第4話 ヤバい王子が急接近!
授業が終わり、学院の庭で一息ついていると、ふと風が心地よく感じた。今日も魔法訓練で大失敗。火の玉を出そうとしたら、またしても巨大な火柱を巻き起こしてしまい、みんなの注目を集めることに。いくら注意しても魔法が暴走する私にとって、これ以上恥ずかしいことはない。
「ふぅ……魔法が強すぎるのも困りものね」
誰に言うでもなく、私はぽつりとつぶやいた。正直、今は静かに一人で落ち着きたい。けど、そんな時間も束の間だった。
「リリアナ、ここにいたのか」
声が響き、振り返るとそこには、王国の第一王子であり、私の婚約者――カイル・デュランが立っていた。銀色の髪に氷のような青い瞳、まさに理想の王子様。彼は、学院の中でも一目置かれる存在だ。今は断罪イベント直後だから婚約者というのも形だけになっているはず。そんな彼が、わざわざ私の元へ来るなんて……。
「カ、カイル様……? どうしてこちらに?」
私は驚きながら彼に尋ねた。カイル様は普段、ヒロインのクラリスと一緒にいることが多く、リリアナと話す機会なんてほとんどなかったから。
「君がまた火柱を起こしたと聞いてな。ちょうど散歩がてら確認しに来た」
「うっ……」
やっぱりあの火柱、カイル様の耳にも入ってたのね。さすがにあれだけの規模だと隠し通すのは無理か。私は少し肩を落としながら、恥ずかしさを隠すように笑った。
「いやぁ、あれはその、ちょっとした手違いでして……」
軽くごまかすつもりで答えたが、カイル様は一切笑うことなく、真剣な顔で私を見つめていた。
「君は……自分の力を侮りすぎている」
その言葉に、私は思わず背筋が伸びた。
「侮っている……ですか?」
「そうだ。君は自分の魔力を過小評価し過ぎだ。聞いた話だと、君はどうにか魔力を小さくまとめようとしているようだが、それが逆に力の暴走を招いている。君の魔法は普通の魔法使いのものとは違う。もっと自分の力を理解するべきだ」
カイル様の言葉は厳しいけれど、確かに核心を突いていた。私の魔法は、普通の魔法使いとは何かが違う。訓練で小さな火を出すつもりでも、結果はあんな大規模な火柱になってしまうのだから。私は魔法を「抑えよう」とすることばかり考えていたけれど、それが逆効果になっていたのかもしれない。
「でも……どうすればいいのか分からなくて……」
私は小さくつぶやいた。カイル様は少し間を置いてから、静かに歩み寄ってきた。そして、私の目をじっと見つめながら言った。
「まずは、恐れずに自分の力を受け入れることだ。それができれば、君はもっと自由に魔法を使いこなせるようになるはずだ」
その言葉には、確かな自信が感じられた。カイル様はいつも冷静で、周囲に対してはどこか距離を置いている印象だったけど、今は違う。彼の瞳には、私に対する真剣な想いが込められているように見えた。
「もうひとつ、君の魔法は危険なほどに強いが、それは同時に、この王国を守る大きな力にもなり得る。だからこそ、君はその力を無駄にするべきではない」
「私の力が……王国を守る?」
そんなこと、考えたこともなかった。私はただ、魔法の暴走を止めたいだけで、誰かを守るなんて大それたことを考えてはいなかった。でも、カイル様はそう言ってくれる。
「君にはそれだけの力がある。だから、恐れずに前に進め」
カイル様は私の目をじっと見つめたまま言葉を続ける。その眼差しが強く、心に響いた。カイル様の言葉が胸に広がっていくのを感じながら、私は小さく頷いた。
「分かりました。もっと自分の力を信じて、恐れずに使ってみます」
「それでいい」
カイル様が少し微笑んだ。滅多に見せないその笑顔は、私の心を温かく包んでくれるような気がした。カイル様って、こんな風に笑うんだ……。
「それに、俺がそばにいる」
「え……?」
「君の力が暴走しようが何しようが、俺が止めてみせる。だから、安心して魔法を使え」
不意に聞かされたその言葉に、私は心臓がドキッと跳ねた。え、カイル様が私を守る? 形だけの婚約者である私を?
