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小さな栄光  作者: ジュン
37/59

〜 新生活 〜


新しい生活が始まり


新しい環境に囲まれる


新しいことに費やす時間は


古いものを削らないと作れない



学生というものから飛び出た


僕の生活は激変した


僕の当面の予定は

自分のやりたいことを探すこと


そのため浪人という形をとっていた



僕は電車で二つ先の駅近くで

バイトをすることにした



高校時代、部活を応援してくれる

親はバイトしないで部活に集中

できるように昼飯代をくれていた


親の脛をかじり続けた僕は

バイトの経験がなかった


そんな僕にはキツいだなんだ

という概念がない


つまりバイトに関しては

怖いもの知らずだ



ユウ達と探してたときに目星を

つけていたバイト先は地下街に

あるパン屋だった


パンが好きな僕はただパンが

食べれるんじゃないかという

単純な発想でそこに決めた


時代も時代だ


昼間の労働力は貴重で

即決で採用された




そこに待っていたのは理想と

かけ離れたものだった



初めての接客に戸惑い


オーブンからは殺意を

感じるほどの熱気


重たい鉄板は数多くは持てず


蜂の巣をつついたような忙しさ


毎日増えていく火傷のあと


社会のしがらみも垣間見え


体力、精神的に極度な

プレッシャーを感じた



だが怖いもの知らずの僕は

それが当たり前の世界と割りきり


なにくそと歯をくいしばる

ことができた



汗だくで働き夕方に終わって

家に帰っても何も出来ずに寝るだけ


そんな毎日に僕は充実感を感じ

新しいものを覚える

ものを創るということに

とてもやりがいを感じていた



社員さんや古巣のパートさんが

賭けにもならないほどに僕が

すぐに辞めるとみな予想していた

らしいが僕はその期待を軽々と裏切り

その環境を楽しんでいた




僕は多くの種類の仕事を覚え

残業も多いにした


いつしか僕は社員さんに

若手のホープと呼ばれ


レジ係りや、仕込み、

成形や仕上げと焼き

そして品出しと呼び込み

材料倉庫の整理、管理や

社員の使いで売上金の

入金まで任された


そんなオールマイティーな僕は

一日の仕事で担当を

任されることはなくなり

各担当の休憩時間をつなぐために

すべての仕事をやった


それが僕の担当だった



集中型の僕は一時間毎に変わる

仕事を楽しみながらやって


休憩から帰ってきて仕事が

減っていることに感謝され

それがまた僕のやる気に繋がった




僕は8時から16時までの

シフトで16時から

22時くらいまでは学生の

アルバイトが中心だ


たまに人が少なかったり学生が

休んだりすると残業を頼まれた


もちろん喜んでやった



残業をやったりイベントなどが

あると学生と接する機会が増えた


年下の高校生から同年代の

大学生まで様々だ



飲み会なども頻繁にあり

友達の数も増えた


その中で仲の良くなった大学生が

地元のクラブチームで

バスケをしていて


僕が経験者と話すと次に練習に

行くときに紹介してくれる

ことになった




その場所は僕にとって初めて

目にする社会人クラブチーム

というものだった


技術レベルもバラバラなら

プレーする人の年齢層も様々、

親子もいるくらいだ


部活しかしてこなかった僕は

年輩の方や年下の子とプレーする

のは初めてで少し戸惑いはあった



練習はやけに流し気味の

アップ程度だしそのあとは

ゲームを繰り返すだけ


少しのブランクがあるにも関わらず

僕にはもの足りない

内容だったのは事実だ



それでも楽しく取り組むのが

モットーと感じるのに多くの

時間は必要なかった



慣れない練習の加減が下手な僕は

内容でメンバーを圧倒し

帰り際にチーム代表から


 「 是非うちでやらないか? 」


と声をかけられた




仕事では高評価をもらえる

ようになりバスケをする場所も

見つけた


少しの余裕もできた僕は

バイト仲間達と遊ぶことが増えた



高校の仲間とは少しずつ

会う機会も減っていった


みな少しずつ忙しくなり少しずつ

時間が合わなくなっていった



僕という時間を新しいものに

費やすには何かを省いて

いかなければいけなかった



それでも僕にとって

ユウだけは特別だった


僕は彼女のどんな存在にもなれたし

彼女を僕のどんな存在にもできた



僕は彼女の今日や明日に幸せを願い、

自分の道を探し歩いて

いくという決心が必要であると

薄々ながら気付き始めていた



僕は自分からすすんでみんなと

会うのを減らしていった





新しい日々も数ヶ月たち

僕は新しい環境で新しい

サイクルを生きていた



それは期限付きの友情に古い友人として

思い出に変わるようで僕の胸を締め付けた



そんな僕の痛みを和らげたものは

新しく見つけたものたちだった



たかがバイトでもそれなりの

評価と場所を持ち


それなりにバスケが上手く


バイトしかせずに昔の仲間とも

そんなに会わなくなった僕は

付き合いの良いやつだった



わりと良い居場所を確立した僕は

飲み会などは真っ先に声がかかる

ポジションにいた



そんな僕に好意を持ってくれる人は

少なくなかった





その中にバスケにも行く

女子大生がいた


飲み会の度に僕の横にくるその子と

自然と仲が良くなっていった



同い年のユキという名の

その子は大人しく気立ての良い

とても良い子だったが


僕に対してはとても積極的だった



僕は16時上がり、ユキは

学生なので16時入りの

ラストまでだった


バイトがあって会うときは

そのすれ違いの時間だけだった



その少しの時間、厳密に言えば

少しもない時間にユキは

僕を見つけて駆け寄ってくる



 「 ジュンくん映画とか見る? 」


雑誌を広げて僕に説明する



この映画見たいと思ってたんだぁ

よかったらジュンくん

一緒に行かない?




