表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

猫の居る店 (1)

「こないだ話した店、うちの近くだから」


 ユナはそう言って、彼女の車の鍵を開けた。街まで連れて行ってくれるつもりらしい。ユナの家は中央街まで徒歩で行ける場所にある。私たちはユナの家の駐車場から歩いて目的地まで行くことにした。


 二人とも初めて行く場所だったが、さほど迷わずそのお店は見つかった。入り口からは中があまり見えず、一人では少し入りづらそうな雰囲気だ。洒落たドアノブの付いた木製の扉に、控えめな注意書きが掲げられている。


『ときどき猫が居るカフェ&バーです。苦手な方はご注意を』


 少し緊張しながら入ったが、お店の人はごく自然に迎えてくれた。私がカウンター席の一番奥に座ると、ちょうどグレーっぽい縞模様の猫が足元にひょっこり現れた。


「猫、大丈夫でしたか?」

「はい! 猫好きです」


 つい元気よく答えてしまう。猫は私のすぐ近くにあった、彼女(店の紹介記事に女の子と書いてあった気がする)の定位置らしきロープバスケットのなかで丸まった。私はかなり良い位置に座ってしまったようだ。


「……良い店ね」

「ねー。あれ? でもユナ猫苦手じゃなかった?」

「そんなに好きじゃないだけ。一匹居るくらい平気」


 失念していたことを思い出して不安になったが、本当に平気らしい。ユナはカウンターの向こうのバーテンダーさんたちを見ているようだ。メニュー表も置いてあるし、猫もいるし、気軽な店のはずだが、男性も女性もきちんとした服装で確かにかっこよかった。

 私たちはメニューの『カクテル:アンフューズド』の中から、私が『ジンとジャスミン』、ユナが『ジンとルイボス』を注文した。この店ではこれらが人気らしい。ジンに茶葉やハーブなどを漬け込んで香り付けしたものを、何かで割ったもの、だと思う。たぶん。

 しばらくすると、飴色がかった焦茶色のカウンターの上にコースターが置かれ、背の高いグラスが差し出された。私の方はほとんど透明に近い淡いレモン色で、ユナの方は赤っぽい色をしている。

 

「いただきます……あ、良い香り! すごくジャスミン!」

「美味しいね」

 

 予想以上にジャスミンの香りが立っている。見た目通り爽やかでとても美味しい。ユナもジンルイボスを気に入ったようだ。ひとしきり無言で味わったあと、私は思わずため息をついてしまった。


 「……健全に成長してると思うけどね。高等部の一年生でしょ」


 ユナがフォローしてくれる。


「私もそう思うんだけどね。今まで良い子にしてた分、反動というか、遅めの反抗期っていうか……あんまり反抗期だとか言いたくないけど」


 アロンとニコは9月から高等部に進学した。4年間の中等部を終え、卒業試験を兼ねた仮成人試験にも合格して、ここまで約束通りよくがんばってきたと思う。振り返るといろいろあったような気もするが、大きな問題は起こさずに来た。

 今回のことだって、私が思うほど大したことではないのかもしれない。ニコが寮の門限を続けて無断で破り、2回目の夜にはアロンと友達も一緒に繁華街付近にいたのを見かけた人がいたらしく、ご家庭でも注意しておいてくださいと言われただけだ。ニコいわく、駅前で買い物したあと散策していたら遅くなっただけで、お酒を飲んだわけでもないし何もしていない、とのことだった。アロンはニコに付き合わされただけだという。……全部が本当かは知らないが。

 再来年には成人なのだから、それまでもうしばらく大人しくしていれば良いのにと思ってしまうけれど、そういう問題でもないのかもしれない。私なんかよりずっと苦労して来たであろう彼らが、もし何か言いたいことがあるというのなら、反抗期という言葉で簡単に片付けるつもりはなかった。しかし、これからの二人にどんな風に接するのが一番良いのか、私は分からなくなっていた。


「やっぱり過保護すぎるんじゃないの?」

「そうかなぁ。外でがんばってる分、家では甘やかし気味でも良いっていう方針ではあったけど」


 二人とも年相応にしっかりして来たし、意外と丈夫な方だとも思うのだが、とは言え進路もまだ確定していないし、これからも定期的に病院にだって通うわけだし、つい心配になってしまう。


「まぁ、私が二人に厳しくするのは難しいって、自分でも分かってるから。クラウス先生に相談しようかな」

「クラウス先生って、施設長だっけ?」

「そう」


 やはりあの人に相談するのが一番良いだろう。二人はあの人を嫌っているような素振りをするけれど、ある意味あの人こそ二人の父親のような存在だと思う。本人たちは否定しそうだが。


 カウンターの端に目をやると、スノードームのような置き物が飾ってある。魔術師が作った物かもしれない。ガラスの内側で、何かきらきらした欠片がずっと動き続けているし、なんとなくそんな気がした。中心にあるのは妖精の姿を模した小さな彫刻のようだ。

 縞模様の猫はバスケットの中で静かにしているが、外の何かが気になるのか、窓の方を見ている。そんな様子を眺めながら、私はなんとなく、アロンとニコと、そしてクラウス先生と初めて会った頃のことを想い出していた。あの頃は私たちの師匠──ナターシャも一緒に居たのだった。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