いつもの日常
引き取られてから一年。
琴葉は悠真の家にも、学校にもすっかり慣れたように見えた。
けれど胸の奥底では、あの頃の空虚さを抱えたまま。
「熱を出せば、また誰かが優しくしてくれる」
そんな幼い記憶に、彼女は時折、どうしても縋りたくなってしまう。
今夜もその一つ。
「……よし」
琴葉は、冷蔵庫の前でしゃがみ込み、勢いよくドアを開けた。
中から漂う冷気を胸いっぱいに吸い込み、まるで氷の洞窟に住む修行僧のように身を震わせる。
「これなら……きっと明日には高熱……」
そこまでつぶやいた瞬間。
「おい、なにしてんだ」
背後から声が飛んできて、琴葉は肩を跳ねさせた。
振り返ると、悠真が腕を組んで立っている。
「……冷気浴び療法?」
「そんな療法ねぇよ!」
悠真はずかずかと歩み寄り、冷蔵庫の扉をバタンと閉めた。
琴葉は「わっ」と小さく声を上げ、バランスを崩して尻もちをつく。
「いったぁ……」
「いったぁ、じゃねえ。何回目だよ、こういうの」
「……えっと……初めて?」
「嘘つけ」
悠真はため息をつきながら、琴葉の頭を軽くぽんと叩いた。
その手は、叱るよりも先に優しさが滲んでいる。
「風邪ひかなくても、俺はちゃんと見てるって言ったろ」
「……でも」
「でもじゃねえ。ったく」
そう言って、悠真は琴葉の頭をくしゃりと撫でる。
琴葉は思わず目を閉じた。額に触れる手のひらが、あの時と同じ――鮮やかに残る母の掌の温もりと重なる。
「……ほら、立て」
悠真に腕を引かれ、琴葉は立ち上がる。半ば抱えるようにして連れて行かれた先は、琴葉の部屋だった。
布団をめくり、悠真は彼女を寝かせる。
「冷えるとほんとに風邪ひくから。大人しく寝とけ」
「……はい」
そう答えながら、琴葉は小さく笑ってしまった。
叱られたのに、安心している。
まるで幼い子どもみたいに。
布団をかけられ、頭を撫でられるたびに、胸の奥の寂しさがじんわり溶けていく。
――また、明日もやっちゃおうかな。
そんな小悪魔的な考えが浮かんで、琴葉はくすっと笑い、まぶたを閉じた。




