〜 暗雲 〜
抗いきれない
大きな力があるのだろうか
変えようもない
運命があるのだろうか
もしそれがあらかじめ
定められたものだとしても
僕はあがき続ける
決められたレールを進むのも
同じ定規で順番に並べられるのも
たくさんだ
僕はあがきぬいてみせる
辿り着けるその日まで
目を覚ました僕は、ベッドから
降りずそのままに窓の外に見える
空を見ている
美しさも清々しさも感じずに
ただただ空を見ている
遠い空をただただ…
チームnにお世話になり
そこでの最後の大会に出たのは
2月のころだった
壁に貼られたカレンダーは
もう3月という事を
僕に教えてくれている
僕らが待ち望んだ門出の日まで
残すはあと2ヶ月という
ところまできていた
僕らは目指すものに向かい
不器用なりに順調に
おのおのが日々を過ごしていた
まだ少し寒さの残るこの季節
僕がいてユウがいて
同じ志を持つ仲間がいて
寂しさも侘しさも
わずらわしさも少なく
ある感情は
情熱ゆえの熱いいらだちだけ
胸を締め付ける理由も
心痛める想いにも
さいなまれることなく
無気力とは無縁な生活で
僕は春の訪れを待っていた
中学生のころに怪我した右膝とは
プレーの幅を狭めはしていたものの
うまく付き合っていた
当時作った怪我予防のための装具は
伸縮性のある本体を
マジックテープ及び
オーバーラップで頑丈に固定し
かつその状態から膝蓋骨を外側に
動かないよう内部にある
ウレタン製の固定部分をつなぐ
ゴムを引っ張り固定する
逆方向へ膝が曲がらないようにと
関節の横へのズレを予防するため
両サイドには膝関節に合わせて
曲がる鉄板が入っていた
当時は幼く異様に見えた光景も
サイボーグみたいと茶化されて
気楽に受け入れた
そんな装具も年季が入るにつれて
痛みが進み装具屋を探して
また特注することも考えたが
サポーターメーカーから鉄板入りの
膝蓋骨部分の固定力が
強いサポーターが出ていて
数年前からそちらを使っていた
いつもと変わらない日々
コンディションもまぁまぁ
モチベーションも維持したまま
いつもと変わらずバスケットをする
僕はたまに行く練習場所で
レベルはフェザーズよりも高く
良い練習をするところに来ていた
普通にアップをしてハーフ3対3を
チーム分けしてペナルティ
ありでやることに
メンバーの人がジャンケンで
順番にゲストを指名していく
最初に勝った人が僕を呼ぶ
その人に向かって違う人が言う
「 お前 勝ちにいったなぁ 」
そのタイミングでそのセリフは
正直嬉しいものだ
小学校でのサッカーのときと一緒だ
次に高さのある選手を取った
うちのチームは優勝候補と呼ばれた
しかしそんな簡単なものではなく
うまくチームが機能しないで
勝ったり負けたり微妙な感じだった
そんな微妙な感じのチームだったが
肝心のペナルティがかかった
場面では勝負強さを見せて
ペナルティをまぬがれていた
その最後の一本もギリギリで
ペナルティを免れた僕はボールを
手にとり次のチームの人にパス
してからコートサイドに出ようと
後ろ向きにさがった
一歩
二歩
左
右と
そこで振向くのと同時にさげた右足
体が向きを変えつつ
つま先が床に着く
それは幾度となく
唐突に
理不尽に訪れた
気付くと僕はしりもちをついて
反射的に右の膝を
サポーターの上から押さえている
何かが僕の思考をさえぎり
事態の把握が遅れた
その正体は激痛だった
声もでない体も動かない
ああ お前なのか
またお前か
久しぶりだな
何がどうなって今の状況が
あるのかわからない
でも見慣れた風景
見知らぬような顔がたくさん、
輪になって僕を見おろしている
サポーターはがっちりしていた
いつも通りキツいくらいに
充実した日々に筋力が
落ちていたとも思えない
何よりも僕はバスケットを
プレーしてたわけではなかった
何故だ
激痛が少しやわらぎ体育館のすみに
運ばれた僕の心は
その疑問に支配されていた
それでも現実を受け入れるのに
たいした時間はかからずに
また僕に
ただの異変が起きたのだと実感した
少し落ち着いた僕に
心配そうにタカが話しかける
