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「今日も売れなかったな……何でだろうな?こんな中古屋で売られる事の方が珍しいぐらいの高性能AIを積んでる子守りアンドロイドなのに」
その店の店主であろう中年のオヤジさんは、そう静かに一人言のように呟く。
そこには、今の時代で最高水準のAIを搭載し、子守りから子供の教育はては最新技術の4.5次元内ポケットまでも標準装備している高性能なアンドロイドが立っていた。
「お前さんがウチに来てもう3ヶ月か……仕方ないなホレ!これに貼り変えとけ」
【最新型アンドロイド新古品特別セール今だけ半額】
そう言われて受け取った紙には、赤い文字でデカデカとそう書かれていた。
受け取ったアンドロイドは、その渡された紙に目を落としピクリとも動かずにいたが、しばらく経つと何かを諦めたかのように胸に貼ってある。
【最新型アンドロイド新古品30%オフ早い者勝ち!】
そう書かれている紙をペリペリと剥がすと渡されたばかりの紙と貼り変える。
「心配すんな!お前さんみたいな最新の高性能アンドロイドが売れない訳ねーだろ!たまたまだ!たまたま、客の目にお前さんが写らなかっただけの事った、なーに直ぐに新しい家族の元で幸せに暮らせるさ、暮らせるに決まってら!俺が保証してやんよ!」
店主のオヤジから掛けられ言葉を聞き、少し寂しそうな表情を浮かべたままだったアンドロイドは小さくうなずいた。
「まだ前の所有者家族の事が忘れられないか?仕方ねーさ、お前さんがどれだけ家族に愛を注ごうと献身的に尽くそうとお前さんは、人間様にとっては替えの効く商品なんだから、気に入ったタイプが売り出されたら簡単に換えられちまうのさ」
「……(くそったれめ)……」
自分が生きていく為に、代々続く中古屋を継いだオヤジさんは、自分の手で何台、何十台、いや……何百に達する程の数の色んなタイプや色んな用途のアンドロイドやロボットを商品として扱っていると言う自虐の意味が込められている事までは、さすがに最新型アンドロイドでも聞き取れはしなかった。
その後も不思議なもので誰の目にも留まる事なく年月だけが過ぎていく。
今ではすっかり型落ち品の仲間入りを果たしたあの時のアンドロイドは、店のオヤジさんの手伝いをしながら日々を淡々と過ごしていた。
いつからかその胸には……
【中古品!特別ワゴンセール5,000クレジット】
そう書かれた紙が、それまでのどの紙よりも長く胸に貼られていた。
店の一番の古株にまでなってしまっていたアンドロイドは、店の手伝いをしながら今では閉店後に欠かさず店主のオヤジさんの晩酌の話し相手をオイル片手にするのが自然になってしまっていた。
『私は新しい家族の元に行けるのだろうか?このままこの店の手伝いをして暮らしていくのだろうか?いっそ……廃棄処分を自分からオヤジさんに頼み込み、新しく生産される兄弟姉妹達のパーツとなる方が社会に貢献出来るのでは……』
今日もハタキを片手に店の商品棚をパタパタとしながら、虚ろげにそんな事を考えていた。
「うーんお嬢ちゃん残念だがウチに置いてある所謂未来のお道具を搭載してるアンドロイドで一番安いのでも5,000クレジットなんだわ、残念だがちょっとクレジットが足らないな」
店主のオヤジさんと何か訳アリそうな若い女の子はその後も会話を続ける。
そしていきなりオヤジさんが女の子に告げた。
「ウチも商売なんだそれは分かってくれるよな?でもな一生懸命にアンドロイドを買いたいって訴えるお嬢ちゃんの気持ちにオジサン胸打たれちまってよ、嫌だねージジイになると情に弱くなる一方だ」
「おい!青たぬき!こっち来い!」
呼ばれた件のアンドロイドが店主の元へと行くと、オヤジさんはやって来たアンドロイドの胸に貼られている紙の値段の部分に赤いペンで、シュ!シュ!と斜線を二本入れると、黒のマジックで新たに3,000クレジットと書いた。
「この金額ならお嬢ちゃんの夢とやらにも間に合うんだろ?」
一連のオヤジさんの行動を見ていただけの女の子は、満面の笑みを浮かべて大きく何度も何度も店主のオヤジさんに向けて頷いていた。
その後もいくつか二人で話をしていたようだが、直ぐに店の掃除へと戻されてしまったアンドロイドには内容は分からなかった。
そしてその日の晩。店の閉店後に何時ものようにオヤジさんと差し向かいで晩酌をしていると、オヤジさんは何かを思い出したようにテーブルのすみに無造作に置かれた紙とペンを手に取り、何やら書き始めそして直ぐにそれも終わり顔を上げたオヤジさんは。
「おい青たぬき、その胸の紙にコレ貼っとけや!」
そう言って渡した紙には大きな文字で【商談済み】と書かれていた。
「良かったなお前さんにも新しい家族が近い内に出来るぞ、こんな寂れた店の掃除番だけで終わっていいなんて道理がある訳ねーんだ!新しい家族になるあのお嬢ちゃんにたっぷりと愛を注ぎ、尽くしてやるんだぞ」
それだけを言い残して奥の住居に入っていく店主のオヤジ。その背中越しには自分の手をミラーモードにしてそこに写し出された商談済みの文字を見つめながら満面の笑みを浮かべた。かなり昔では夢のまた夢とまで呼ばれた元高性能な子守り教育青たぬき型アンドロイドが椅子に座るだけだった。
彼はあのお嬢さんに出会う為に、その為だけに神様が誰の目にも写らぬように運命を操作されていたのかも知れない。
本当にたまたまだったのかも知れない。
真相は誰にも分からなかったが1つだけ確かな事は、彼とあのお嬢さんとの間には楽しい笑顔で溢れた日常が待っている事だけであった。
これは後にロムと呼ばれる彼が、遠くない未来笑顔が素敵な女の子と出会う前までのお話だ。
え?しみったれた話は聞きたくない?
成長日記の続きを聞かせろって?
残念だったな!何をお前らに聞かせてやるかは、俺の胸先三寸なんだよ。
待ってろ!ちゃんと成長日記の続きも話して聞かせてやるから。
「まぁいつになるか!までは約束出来ないけどな」