〜 中学バスケ引退の日 〜
十個ほどの季節を重ね
それが人生の一つの季節になった
この夏を終え
次の季節が始まりを告げるのなら
僕は何を残していくのだろう
名門校はちょっとやそっとのシードなんて
ものともせずに、勝ち進む
スタメンの仕事は、たくさんの控え組や下級生を
できるだけ試合に出すこと
僕の順番は故障を抱えていなくとも、
控え組そして有望下級生の次だった
その日も大差がつき次々とベンチウォーマー達が
公式戦という経験を積んでいく
試合が終盤になっても、僕はまだボールではなく
スコアブックを前にシャーペンを持っていた
試合残り時間は一分か二分くらいだったと思う
その時はきた
控え組も一回りしたあと、
下級生に混じり出場機会が訪れた
が、ただでは済まない
先生の指示は…
ディフェンスはするな
オフェンスはスリーポイントラインの中に入るな
はい、と返事をしてコートに出てみたものの
緊張の中どうしていいかわからない
相手の攻撃、自分のマークマンは?足が動く
止めなければ…
その時、先生がその日の試合で初めて
ベンチから立ち上がり大きな声を出す
立ち上がった目の前の足元を指差し、
ここにいろと
そこはテーブルオフィシャルの前、
センターラインの端っこだった
僕はオフィシャルの前に立ち、
五人の相手チームの攻撃を
必死に守る後輩四人の姿を静かに眺めていた
引退を間近に控えているとはいえ、
故障を抱えている生徒
ただの故障ではない
ちょっとしたことで大怪我をする可能性もある
部活動、公式戦、バスケ部や顧問の評価にも
影響があるかもしれない
それでも先生は、全員を試合に
出してあげたかったのだろう
立つことができるのなら、せめてコートへ
この試合に出れなければ僕の中学バスケ
いや、僕のバスケット人生は
終わっていたかもしれない
悩んだ末の処置であったと思う
酷な選択だったとも思う
でもこれが僕の人生を方向付けた
ターニングポイントだった
僕は自分のやるべき事はわかっていた
何をすべきかわかっていたというより、僕の体は
そうするようにつくられていた
自分のチームのボールになり数歩進んで
スリーポイントラインの手前までいく
ボールは持てない
オフェンスが終わり、
またセンターライン付近で待つ
次のオフェンス、さっきより少しだけ
スリーポイントラインから離れて
ポジショニングする
その時、後輩組のエースが無理やりドライブして
ディフェンスを引きつけた
僕は少しだけ自分のディフェンスから離れる
そしてパスがきた、
その試合でのファーストタッチ
無意識というか、僕の体は反応した
見学ばかりの少ない練習の中、
必死に打ち込んだシュート
男の子には珍しくかっこの悪い両腕でのシュート
意識はせずにボールを受けたからただ放たれた
機械的なシュート
そのシュートは僕のどのシュートよりも高く、
大きなアーチを描いて
ゴールに吸い込まれていった
どんなメモリアルショット、
試合を決めるエンドワンプレー、
ブザービーターよりも鮮明に僕の心に焼き付いた
そしてセンターラインの上で
試合終了のブザーを聞いた
僕がボールをさわったのは、というより
プレーに参加したのはその一回だけだった
試合が終わり、僕のもとに駆け寄ってきたのは
パスをくれた後輩だった
「先輩なら決めてくれると思いましたよ!」
興奮気味の笑顔でそう言った
僕はレギュラーにほど遠く、チーム内での役割柄
後輩と接する事は多かった
その中で、次期エースのこの後輩は早いうちに
レギュラーメンバーの練習に入っていたために、
そんな僕との接点は多い方ではなかった
僕の引退試合、ラストショットに
あまり関わりが無さそうな、
そんなに親しくないレギュラー組の後輩
エース、のちにインターハイにも出場する選手
そんな彼が僕の引退の花道を彩るため、
僕の努力を信じチャンスを演出した
そして素直に喜んでくれた
僕はその時、チームというものを感じた
僕のしてきた事
間違ってはいなかった
バスケットボールと
胸を張り向き合うことができた
それはたまたま出会ったバスケと
この先も付き合っていける
自信に繋がるものだった
その後、順当に勝ち上がり、最後の大会の
決勝戦をとったビデオテープの最後に、
現役を引退する生徒達が一人ひとり
思い思いの気持ちを順番に語っている
その本当に一番最後、十人目
汗を吸うことのなかった
不似合いなユニフォームを着て
「また試合に出たいです」
そう言った少年の夢を、高校生や社会人になり
叶えることが出来たのは
僕の行く道を力強く指し示してくれた
恩師のおかげだと
あの頃も今もそう思う
あのスリーが決まったからこそ
今の僕がいる