「 ジュンさん 大丈夫ですか? 」
「 だいじょぶじゃないな
それ以上の話 今はしたくない 」
タカは察して練習に戻る
「 あんた今怪我なんかして
大会どうすんの? 」
ストレートなユウは直球だ
直球すぎてへこみもできない
「 今はそれどころじゃないや
とりあえずわかんない 」
そう答えたのには理由があった
今起きている事実は
紛れもなく起きている
そしてそれは普通に歩いている
状態に近いシチュエーションで
起こったことだ
そしてキツいサポーター
状況を並べただけでもう
大会どころではないことは
再度自由を失った僕には
痛いほどよくわかる
だからこそ現時点では自分で
結論というものを何一つ
出したくなかった
怖かった
今まで怪我した時には感じなかった
恐怖を僕は感じていた
「 タカ 悪いけど今回はダメだ
俺の家まで車の運転頼むわ 」
何ヵ月か前にこの場所で足首を
捻挫したが気を付けながら
自分で車を運転して帰った
今回は無理だ
この右足ではアクセルを
踏むことは出来ない
「 いいですよ 」
「 悪いな
シンジには落ち着いたら
自分で連絡するから 」
駐車場から家までなんとか
歩いた僕は疲れのあまり
部屋に崩れ落ちた
非常に疲れた
非情に
でも眠りに落ちることは許されず
激しい痛みと明日からのことで
頭がいっぱいだった
バスケット
仕事
生活
親のもとで学生をしていたころ
とはもう違う
僕の人生は明日から
どうなってしまうのだろう
あまり眠れずに朝を迎えた
痛みには慣れたが腫れが強く
歩くのも大変だ
なんとか用意をして
最大限の注意を払いながら
自分で車を運転して病院へ行く
病院の駐車場に入りながら
ふと中学のころの思い出が甦る
幼い僕の記憶
あの手術室の冷たさと
指先ほどの小さな体の穴は
病院に入る僕の心に自然と
軽い拒絶反応を生み出した
そんな想いを振り払うように
自分の背中を押す
現実というものはいつでも無表情だ
車を止めてユウが松葉杖を
借りにいってくれた
その間に僕は会社に連絡を入れる
上司に取り次いでもらいながら
不安と緊張に膝の痛みが
増していくような気がした
「 すいません
ちょっと怪我をしまして…
…
…バスケをしてて ...」
詳しい事がわかったらまた連絡
すると伝えて電話を切ったころ
松葉杖を片手に電話をしながら
ユウが帰ってきた
「 すいませ〜ん 風邪で熱が出て
休ませてくださ〜い 」
そんな歩きながらハキハキと話して
風邪なんてどう考えても嘘っぽい
「 はい 松葉杖
使えるの? 」
「 うん 慣れてる 」
地元では少ない大きな大学病院
整形外科はお年寄りで
溢れかえっている
あの時と同じだ
朝一に来なかったし
初診ということもあり
2時間ほど待ち通されたところには
若い女性の先生がいた
状況を説明するも触診すら出来ず
違う先生を呼ぶから
少し待つように言われる
次に来た先生も
厳しいなぁという表情
中学のとき僕の膝の中を見てくれた
先生はもういなかった
僕は当時関わった先生の名を
思い出せるだけ言ってみた
「 あ 教授見たことあるんだ
教授は今日休みなんですよ 」
ん?その人、教授にまでなったんだ
でも知ってる人の方が安心なので
二日後に予約を入れる
「 血ぃ 抜いてもらっても
いいですか? 」
膝の血や水を抜く注射は
ヤバいくらいでかい
針ですら穴がよく見えるくらい太い
僕の人生でもう二度と
出会いたくなかった存在
でも眠れないのとを秤にかけたら
その言葉を自然と口にしていた
予約の日に外来に行く
またひどい混雑だ
「 どうしました? 」
状況を説明しベッドに横になり
触診を始める
「 これ痛いか? 」
ヤバいくらい痛い
「 脱臼だと思うけど
これじゃ動かせないから
痛み引いたらちゃんと見よう 」
また来週来ることに
一週間後、痛みもだいぶ引き
触診を始める
曲げたり伸ばしたり引っ張ったり
「 これはねぇ 足の形が悪いなぁ
これでバスケットやってるの? 」
そうだけど
「 職業とかにしてるなら仕方ないけど
やめた方がいいよ
将来 歩けなくなるから
まぁ今やめても歩けないかな 」
歩けない?
