処刑された悪女は吸血鬼の王と永遠の愛を契る
「マリア・ハートナーは大罪人である! 今宵はこの女の所業を皆に聞いてほしい!」
磔のマリアを指差し、婚約者のハンスはそう叫んだ。
周囲に数十人の民衆が集まっている。
ハンスは力強く糾弾する。
「まず我が弟、エドウィンを誑かした! さらに隣国と共謀し、この国を陥れようとした! マリアは国家を脅かす害虫なのだ!」
民衆が激怒し、一斉に石を投げ始めた。
石は磔になって動けないマリアに容赦なくぶつけられる。
顔から血を流すマリアは、冷めた眼差しでハンスを見下ろした。
(すべて嘘なのに……よくもまあ、堂々と嘯くわね)
ハンスはマリアの罪を捏造していた。
彼女はまったくの潔白であるが、それを証明する機会は与えられていない。
民衆は処刑に対する期待で熱狂しており、たとえ反論したところで無駄なのは明白であった。
勝ち誇った表情のハンスは、縛られたマリアを見上げて告げる。
「マリア! 死ぬ前に言いたいことはあるか! 特別に聞いてやろう!」
「……では一つだけよろしいでしょうか」
瞬きをしたマリアは凛とした声を発する。
それだけで場は静まり返った。
大勢の視線が注目する中、マリアは堂々と言い放つ。
「ハンス様。あなたはクソです」
「な……ッ!?」
「身勝手で視野が狭く、考えがことごとく浅い。金遣いの荒さ、無神経な発言も目立ちます。おまけに夜も独りよがりで下手なのですから、始末に負えませんね」
マリアはつらつらと辛辣に罵倒し続ける。
民衆はざわめき、ハンスは顔を真っ赤にして震えていた。
蔑みを込めた笑みで、マリアはとどめとばかりに言う。
「あなたの価値はお父様の権力と財力だけです。それを己の格だと勘違いしていらっしゃる……実に滑稽ですわ」
「こ、殺せェッ! 今すぐ! この女を焼き殺せ!」
激昂するハンスが叫ぶ。
兵士が松明で火を放ち、磔にされたマリアが炎に包まれた。
マリアは全身を焼かれながら高笑いを響かせる。
その壮絶な姿にハンスは怒鳴り散らす。
「嘘吐きの愚か者め! ざまあみろ!」
『誰が愚か者だと?』
底冷えした声が室内に反響する。
彼方から蝙蝠の群れが羽ばたいて集まってきた。
蝙蝠はハンスの前に積み重なり、人型を形成する。
現れたのは銀髪に赤い瞳を持つ美男子だった。
ハンスは驚愕して後ずさる。
「き、貴様は吸血鬼っ!?」
「我が名はシルド・バークレン。最愛の妻を迎えに来た」
シルドがマリアを一瞥する。
焼けて炭化しつつあったマリアの皮膚が瞬時に再生し、渦巻く炎が赤いドレスとなった。
揺らめく炎に支えられるようにして、彼女はゆっくりと地面に降り立つと、シルドの腕を抱いて寄り添う。
マリアとシルドを交互に見て、ハンスは激しく狼狽する。
「一体どういうことだ!? シルド・バークレン……吸血鬼の王がなぜここに……ッ!
「あなたを断罪するためですよ、ハンス様」
妖艶な微笑を湛えてマリアは言う。
彼女はハンスに詰め寄って語り出した。
「あなたの裏切り……己の悪事を私に押し付けて処刑することは予期していました。だから私はシルドと契約し、この時を待っていたのです」
「マリアとは永遠の愛を誓い合った。これほど美しい魂の持ち主は見たことがない……貴様のような蛆虫には勿体ない女だ」
シルドは殺気を隠さず唸る。
ぎらついた赤い瞳が、ハンスと周囲の民衆を射抜かんばかりに睨みつけていた。
ハンスは腰を抜かして顔面蒼白になる。
「そんな……吸血鬼が、人間を娶るなどあるはずが……!」
「我が妻を傷付けた報いを受けるがいい」
シルドが軽く指を動かす。
次の瞬間、民衆が次々と破裂し始めた。
彼らは逃げ惑いながら弾け飛んで物言わぬ肉塊となる。
石畳を濡らす肉片と骨が蠢き、磔台を覆い尽くしていった。
怯えるハンスが捕らわれ、四肢の自由を奪われた状態で最上部に固定された。
血液が燃料となり、磔台が黒炎に包まれていく。
噴き上がる高熱と死の気配に煽られ、ハンスは号泣しながら喚いた。
「や、やめろ! やめてくれっ! おい、マリア! お前から説得しろ!」
「お似合いですわ、ハンス様。ここであなたの最期を見届けて差し上げます」
マリアが目配せすると、シルドは頷いて指を振る。
黒炎が一気に膨張してハンスを炙り始めた。
足先から焼け焦げるハンスは断末魔の叫びを上げるも、彼を救う者はいなかった。
「ありがとう、シルド。あなたのおかげで幸せよ」
「それはこちらの台詞だ」
唇を重ねた二人は、火炙りに苦しむハンスの前で踊り始めた。
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