いっし
ある河川敷の集落では、洪水で溺死した村人を”溢死者”として祀る風習があった。「溢死の風習」は、死んだ者が川底へ流れないように“顔”を残す儀式。鏡のような小石に“死んだ者の顔”を描き、川岸に埋める。
青年・凛太は、自ら祖母の死を悼むため、その儀式を希望し、「溢死の石」を用意してもらう。しかし祖母の顔は描けず、自ら小石に目鼻を書き込んだ。指先に似せて描かれた顔は、深い悲しみに縫い込まれている。
その夜、川岸へ小石を埋めると、川の水がぴたりと止んだ。儀式の子細さに心地よさを覚えた。家に戻ると、浴室の鏡に曇りが現れ、そこに祖母の顔がぼんやりと浮かんだ。
「ありがとう……」
声は雫音のようだった。凛太は笑顔で応えるが、奥歯がぞわりと痺れた。
翌朝、川が増水し、儀式の石が流れ出していた。村人たちはこの石を「もう一度拾って埋め直す」と言ったが、凛太は敢えてそれをしなかった。
その晩、夢に祖母が現れ、川底で笑う顔は溶けるように崩れた。手が凛太に伸び、「帰して」と囁いた。
翌朝、凛太は川岸で笑いながら溺れていた。鏡のような小石は手に握られ、顔には“嬉しそう”な笑みが浮かんでいた。