〜 ユウ2 〜
離れてわかった大切なもの
失ってわかったかけがえのないもの
手にとった瞬間にその素晴らしさが
わかるほど人は賢くも強くもない
だけど塞ぎ込んでばかりは
いられないよ
さぁ 空を見上げまた歩き出すんだ
君が必要とするとき
僕はそばにいてあげるから
少し振りの再会をしてから
僕の勝手な考えでの
面会があってから
ユウからの連絡が増えた
僕も自分の中で少し
ふっ切れた部分もあり
高校時代の仲間とも会うことが
増えていった
高校を卒業してバイトを始めて
目まぐるしく過ぎていった
日々を経て
僕の暮らしは新しい環境と
少し前の環境とのバランスという
落ち着きを手に入れた
どちらに片寄るともなく
自然な毎日が続く
その中にあって
ユウとカナとの時間も
取り戻していったが
少し変わってきたことがある
それはたまたまではあっても
ユウとふたりの時間が増えたことだ
僕は少しユウの暮らしを
心配はしたが
会う度に次の約束をするユウに
引かれるように僕は定期的に
ユウと会うようになった
ユウは僕の新しい暮らしに触れず
僕が今のユウがどんな暮らしを
しているか聞くことはなかった
ただほんの少し
たった数ヶ月の空白をひとつずつ
はめ忘れたピースを大事に
集めていくように
バイト先での生活も崩さずに
僕は中途半端な暮らしを続けていた
こんなことでいいとは思って
いなかったがすべてが僕にとって
大事なものだった
ユウとの時間は何事にも
代えがたい貴重なものだったし
ユウが僕に見せる素直さや弱さは
今まで以上になっていった
そしてユウが僕に欲しいと言った
僕の週の中の1日
それが2日になった
週の中で2日もユウのために
使うと僕の生活は
回らなくなっていった
その代償は大きく
バイト先での残業や飲み会の回数
バスケの回数が減っていった
それにともないユキと会う機会も
だんだんに減っていった
ある日のバイト終わり
レストルームの前を通り
ロッカールームへと続く廊下の
ベンチにユキがいた
「 ジュンくん おつかれさま 」
「 おつかれ 久しぶりだね
どうしたの? 」
「 こうでもしないと
会えないからね 」
ただならぬ雰囲気のユキは続けた
「 全然会ってくれないし
電話もくれないよね 」
違うんだ僕は
女の子と付き合ったこともないし
どうしていいのかわからなくて…
僕の口からは何も出てこない
「 この前の飲み会の時とかも
パートさんにベタベタされて
私おもいっきり睨んだんだよ 」
僕は女性との接し方がわからない
「 私 このままジュンくんと
やっていけるかわからない 」
ユキは僕の返答を待っている
まるで心を入れ換えてがんばります
という言葉を待つかのように
僕の口から出た言葉は
「 ごめん 」
だった
少しの沈黙のあと
「 私たち 別れない? 」
「 ごめん 」
僕は他に何も言えず
ユキも僕を責めるでなく
ひとつの出会いがそこに終わり
別れというものが成立する
僕はその後もユキに
何も言うことができずにいた
というよりはユキがバイトに
顔を出さなくなった
しばらくしてバイトあがりに
ユキを見掛けた
腰まであった長い髪をバッサリと切り
ショートカットになっていた
その時に僕は気付いた
フラれたと思っていたのは
大間違いで僕は人を
傷つけていたんだと
軽はずみな言動も
あったかもしれない
何がいけないかを断定するのは
難しいと思う
だけどそれが彼女の傷なら
僕の罪ならば
背負っていかなければいけない
忘れてはいけないこと
戒めるため僕は酒をやめた
十八歳の夏だった
ユウと会うようになり
仲間とも集まることが
増えていった
その日は仲間の家で
夕方から飲んでいた
バイト先で年上の社員さんなどと
日本酒を飲み比べるなんてのは
最近のことで
高校のときはそんなに
強い方ではなかった
そんな僕が久しぶりの飲みの席で
酒は飲まないと言ったとしても誰も
不思議がるやつはいなかった
夜になってもずっと家に
いるのも迷惑だから外に出た
その時点で少し人数は
減っていたけどとりあえず公園を
見つけてしゃべっていた
何をするでもなく
何を話すでもなく
無駄と紙一重の
仲間との楽しい時間が過ぎる
「 ジュン 」
近づいてきてこそこそと呼ぶのは
カナだった
「 最近どうなのよ? 」
カナには相談もしてるし
お世話になってる
