第32話 静かなる脅威
「ルーンストーンは王都の魔力を安定させるために存在するものだ。その力を別の用途に使うことは、王国として認められない」
国王陛下の静かだが強い意志を感じさせる声が、会議室に響いた。
「この件については、これ以上の議論の余地はない」
重臣たちも深く頷き、ライアンの提案は正式に却下された。
「……そうですか」
ライアンは肩をすくめる。
その表情はどこまでも冷静で――まるで、最初からこの結果を想定していたかのようだった。
(本当に納得してるの……?)
そう思わずにはいられない。
「王都の防衛を最優先するという判断、理解しましたよ」
彼はそう言い残し、ゆったりとした足取りで会議室を後にした。
その背中を見送る間、私の胸の中には言葉にならない違和感が渦巻いていた。
(何かがおかしい。ライアンは明らかに何かを企んでいる……)
そう確信した瞬間だった。
――――――――――
会議が終わり、私は一人、王宮の庭園に出た。
夜風が涼しく、月明かりが静かに地面を照らしている。
「考え込んでいるな」
ふと、優しい声が背後から降ってきた。
振り向くと、カイル様が穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
「カイル様……」
「ライアンのことか?」
私は無言で頷いた。
「……彼は、ルーンストーンの利用について本当に納得しているとは思えません」
「僕もそう思う」
カイル様は静かに続ける。
「奴は何かを隠している。そして、王宮の中にいる今、それを実行する機会を伺っているようにも見える」
「……そうですよね」
私たちはしばし沈黙する。
ライアン・ランツァ――彼は何を考えているのだろう?
彼の提案は却下されたのに、余裕のある態度を崩さなかった。
それはつまり、「次の手をすでに持っている」ということでは……?
「リリアナ」
カイル様がそっと私の手を取った。
「えっ……?」
「君の勘は鋭い。これまでも、君の洞察が私たちを助けてくれた」
彼の真剣な瞳に、私は思わず息を呑む。
「だから、もし何か異変を感じたら、すぐに知らせてくれ」
「……カイル様」
彼の手の温もりが、少しだけ不安を和らげてくれる気がした。
「……はい」
私は小さく頷いた。
カイル様は、安心したように微笑む。
「ありがとう。君がいてくれると、私も心強いよ」
「……っ!」
胸の奥が、妙に熱くなるのを感じた。
――――――――――
翌日――。
私たちは学院の授業が終わった後、王宮にある資料室を訪れていた。
ルーンストーンについて、もっと詳しく調べておきたい。
封印が揺らいだ理由、ライアンの狙い、そして――この王都の結界のこと。
王宮に許可をもらい、貴族しか閲覧できない古い文献を探すことにした。
「これなんてどうかしら?」
クラリスが分厚い本を抱えて近づいてくる。
「えっと……『結界と古代魔法』……」
「ふむ、興味深いな」
エリオット先生も内容を確認しながら本をめくる。
私も手元の書物に目を通しながら、ふと気づいた。
(……?)
「防衛魔法における結界――緊急時の制御法」
この一節が妙に気になった。
「リリアナ、何か見つけたのか?」
シモンが顔を覗き込む。
「いえ……まだ確信はないけど……」
「……ん?」
エリオット先生がふと顔を上げた。
「誰かがこちらを見ているな」
「えっ?」
私たちは思わず振り向いた。
すると――資料室の入り口に、一人の男性が立っていた。
「……ライアン?」
私の声に、彼は微笑んだ。
「何やら熱心に調べているようだな」
彼は軽く腕を組み、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「貴族の娘たちが、こうした古い文献を読むのは珍しい」
「……興味があったので」
私はできるだけ冷静を装った。
「そうか……」
ライアンは私の手元の本に視線を落とし、静かに言った。
「防衛魔法における結界――緊急時の制御法。それを知って、どうするつもりだ?」
「……っ!」
心臓が跳ね上がる。
ライアンは何もかも見透かしたような目で、私を見つめていた。
「……さて、余計なことを知るのは、時に身を滅ぼすものだ」
彼は私の耳元で、低く囁いた。
「忠告しておくよ、リリアナ嬢」
「……っ」
「これ以上、深入りしないほうがいい」
彼の言葉が、冷たい刃のように突き刺さった。
(……やっぱり、ライアンは何かを知っている)
でも、それを明かすつもりはない。
むしろ、「知られると困ることがある」と言いたげだった。
(私たちがルーンストーンについて調べていることを、ライアンに知られてしまった……)
彼の背中を見送った後、私は思わず拳を握りしめた。
(でも――私は諦めない。絶対に、ライアンの企みを暴いてみせる!)
静かに進行する脅威――私は、確信した。
この国の未来を左右する戦いが、すぐそこまで迫っているのだと。
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