「でも……それって、カイル様に迷惑がかかるんじゃ……?」
「君が迷惑をかけても、それを引き受けるのが俺の役割だ」
カイル様の瞳は真剣で、冗談や軽口なんて一切ない。彼は本気で私を守るつもりだと言っている。そんな彼の言葉を聞いて、また胸が高鳴ってしまう。どうしよう、なんか今すごく――
「カイル様、もしかして私に気を遣ってくれてる?」
「………………」
沈黙。いや、これって、もしかしてカイル様、少し照れてる……?
「あ、ありがとうございます……」
私は顔が熱くなるのを感じながら、小さく頭を下げた。ゲーム画面を介さず、面と向かってカイル様と話すのは初めて(昨日のアレはノーカン)だけど、彼の優しさが感じられて、ますます意識してしまう。
「……まあ、そういうことだ」
カイル様は気まずそうに顔を逸らした。あれ、これはやっぱり照れてるよね?
カイル様はヒロインのクラリスと結ばれる運命なんだって、ずっと思ってたけど、もしかして私のこと、ちょっと気にしてくれてるのかも……。いやいや、これはきっと勘違いだよね。でも、さっきの言葉はどう考えても――。
「リリアナ、カイル様と何話してんだ?」
突然、またもや背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはシモン・ベルモンドが現れた。彼は私とカイル様の間に割って入るように立ち、少し不機嫌そうな顔をしている。シモンって、何かとタイミングよく現れるよね。
「シモン、そんなに怒らないでよ。ただ、魔法のことで相談してただけだから」
「ふーん、カイル様が君を守るって話、随分と親密な感じだったけどな?」
シモンは私を見つめながら、からかうような口調で言った。
「えっ、聞こえてたの!?」
私は顔を真っ赤にして驚いた。シモンは、少し得意げにニヤッと笑う。
「まぁ、さっきみたいに距離が近い二人を見てりゃ、なんとなくな」
もう、ほんとにこの人、どこでそんな話を聞いてるのよ! 私は内心で叫びつつ、冷静を装った笑顔を返す。
「シモン、いい加減なこと言わないで。カイル様は、ただ私に助言をくださっただけなんだから」
「へぇー、そうかい」
シモンは腕を組んで頷くが、その目は明らかに納得していない。どうもカイル様とのやりとりに、何かしら嫉妬を感じているみたいだ。シモンって、普段は軽口ばかりなのに、こういう時だけ真剣に突っかかってくるの、ずるいよね。
「お前には関係ない」
カイル様が冷たく言い放った。シモンとカイル様、二人の視線がぶつかり合い、微妙な空気が漂う。
え、ちょっと待って、もしかしてこの二人……私のことを巡って争ってる!? そんなこと、ゲームの中じゃありえないはずだけど!
「そ、そんなに睨み合わないで!」
私は慌てて間に割って入る。どちらも私にとって大切な存在だし、こんなことで仲違いなんてしてほしくない!
すると――
「……はぁ、やれやれ。まあ、リリアナがそう言うなら引き下がるけどよ」
シモンは肩をすくめ、すぐに笑顔を取り戻した。
「俺はリリアナの護衛だしな。お前に任せきりにはしないぜ、カイル様」
彼はふざけた調子で言ったが、その言葉の裏には確かな決意が感じられる。シモンもまた、私のことを本気で守ろうとしているんだろう。
「好きにしろ」
カイル様はそう言って、再び私に目を向けた。
「リリアナ、俺は先に戻る。君も無理をしないようにな」
「はい……カイル様、ありがとうございました」
私は深く頭を下げた。カイル様はそのまま静かに去っていき、少し重たい空気が残った。
「ふぅ……」
私はため息をつき、シモンの方を見る。
「……大丈夫か、リリアナ?」
シモンが少し心配そうに尋ねてきた。さっきのやりとりが心配だったのか、彼の顔には少し険しさが残っている。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、シモン」
私はそう言って、彼に笑顔を返した。シモンは安心したのか、軽く頷き、再びいつもの明るさを取り戻した。
「よし、それなら次は俺と昼飯だな!」
「ははっ、そうだね」
私は笑いながらシモンと一緒に学院の食堂へと向かった。彼との何気ないやりとりに少しほっとする。でも、心の中にはまだカイル様の言葉が残っていて――。
「……なんか、複雑だな」
そうつぶやく私の胸には、カイル様に対する新たな感情が芽生え始めていたのだった。
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