第33話 ライアンの影を追え
ライアンが資料室を去ったあとも、私はその場に立ち尽くしていた。
「……これ以上、深入りしないほうがいい」
彼の低く響く声が、まだ耳の奥に残っている。
(まるで、私たちが何を調べていたのか最初から知っていたみたい……)
じわりと嫌な汗がにじむ。
彼の赤い瞳には、私たちの動きを完全に把握しているような余裕があった。
「リリアナ、大丈夫か?」
カイル様が心配そうに私を見つめる。
「……はい。でも、ライアンはやっぱり何か隠してます」
「そうだな」
シモンが腕を組んで考え込む。
「奴がルーンストーンの封印に関与している可能性はたしかに高い。だが、今のところ証拠がないな」
「証拠がない以上、王宮内で彼を告発することも難しいでしょう」
エリオット先生が淡々と言う。
「……ってことは、まずは証拠を集めるしかない、ってことね」
クラリスが鋭い目を光らせる。
「ライアンが何を狙っているのか、どこで動いているのか……調べる必要があるわ」
――――――――――
次の日、私は学院の授業を終えた後、王宮へ向かった。
(ライアンはこの時間、軍の訓練場か執務室にいるはず……)
こっそりと廊下を歩きながら、耳を澄ます。
――カツ、カツ。
硬い革靴の足音が、石造りの廊下に響いている。
(いた……!)
黒い軍服をまとった長身の男が、ゆったりと歩いていた。
「ライアンだ……」
彼はまるで何も問題がないかのような顔で、廊下を歩いていた。
でも、私は知っている。
(彼は何かを隠している)
だから、私は彼の動きを見逃さないよう、一定の距離を保ちながら後をつけた。
ライアンは王宮の奥へと進み、重厚な扉の前で足を止める。
――そこは、王宮の中でも特に厳重な部屋のひとつだった。
(ここって……)
王国の軍事関連の記録や、極秘情報が保管されている部屋。
「………………」
ライアンは扉の前で立ち止まり、周囲を一瞥した。
私は慌てて柱の陰に隠れる。
彼は慎重に周囲を見回したあと、静かに扉を開け、中に入っていった。
(軍事記録室……彼は何を調べているの?)
私はそっと息を飲み込んだ。
ライアンが部屋に入ってしばらくしてから、私は柱の陰からそっと顔を出した。
(中に入って何をしてるんだろう……?)
私は静かに足を踏み出し、扉の方へ近づいた。
だが――
「……随分と熱心に俺を見張っているな?」
「……!?」
次の瞬間、背後から低い声が響いた。
(嘘……!? いつの間に!?)
私は慌てて振り向いた。
そこには、ライアンが立っていた。
彼はゆったりと微笑んでいた。
「俺の動きが気になるのか?」
「そ、そんなこと……!」
私は慌てて言葉を濁す。
彼は私に一歩近づいた。
「君は、俺の“秘密”を知りたいのか?」
「っ……!」
私は後ずさる。
しかし、彼はゆっくりと手を伸ばし――私の髪を指先で梳いた。
「……深入りすると、君まで危険に巻き込まれるぞ?」
その声は、まるで甘く囁くように低く響いた。
「それでも知りたいのか?」
(……この人、何が目的なの……?)
私は震える唇を噛みしめ、じっと彼を見返した。
「……私は、王国を守るために動いています」
「ほう?」
ライアンは興味深そうに眉を上げた。
「……それが、俺を探る理由か?」
「ええ。貴方の言動は不自然です。だから、私は真実を知るまで諦めません」
ライアンは私の答えにしばらく沈黙した。
そして――
「……ならば、君の覚悟を見せてもらおうか」
彼は微笑みながらそう言った。
(覚悟……?)
彼の言葉には、まるで何かを試すような響きがあった。
「では、一つ提案しよう」
「……提案?」
「もし君が、本当に俺のことを知りたいなら……俺と、しばらく行動を共にしないか?」
「――!!?」
私は息をのんだ。
「王宮の軍事顧問としての仕事を間近で見れば、君も納得するかもしれない」
「それは……つまり、監視させてくれるってことですか?」
ライアンはふっと微笑む。
「そういうことだ」
(そんなはずがない……! これはきっと罠だ)
でも、彼の行動を知るには、確かにチャンスかもしれない。
「……私が貴方の側についていたら、もっと貴方を疑うことになりますよ?」
私が挑むように言うと、ライアンはくすっと笑った。
「それはそれで、面白いじゃないか?」
(なっ、この人、本当に何を考えてるの……!?)
私は彼の赤い瞳をじっと見つめる。
(でも、これで彼の真意を探れるなら……)
「……わかりました。お付き合いします」
ライアンは満足そうに微笑んだ。
こうして、私とライアンの駆け引きが始まった。
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