「 ダメかな フラれちゃった 」
「 ホント? 嘘でしょ
ジュンがフラれるはずないよ 」
「 傷つけちゃったんだ 」
「 そっか そっかぁ
仕方ないんじゃない
したくてしたんじゃないし 」
「 うん 」
カナは気を取り直しいたって明るく
「 で、ユウとは? 」
「 ん? 会ってるよ 」
高校を卒業する前には
カナを呼び出してユウへの気持ちを
相談したりもしたなぁ
「 良かったじゃん
それでいいんだと思うよ 」
騒ぐのも疲れた僕らがそろそろ
解散するかを考えていたころ
ふとユウが横にやって来た
「 ジュン ちょっといい? 」
「 どうした? 」
「 ちょっとだけ… 」
そう言って
どこかもわからない方向に
指を向けた
「 ちょっと散歩してくるわ 」
僕はみんなにそう言ってから
ユウに向かって通りの方を
親指で指さした
どこともなく僕らふたりは
歩き出した
「 どうした? ユウ 」
ユウは自分で誘ったくせに
浮かない顔で考えごとを
しているみたいだ
僕はそれ以上は聞かずに
ユウの歩くがままに着いていく
それがユウの望むものなら
そうしててあげたい
ユウが話したくなって話せば
僕はユウの話を聞いてあげよう
少し黙ったまま歩くと地元なのに
知らない路地に迷い込んだ
新しく見た知らない街の雰囲気が
背中を押したのか
ユウがしゃべり始める
「 ジュン ごめんね 」
?
「 忙しいのに会ってとか…
ううん そんなことじゃなくって
あたしなんかで…
こんなあたしでごめんね 」
そう言ったユウの瞳には
涙が溢れている
「 何言ってるんだよ 」
「 ほんとにごめん 」
それ以上言われると
僕ら出逢ったことまで
出逢ってしまったと
逢わなければよかったと
彼女には後悔が
僕の道には
否定が突きつけられそうで
それ以上謝られるのが僕は怖くて
もうそれ以上は謝らないで
「 そんなユウだから…
そのままのユウを
俺は好きになったんだよ 」
僕はそっとユウの頭を撫でた
ユウはその手を掴み
そっとおろすと
僕の手を引いて歩き出した
僕らは手を繋いで
見知らぬ路地を歩いた
「 ユウ ここ行き止まりみたい 」
そう言って僕は立ち止まった
ユウは辺りも気にせず急に
僕に抱きついた
僕は驚くよりも初めての
ユウのぬくもりに動けなかった
「 少し このままで いい? 」
「 いいよ 」
初めて僕の腕の中にいるユウは
僕が憧れて頼りにしていたような
力強さはなく
か弱くか細い女の子だった
僕はもう一度
ユウの頭を撫でた
「 ユウ そろそろ帰ろうか
みんなが心配する 」
「 …うん 」
僕はユウの手をとって帰り道を歩く
ユウと手を繋いで歩くなんて僕には
夢のようなことだった
この時間が止まってしまえばと思う
このままみんなの待っている
公園に帰ればまた僕らは
違う道を歩くそれぞれに戻っていく
「 この時間がずっと
続けばいいのに 」
そう言ったのは僕ではなく
ユウの方だった
自分でも思っていたことだが
いざユウの口から言われても僕は
両手をあげて喜ぶわけにもいかずに
「 もう帰らないと 」
と心にもないことを言って
ユウの手を引いて歩いていく
「 ジュン 待って 」
人気のない路地裏の行き止まり
「 どうした? 」
狭い空にはめずらしく
きれいな星達が顔を出している
「 あたし わがままかも 」
ふたりを照らす街灯の弱い光は
今までの僕らの心の弱さに似ていた
「 ユウのままでいいんだよ 」
細い路地、人々に忘れられた空間
これが都会の人混みの中でも
きっと僕らは
僕らだけの世界にいただろう
「 キスしていい? 」
心のずっと奥にしまい込んでいた
答えが
今ここで僕の手に
「ユウがそうしたいならいいよ」
大切なものに気付く時間は
ふたり違ったけれど
やっと僕らは
たったひとつに気が付いた
短い口づけのあと
「 ジュン ごめんね 」
謝らないで
「 もういいんだよ 」
「 とっても長い間
ジュンを待たせちゃった 」
ユウはまた涙を浮かべている
「 ジュン あたしちゃんとする
きれいにしてくるから
ジュンの横にいれる人になる
だから もう少しだけ待ってて 」
そう言うと溢れた涙が
こぼれ落ちた
「 俺はいつでも いつまでも
ユウのそばにいるよ 」
「 ありがとう 」
ユウは泣きながら笑った
ユウの涙を拭いて
僕らはまだ変化のない日常が待つ
公園に帰っていった