二人の未来
今回で完結です!
そして現在。
「クロエ。お前、今何をしてるんだ?」
ナルシス様に聞かれ、私は目を伏せながら答える。
「師匠――ベランジェール様の弟子として、魔法薬師を目指しています」
すると、ナルシス様はウンウンと頷いて言った。
「そうか。やっぱりまだ結婚してなかったんだな。結婚していれば、魔法薬師になる為の修行なんてしてるわけ無いもんな」
そして、ナルシス様はとんでもない事を言いだした。
「お前ももう二十四歳。そろそろ伴侶を見つけないといけない年齢だろう。仕方が無いから、俺がお前を嫁に貰ってやる」
「……は?」
あんな形で婚約破棄しておいて、何を言っているんだろう、この人は。
私は、冷めた目で聞いた。
「……ナルシス様。あなたは王女殿下と恋仲になったはずでは……?」
すると、ナルシス様は大げさに手を広げ、溜め息を吐いて答えた。
「ああ、あの方はダメだ。うちの事業を援助してくれると口では言っているが、自分の贅沢の為にしか金を使わない。その上他の貴族と浮気をしているフシもある。その点、お前は地味だが、従順で領地経営を手伝える賢さもある。……気付くのが遅くなったが、やっぱり俺にはお前が必要なんだ」
あんな事があったのに私とヨリを戻そうとするなんて、なんて虫のいい話。私は、作り笑顔で答えた。
「申し訳ございません、ナルシス様。私はもうあなたに従順ではいられません。……私、好きな方が出来たのです」
「……な、何だって……!!」
衝撃を受けた様子のナルシス様が目を見開く。いや、なんで私がいつまでもナルシス様を好きだと思っているのか。
ナルシス様は、勢い込んで聞く。
「だ、誰だ! お前は、誰に惚れているんだ!?」
誤魔化そうとしても、この人は帰ってくれないだろう。私は、正直に言う事にした。
「公爵家のテランス・ルメール様です。ナルシス様も、お名前は聞いた事があるのではないでしょうか?」
ナルシス様は、一瞬目を見開いた後、フンと笑って言った。
「ああ、あの首無し公爵か。あの方、貴族に嫌われているようじゃないか。善人ぶって孤児院の支援だの貧民街での就労支援活動だのをしているから呪われるんだ。悪い事は言わない。俺にしておけ、クロエ。贅沢が出来るぞ」
私は、頭が真っ白になった。そして、気が付けば拳をギュッと握り、叫んでいた。
「善人ぶってる? バカ言わないで! あの方は……テランス様は、本気で民の事を考えているの! 優しくて、誠実なの! あなたより、数百倍魅力的よ!!」
「なっ……!!」
ナルシス様は、怒りの表情で身体をブルブルさせた後、私に向かって拳を振り上げた。
殴られる! そう思って私はギュッと目を瞑ったけれど、数秒経っても痛みが襲ってこない。そっと目を開けると、ナルシス様の振り上げた右腕を誰かがガッシリと掴んでいた。
その人は、ナルシス様より少し背の高い男性で、ナルシス様を睨みながら彼の腕を掴んでいる。ブロンドの髪に青い瞳。とても美しい男性だった。
初めて見る顔だけれど、私はその男性が誰なのかすぐに分かってしまった。
「……テランス、様、ですか……?」
私が聞くと、彼――テランス様は、優しい瞳で私を見ながら笑った。
「ああ、そうだ。よく分かったね」
それを聞いたナルシス様が、驚いた顔で振り向く。
「な……お前があの首無し公爵だと……!? あの嫌われ者は今呪われているはずじゃ……!!」
テランス様は、冷めた目でナルシス様を見ながら答えた。
「ああ、ついさっき呪いが解けたばかりだからね。それより……君、アルチュセール家のご子息だね? 私の大切な人を殴ろうとするとはどういう了見かな?」
ナルシス様は、一瞬顔を強張らせた後、虚勢を張るように言った。
「フ、フン! 生意気な伯爵家の女を躾けようとしただけだ! それより、俺にこんな言葉遣いをして良いと思ってるのか? 確かにお前は公爵で俺より爵位が上だが、俺にはまだ王女殿下の後ろ盾があるんだぞ! ルメール家を潰すなんてわけないんだからな!」
すると、テランス様は、フッと笑って思いがけない事実を告げる。
「ああ、王女殿下なら、もうアルチュセール家を見捨てるはずだよ。なにせ、私を呪った犯人は、君の父上であるアルチュセール侯爵なんだからね」
「……何だって……!!」
話によると、今日私がルメール家を辞した後、すぐにテランス様の呪いが解けたらしい。そして、その事を私に報告しようとしたテランス様の元に、衛兵がやって来た。
その衛兵によると、アルチュセール侯爵が呪花を入手した証拠、使用人を使ってワイングラスに毒を入れさせた証拠が出て来たらしい。
テランス様に協力的な一部王族の力添えもあり、アルチュセール侯爵は逮捕され、現在牢に入れられているとの事。
「そんな……父上が……」
ナルシス様は、ガクリと膝を地面に突く。テランス様は、冷たい目でテランス様を見下ろしながら言った。
「王女殿下も、さすがに犯罪者を庇う事は出来ないだろうからね。すぐにアルチュセール家から手を引くと思うよ。……君、こんな所で膝を突いている暇はあるのかな? 次期当主として、アルチュセール家を建て直す算段をしないといけないだろう?」
ナルシス様は、ギリッと唇を噛むと、すぐに立ち上がりその場を走り去っていった。
「……まさか、ナルシス様のお父様が犯人だったなんて……」
ナルシス様の背中を見送りながら私が呟くと、テランス様も私を同じ方向を見ながら言う。
「こんなに早くアルチュセール侯爵を逮捕出来たのは、私に協力してくれた衛兵や王族のお陰だ。本当に感謝している」
そして、テランス様は私の方に視線を向けると、フワリと笑った。
「君にも助けられた。本当にありがとう」
私は、ギョッとしてブンブンと首を横に振った。
「そ、そんな。私なんて、テランス様の経過観察をしていただけで……!」
「いや、私は君に救われた。私を疎ましく思う者は大勢いるが、君は私の為に怒ってくれた。孤児院の子供達を救う為に奮闘してくれた。……私の心は、君に救われたんだ」
私の顔に、一気に熱が集まって来た。テランス様に褒められた。嬉しい。テランス様は、優しい笑顔で言葉を続けた。
「クロエ。先程私が言った言葉を覚えているかな? 私にとって、君は大切な人なんだ。……もしよければ、私の恋人になってほしい。君となら、共に生きていける気がするんだ」
信じられなかった。私みたいな地味で大した能力も無い女がテランス様のような素敵な男性に告白されるなんて。
でも、テランス様の瞳は真っ直ぐと私を捕えていて、とても冗談だとは思えなかった。
私は、目に涙を浮かべながら精一杯の笑顔で答えた。
「はい、これからも宜しくお願い致します、テランス様!」
次の瞬間、テランス様はギュッと私を抱き締めていた。そして、心底嬉しそうな声で言う。
「……ありがとう、クロエ。絶対幸せにする」
私は、テランス様の温もりに包まれながら、幸せを噛み締めていた。
婚約者に裏切られた私と貴族に疎まれたテランス様。お互い辛い事はあったけれど、二人の未来は明るいみたいだ。
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