第36話 軍事顧問ライアンの仕事
ライアン・ランツァを監視――今日も軍事顧問としての仕事を間近で見せてもらう。
彼が何を考えているのか、どこまでが本心なのかを探る。
(軍の訓練だけでなく、彼が普段どんな仕事をしているのか知る必要があるよね)
そんなことを考えていると、待ち合わせ場所に指定された王宮の一角――軍務局にたどり着いた。
「遅かったな、リリアナ嬢」
壁際にもたれかかりながら、ライアンが私を見下ろすように微笑む。
「時間通りに来たはずですけど?」
私は腕を組み、じっと彼を睨んだ。
「ふむ、軍人としては予定時刻より早くに到着するのが常識なのだが?」
「私は軍人ではありません」
「……なるほど」
ライアンはクスリと笑いながら、先を歩き出す。
「では、さっそく案内しよう。私の“本当の仕事”をな」
王宮の軍務局――戦略会議の場
巨大な円卓の上には王国の地図が広げられ、その周囲には王宮直属の高官たちが並んでいる。
「ランツァ卿、こちらに」
ライアンは無言で席につき、私はその横に立った。
(戦略会議……?)
「本日は、北部の治安についての報告と対策について話し合う」
壮年の軍務官が厳しい表情で開口する。
「最近、北部の交易路付近で盗賊団の活動が活発化している。 それに加えて、周辺の村では異常な数の魔物が出現し始めているという報告が相次いでいる」
「魔物の発生は、ルーンフォレストの件とも関連している可能性があるか?」
別の軍務官が問いかけると、ライアンがゆっくりと口を開いた。
「現時点では、直接の関連性は不明だ。だが、これまでの記録と照らし合わせると、王都周辺で活動していた盗賊団が北部での魔物の発生に便乗していることは確かだな」
「盗賊団の連中が北部に集まってくれているなら、逆に一網打尽にするチャンスですな」
「ああ、そちらは王宮騎士隊の一部隊を派遣し、早急に対処しよう。ただ、問題は魔物のほうだ」
ライアンは淡々と答えながら、指で地図の一点を指し示す。
「ここを見ろ。最近目撃された魔物の発生地点だ」
地図上には、魔物の出現した場所が印された小さなマーカーがいくつも配置されていた。
(これは……)
「一定の規則性があるわね」
私は思わず口に出してしまった。
「ほう?」
ライアンが私を見た。
「何か気づいたか?」
私はマーカーを見つめながら、頭の中で点と点をつなげる。
「魔物の発生地点を線で結ぶと……王都に向かって集まるような形になっています」
「……!」
軍務官たちがどよめく。
「なるほど、つまり何者かが魔物を誘導している可能性が高いと?」
ライアンが興味深そうに尋ねる。
「はい。たまたま同じ方向に動いているとは考えにくいです」
「……面白い」
ライアンは小さく笑いながら、円卓を見渡した。
「我々はこれまで魔物の発生を“局所的な問題”として捉えていた。 だが、もし王都を狙って魔物が集められているとしたら……?」
「これは一大事だ!」
「すぐに調査隊を送るべきだろう」
会議の空気が一変する。
「……ふむ」
ライアンは少し考え込むと、軍務官たちを見渡し、静かに命じた。
「では、北部の巡回部隊を増員し、状況の監視を強化する。王都の防衛部隊にも警戒を促せ」
「はっ!」
軍務官たちは即座に動き出した。
(ライアンって、こういう仕事もしていたのね……)
私は彼の横顔を盗み見る。
冷静で、決断が速く、迷いがない。
こうして見ると、彼が“王国を危機から守るために動いている”ようにすら見えてしまう。
でも――それなら、なぜルーンストーンを狙ったの?
ゲームではヴァレンティスに操られたライアンは魔物の軍勢を引き連れて王都を攻めてきた。ルーンストーンを狙ったのも王都の結界を弱めるためだった。
(彼の本当の目的は……?)
私の疑問は深まるばかりだった。
――――――――――
会議が終わった後、私はライアンと二人きりで話をすることにした。
「リリアナ嬢、君の観察力には驚かされたよ」
ライアンは微笑みながら、私の横に並んで歩く。
「……私としては、まだ納得できないことばかりです」
私は立ち止まり、ライアンを真っ直ぐに見つめた。
「貴方は王都を守るために動いているのですか? それとも……?」
ライアンの表情が、ほんのわずかに曇る。
「君は本当に聡いな」
彼は一瞬考えるように目を伏せたが、すぐにいつもの余裕の笑みを浮かべた。
「だが、君が知るにはまだ早い」
「それは……答えをはぐらかしているだけでは?」
「そうかもしれない」
ライアンは肩をすくめる。
「しかし、今日の会議を見た君なら、少しは私の立場も理解できたのではないか?」
「………………」
確かに、軍事顧問としての彼は、王国のために尽力しているように見えた。
少なくとも、公に見せている顔は「王国を守る者」としてのものだった。
(でも、彼は“王宮で見せる顔”と“私に見せる顔”を使い分けている気がする)
ライアン・ランツァは、敵か味方か――
その答えは、まだ霧の中にあった。
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