第22話 ラスボスに面白い女認定される悪役令嬢
漆黒の髪をなびかせた長身の男が、私をじっと見つめている。
彼の深紅の瞳はまるで獲物を見定めるかのようで、軽くゾクッとする。
「俺はライアン・ランツァ。旅をしている」
そう名乗る彼を前に、私は思わず息を呑んだ。
――魔将ライアン・ランツァ。
ゲームではラスボスとして登場した、最強の敵。
でも、今目の前にいる彼は、王国を滅ぼすような悪役の気配もなく、ただ旅人のように振る舞っている。
「君の名は?」
「リリアナ・フォン・クラウゼです」
「リリアナ……ふむ、良い名だ」
彼はゆっくりと私の手を取ると、そのまま手の甲に唇を寄せた。
――えっ!?!?!?
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
手を引こうとするけど、彼の指は軽く私の手を包んだまま。
さらりとした手触り、微かに冷たい指先、そして何より、距離が近すぎる!!
「貴族の娘にとって、これは礼儀ではないのか?」
「たしかに、貴族の男性は手の甲に口づけするのはありますけど……! でも、いきなりはダメです!!」
「なるほど。君は不意打ちが苦手なのか?」
ライアンはくすっと笑い、ようやく手を離した。
「……試したくなっただけだ」
試すって何!?
しかも笑いながら言わないで! 心臓に悪い!!!
「おいおいおいおい、何やってんだ?」
突然、豪快な声が響いた。
「……シモン!?」
「おいおいリリアナ、大丈夫か?」
声の主は、シモンだった。
髪をかき上げながら、彼は私の横に立ち、じろりとライアンを睨みつける。
「ったく、いきなり手の甲に口づけとか、どこの貴族気取りだよ? やるならまず名乗るのが礼儀じゃねえの?」
「俺は名乗ったぞ?」
ライアンは肩をすくめる。
「ふーん、それで? 旅人さんよ、何でいきなりリリアナにちょっかい出してんだ?」
「興味を持っただけだ」
「……っ!」
ライアンの様子を探って黙っていたカイル様がギリッと歯を食いしばる。
――やばい、三人の間の空気がピリついてる!!!
「お前がどこの誰だろうと、リリアナに不用意に触れるな」
我慢の限界に達したカイル様が前に出る。
「ほう? 彼女は君の所有物なのか?」
「……っ!」
「いや、所有物とかじゃなくてですね!?」
私は慌ててライアンの前に出て、二人の間に割って入った。
「ここは戦地のど真ん中ですよ!? そんなところで火花散らさないでください!」
「君がそう言うなら、仕方ないな」
ライアンは肩をすくめ、剣の柄から手を離す。
「ったく、ちょっとイケメンだからって調子に乗るなよ?」
シモンはライアンにぐっと近づき、肩をぽんぽんと叩いた。
「旅人さん、あんたが強いのは分かった。でも、リリアナを勝手に品定めすんなよ?」
「俺はただ、彼女の強さに興味を持っただけだ」
ライアンは涼しげに言い放つ。
「そうかよ。なら、試したいならまず俺と戦えよ」
シモンはニヤリと笑い、大剣を片手で持ち上げた。
「ちょっと待った!!」
今度は私が叫ぶ番だった。
「魔物退治はもう終わったんだから剣を抜かないで!!!」
私の言うことを素直に聞いてくれたライアンとシモンは剣を収めた。が、一歩も譲らないという気迫を感じる。
「ふふっ、リリアナ。今日はいい出会いだった。また会おう」
「え、ええ、また会えるといいわね」
笑顔で返すとライアンは薄く笑顔を浮かべて去っていった。
その背中にカイル様は鋭い眼差しを、シモンは「もう来るな」と言いたげな顔をしていた。
ゲームのラスボスである彼を放置しておくのは危険かもしれない。王都に帰ったら調べてみないと……。
――――――――――
「リリアナ、君はなぜあいつの名前を知っていた?」
帰路につく途中、カイル様が唐突に切り出した。
――しまった!!
確かに私、ライアンとは初対面なのに名前を言っちゃった!!
「え、えっと、それは……」
咄嗟に頭をフル回転させる。
(ゲームで見たとは絶対に言えない!!)
「そ、それは……! えーと、ほら! 昔、父がライアン・ランツァっていう剣士がいるって話してたんですよ!」
「君のお父上が?」
「は、はいっ! たしか、“流浪の剣士”とか、そんな感じで!」
私の必死の誤魔化しに、カイル様はじっと私を見つめる。
その視線がじわじわとプレッシャーになってくる……!!
「……そうか。君の家は情報網が広いからな」
――よ、よかった!!
「ふーん、じゃあ今度その話詳しく聞かせてもらうぜ?」
シモンが興味津々に私を見てくる。
「う、うん、今度ね! 今度!!」
不審に思われないように出す情報には気を付けないとなぁ……。
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