想像も出来ない次元の話に
僕はついていけずに戸惑う
「 もう形が悪くてね
ずれてるんだよ 」
襖とかだって多少ずれてたら
しばらくはなんとかなるけど
ずっと使えばだんだんダメになって
動かなくなるか取れちゃうでしょ
そういうこと
そう言うとマジックを持ってきて
僕の足に印を着けていく
これがお皿ね
ここが脛の骨、こっちが腿の骨
これとこれが腱で繋がってて
こう曲げてる時は真っ直ぐだけど
腱がこの向きに繋がって角度がついてるから
膝を伸ばすと…
ほら外にずれた
「 普通じゃないですか… 」
本当にそう思ったから
つい口にした
「 普通の人はこうなんだよ 」
そう言って先生は自分のズボンの
裾を捲って足を見せてくれた
「 あ… ホントだ… 」
膝関節の原理を教えられながら
レントゲンにも目をやる
「 この写真は定位置の状態ね
これがお皿が収まってる溝ね
溝ってほどでもないでしょ
普通の人はこの溝が大きくて
そこにお皿がはまってるの 」
ちょっと待ってよ
さっきは皿の場所が悪くて
腱に引っ張られて外側に
動いちゃうって言ってたのに
他にもよろしくない条件が
そろっているのですか?
スポーツをする体じゃないなんて
そんなこと最初から教えておいてよ
昔の僕に伝えてよ
そんなひ弱な体でいくら
努力したって体が出来上がった
ころには使い物にならなくなるから
今のうちに違う趣味を
見つけようねって
とにかくバスケなどでなく普通の
行動で怪我をしたことと
中学生の成長期と違って体が
出来上がってることで
このタイミングがいいんじゃないか
ということで話が進んだ
膝の中をいじる
手術だ
いつかは治さないといけないと
中学生のころに言われていた
それが今だなんて
正直、心の準備が出来ていない
バスケをやめろと言われ
膝を開けると言われた
急展開していく事態は
僕を待ってはくれない
次回に詳しい日程を決めましょう
会社には相談しておいてください
バスケを続ける事が出来るか
わからない今
考えても仕方ない事かもしれないが
フェザーズの晴れの門出に
僕はいれない
これからがんばっていく僕たちの
スタートラインに僕はいない
そんなことばかりが僕の思考を
支配していた
仕事の都合や病院の空きベッドの
状況で入院は少し先になった
膝は少しずつ回復に向かっている
回復する時間
それから手術とリハビリ
日一日と復活までの
長い道のりが延びていく
復活?
復活ってなんだ?
はたして僕はバスケに
復帰できるのだろうか
それはわからないけど
今の僕の精神状態を支えうるものは
復帰という目標でしか
ないようにも思える
普通に歩けるようになり入院を
前にして僕は職場に復帰していた
会社には病院の事情で遅れているが
長期の欠勤は了解を得ている
雨の日、僕はいつもの道を
仕事のため歩いていた
濡れた金属部分に
少しだけ滑った瞬間
ほんの少し膝がずれたのがわかった
あやうく雨の路上で
大転倒するところだった
もういい加減手術でもして
治さないとと思わせる出来事だった