第37話 普通の時間が恋しくなる
王宮での調査、ライアンの動向、北部の異変……。
最近の出来事は、どれも緊張感のあるものばかりだった。
(たまには、学院での平穏な日常を満喫したい……)
そう思いながら、久しぶりに学院の門をくぐる。
「おおっ! リリアナ、お前ついに戻ってきたのか!」
開口一番、シモンの大きな声が響いた。
「そんなに大げさに言わなくても……」
「いやいや、最近お前、ずっと王宮にいただろ?」
確かに、ここしばらくは王宮での調査や訓練ばかりで、まともに学院で過ごせていなかった。
「まあ、それは……仕方なかったのよ」
「ふふっ、リリアナが学院に戻ってきてくれて、私も嬉しいわ」
クラリスが微笑みながら、私の隣に並ぶ。
「カイル様も、リリアナが最近学院に来てないのを気にしてましたよ?」
「えっ……?」
私は思わず顔を赤らめた。
(カイル様が……私のことを気にしてた?)
すると、まるで待っていたかのように、聞き覚えのある落ち着いた声がした。
「リリアナ」
「っ!」
振り向くと、そこにはカイル様が立っていた。
「久しぶりだな。学院に来るのは数日ぶりか?」
「そ、そうですね……」
私はぎこちなく笑う。
するとカイル様は微かに目を細め、静かに言った。
「僕ももっと王宮に顔を出したかったんだが、時間が取れなくてな……。リリアナ、無理はしていないか?」
「は、はい……!」
その優しい問いかけに、胸が少し締めつけられる。
(心配してくれている……)
「大丈夫です。私は元気ですよ」
できるだけ明るく答えたつもりだったが、カイル様はじっと私を見つめたまま、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「君がそう言うなら、信じよう。でも、何かあったら……必ず言うんだ」
「……はい」
そのやりとりを見ていたシモンが、ニヤニヤしながら口を挟んできた。
「おーおー、相変わらず仲がいいことで」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「いやいや、どう見てもそんなんだろ!」
シモンのツッコミに、私は思わず抗議する。
「もう、うるさいわね!」
「ふふっ、相変わらずシモンはからかうのが好きね」
クラリスがクスクスと笑った。
こうして、久々に学院で仲間たちと過ごす時間が戻ってきた。
――――――――――
「さて、今日は風魔法の応用について実践する」
エリオット先生の授業が始まると、教室内にピンとした緊張感が走った。
「君たちは既に基礎は身につけている。だから今回は、より高度な応用技術を教える」
エリオット先生が手をかざすと、目の前の机に置かれた羽根がふわりと舞い上がった。
「魔法を使って風の流れを操り、物体を正確にコントロールする。 これは日常のさまざまな場面で応用できる技術だ」
「おぉ、これは便利そうだな!」
シモンが興味津々に羽根を見つめる。
「それでは、皆もやってみなさい」
私は早速、風魔法を発動しようとした。
(……まあ、これは簡単よね)
私は魔力を集中し、手を軽く動かす。
すると――
ゴォォォォォ!!
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
強すぎる風が教室中を吹き荒れ、机や椅子がガタガタと揺れる。
「リリアナ! 魔法力の加減を――」
エリオット先生の声が聞こえたが、もう遅かった。
バサァァァァ!!!
「「きゃあああ!!」」
教室の窓が一斉に開き、資料が宙を舞う。
しまった――!
「……やってしまった」
私は気まずくなりながら、周囲を見渡す。
「……リリアナ、君はもう少し加減というものを覚えようか」
カイル様がため息をつきながら微笑む。
「は、はい……」
「まったく……相変わらずの魔法力ね」
クラリスがクスクスと笑いながら、風で飛ばされた資料を拾っている。
「おいおい、大丈夫かよ?」
シモンが近づいてきて、私の肩を軽く叩いた。
「大丈夫……ちょっと張り切りすぎただけ」
私は申し訳なさそうに笑う。
(久々の学院生活で、ちょっと調子に乗っちゃった……)
「だが、これだけの風魔法を一瞬で発動できるのは、やはり驚異的だな」
エリオット先生が興味深そうに言う。
「しかし、次からはもう少し“控えめ”にな」
「……はい」
こうして、魔法の授業は私の小さな(?)失敗はあったものの、平和に終わった。
――――――――――
授業が終わった後、私は学院の庭でカイル様と並んで歩いていた。
「君が学院にいると、やはり賑やかになるな」
「……からかわないでください」
私は少し頬を膨らませる。
「そんなつもりはないさ。むしろ、君がここにいてくれるのは……」
カイル様はふと歩みを止め、静かに私を見つめた。
「……とても、心が安らぐ」
「――!」
私は一瞬、言葉を失う。
カイル様の目は、いつもよりも優しく、穏やかだった。
「カイル様……」
私は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、そっと彼を見上げた。
しかし、次の瞬間――
「おーい! 何してんだー?」
シモンの大声が響き、私はハッと我に返った。
「っ! な、何でもないわよ!」
慌てて後ずさると、カイル様は小さく笑った。
「……邪魔が入ったな」
私は顔を赤くしながら、再び歩き始めた。
(こんな普通の学院生活……やっぱり、いいな)
そうだよ、私は平穏な生活を送りたいだけなんだ!
そのためにも……厄介事はとっとと解決してみせる!
読んでいただきありがとうございます!
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