解してくれた
そうこうしている間に
僕のミニバス体験は
そろそろ終わりの時間を
迎えようとしていた
僕が子供たちにできたことは
ほんの僅かなものだったけれど
今の僕にとって今日という日は
とても大きなものになった
僕は練習を終え、片付けをしている
子供たちを見ながらロビーで
コーチに感謝を告げた
「 こちらこそ
今日は来てくださって
本当にありがとうございました 」
挨拶もすんだ僕には何故か
もうひとつ仕事が待っていた