僕はてきとうに時間を潰してから

ユキの休憩に合わせて

レストルームに入った



 「 おつかれさま~ 」


そこにはユキとも仲が良く

僕をバスケに連れていってくれた

ロッカーメイトもいた



 「 ジュンくん どう?行こうよ 」



ユキは人目もはばからずに

積極的に話す


というよりユキと仲の良い

友人たちはみなそれを応援して

いるようだった



僕はユキに対してはとても

良い印象を持っていたので

断る理由はなかった



こんな風に女の子と待ち合わせて

出かけるのは初めてだった




待ち合わせたはいいけれど

何をどうしてよいものか

さっぱりわからない



ユウのことが頭によぎったが

今はまだ整理がついていない



僕は相談をしにカナの家に行った



カナの家の前の公園

夜中のこの公園でユウと二人

カナを待っていた




 「 それ デートだよ


  ジュン すごいじゃん


  よかったね 」



カナはとても優しい


少し自分を出し切らずに

人と距離を置いていそうな

感じがあるがその分、と言っては

勘ぐっているが人に対して

すごく優しかった



 「 ジュン お金持ってるの? 」


そういえば給料前でかなりキツい


最終的には親に泣きつく

つもりでいた



 「 ちょっと待ってて 」



そう言ってカナは一旦家に帰った




帰ってくるとカナは

僕に一万円を差し出して


 「 給料入ったらでいいから 」



と、お金を貸してくれた



 「 なんでもおごっちゃダメだよ


  気ぃ使わしちゃうから 」


映画見たら食事でも誘ったら?


その日に次の約束した方がいいよ



などいろんなアドバイスをもらった



 「 でも意外だなぁ 」


なんで

そんなこと言うの?



 「 ユウじゃないの?


  ジュンがユウのこと好きなの


  みんな知ってるよ 」



だっ だって テツオが

最近どちらとも会ってないし


僕は焦った

自分でも気にしないようにと

気にしていることだった




 「 ま 今はそれでいいか…


  うまくいくといいね 」



ありがと


たまに会いに来てこんなことで

悪いけどカナと話せて良かった




そしてお互いバイトが休みの日

初のデートを迎えた


午後から待ち合わせの場所に向かう


 「 こんにちわ 」


ユキは先に待っていた


十九にしては落ち着いたシックな

パンツに腰まで伸びたきれいな

髪を今日はおろしている


僕は当時流行っていた

ピチピチのTシャツ

通称チビTにホワイトジーンズ

小さめのバッグを肩から

ケツにかけた


すべての服

ブルーに黄色ラインの

スニーカーすらユウが僕に

合わせて一緒に買いにいったものだった


僕はそれに気付かずにいた




 「 チケット 買っといたよ 」


積極的なユキは出来る子だ


その映画は大戦中に工場経営で

財産を築いた主人公が自分が雇う

人間が迫害を免れているのに

気付いてから、私財をなげうち

弾薬製造までを約束し雇用に

励んで多くの人間を救った物語


そしてその工場は欠陥品を作ったり

他社から製品を買って納品したり


迫害されている人種の人に

戦争の道具を作らせなかった


といった内容の大作だった



映画が終わるとユキは


 「 感想とか話したいし


  食事でも行かない? 」


バイト先のある駅周辺を歩いた


好き嫌いの多い僕のためたくさんの

お店を提案してくれた


結局は普通のパスタ屋に決めた




無作為に不条理に唐突に命を

奪われた事実を教科書でなく

映像で突き付けられた衝撃や


人種、階級を越えた人間の

助け合いの感動


ひとしきりの感想が終わっても

止めどない会話に時間を忘れた



 「 今度の送別会行く?」


誰か辞めるっけ?


 「 ○△さん 移動だって 」


ああ

そういえば



わりと最近うちの店にやってきた

社員さんがいたなぁ


もう移動するんだ



 「 もちろん行くよ ユキは? 」



 「 ジュンくんが行くならね 」



イベント参加率の高い二人だった



長いこと話して


次は送別会だね


と、確認してからとなり駅に

住むユキは電車で帰るので

駅まで送りにいった



 「 ジュンくん またね 」




送別会の日がやってきてユキは

いつも通りに僕の横に座った


 「 久しぶり 」



デートから丸一週間


シフトが合わず16時の

ニアミスすらなかった



 「 映画 おもしろかったね 」


ユキはとなりで笑みを浮かべる



二次会に突入してもユキは

僕のとなりに座った



 「 ちょっとぉ ユキちゃん


  ジュンくん独り占めしないで 」


絡んでくるのは決まって昼間の

シフトで入っているフリーターの

少し年上のお姉さん達だ


若いアルバイトはだいたい

学生が多く、夕方から入る


昼間の若いアルバイトは

家事手伝いの女性か僕くらいだった


だから僕は誰からも可愛がられ

仲が良かった



かなりの酒量に絡み方も


僕に抱きついたり

度が過ぎてくるとユキは

敵意をむき出しにした




そんなユキは少しかわいく


酔った勢いもありどちらともなく

軽いノリで付き合っちゃいますか

という感じになり


僕らは付き合うことになった


ノリは軽く勢いではあったけど

それはユキの照れ隠しに思えた



恵まれた環境

僕は順調な足取りでいた



バイト先での評価や

バスケのクラブチーム


ユキ



僕は望まなくとも


望んでもおかしくないものを


次々と手に入れる



順風満帆に進む人生に

心残りはないと感じてはいても


何か引っ掛かるものに気付いていた



それは分かりきっている


ユウのことだ



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