第31話 蒼穹のルーンストーン
「……これが、蒼穹のルーンストーンの封印……?」
私は息をのんだ。
ルーンフォレストの最奥部、まるで神殿のような岩壁の中央に、それは埋め込まれていた。封印の魔法が掛けられていて持ち出すことが出来ないようになっている。
ゲームのグラフィックで見るのと実際に見るのでは大きく差があった。空気から違う。
「蒼穹のルーンストーン。本来ならば、清浄な青白い光を放ち、王都を守る結界の魔力の流れを安定させる存在」
カイル様が説明してくれる。
でも――今は違う。
「光が……弱まっている?」
クラリスが不安そうに呟く。
「間違いないな」
シモンが険しい顔で剣の柄を握りしめる。
周囲の空気はひんやりとしていて、魔法陣の刻まれた地面には禍々しい魔力の残滓が漂っている。
「ここにも黒い魔法陣の跡……」
私はそっと指先をかざす。
――ビリッ……!
指先に走る鋭い違和感。
「……この魔力、ヴァレンティスのものとは違うけど、何か……嫌な感じがする」
「やはり、誰かが封印を解いて持ち去ろうとしたのか」
カイル様の声が静かに響く。
その瞳は、厳しい光を宿していた。
「とはいえ、封印が破壊されたわけではないようだ。取り出すのに失敗して放棄したようにみえる」
エリオット先生がルーンストーンを観察しながら続ける。
「今のところ封印は機能している。ただし、今後も同じ干渉を受ければ――」
「封印が解かれる可能性が高い、ってことですね」
クラリスが険しい顔で腕を組む。
「誰がこんなことを……?」
シモンが呟くと、皆が沈黙した。
「王宮に報告しよう」
カイル様が静かに言う。
「この異変は、王都の安全にも関わる。放っておくわけにはいかない」
私たちは頷き、王宮へ向かうことにした。
――――――――――
「ルーンストーンの封印が揺らいでいる、だと?」
国王陛下は報告を受け、重い表情で眉をひそめた。
「原因はまだ特定できませんが、外部から何らかの干渉を受けた痕跡がありました。」
カイル様が冷静に答える。
「これは重大な問題です」
エリオット先生も神妙な顔で続ける。
「蒼穹のルーンストーンは王都の結界を安定させるために不可欠な存在。このまま放置すれば、結界に影響が出る可能性があります」
「うむ、修復も必要だが、封印が完全に破られる前に対処もせねばならぬな……」
王宮の重臣たちが顔を見合わせ、対応策を協議し始める。
(……やっぱり、放っておける問題じゃない)
その時――
「ルーンストーンの異変、か……」
低く響く声。
ゆったりとした足取りで、漆黒の軍服を纏った男が会議室に入ってきた。
――ライアン・ランツァ。
卓越した戦闘技術を買われ、今では王宮の軍事顧問を務めるまでになっている。
彼の存在だけで、空気が張り詰める。
「ランツァ卿、何か意見があるか?」
国王陛下が彼を見やる。
ライアンは微かに笑い、冷静な口調で言った。
「もしルーンストーンの力が揺らいでいるのなら、いっそ、その力をより有効に活用するべきではありませんか?」
「……活用?」
私は思わず聞き返す。
「そうだ」
ライアンは静かに頷く。
「ルーンストーンの力は、本来、王都の結界の安定を維持するために使われている」
「そうですが、それがどうしたんです?」
クラリスが鋭く問い返す。
「だが、その力の使い道はそれだけで終わらせるにはもったいない。ルーンストーンの力を応用すれば、気候を操作することも可能なはずだ」
「えっ……!?」
「つまり、我々はこの力を使って、農業の発展に役立てることができる」
ライアンの言葉に、重臣たちの間にざわめきが走る。
「それは……確かに理論上は可能かもしれないが……」
「しかし、それは危険すぎる!」
カイル様が鋭く遮った。
「ルーンストーンは王都の結界の要だ。その力を別の用途に使うなど、許されるはずがない!」
「……確かに、それは王族としての考え方だな」
ライアンは薄く笑った。
「だが、俺はこうも思う。王都の安定を優先するあまり、地方の庶民を見捨てるのが正しい判断なのか?」
「……っ!」
「俺は、旅の中で多くの国を見てきた。力なき国は、いずれ滅びる。ならば、この国はもっと強くあるべきだ」
彼は穏やかな口調のまま、堂々と語る。
「ルーンストーンを有効活用すれば、国の発展にもつながり、王国をさらに強固なものにできる」
「でも、貴方の言っていることは――」
私は言いかけて、ふと気づいた。
(彼がゲームと同じようにルーンストーンを狙っているとしたら……? ゲームではルーンストーンの破壊によって王都の結界を弱めようとしていたけど……)
「……まさか」
私は彼の深紅の瞳を見つめる。
――彼はしれっとした顔をしているけれど、本当はすべて仕組んでいたのでは?
(ルーンストーンを狙っているのは、ライアンなの……!?)
彼は何も知らないふりをしているが、その言葉の端々に、「自分の目的のために動いている」 という意思を感じた。
この人を――このまま、王宮にいさせていいの……?
そんな疑念が、私の中で膨れ上がっていくのだった。
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