第2話 無自覚で最強すぎる悪役令嬢
広間は、まださっきの爆発の余韻を残していた。誰もが立ち尽くし、口を開けて呆然としている。正ヒロインであるアイリスもまた若干、いや、とてつもなく引いている。
私が引き起こしたクレーターの中心で、私はただ立っていた。まさかこんな大惨事になるなんて、思いもしなかった。そんなに力を入れた覚えはないのに……。
それにしても、面白い女性だ、ですって?
私を見下ろして、カイル様は本気で笑っている様子だった。クールで無口な彼がこんな状況で笑うなんて……これはもう、カイル様まで壊れちゃったのかな?
「お前、さっきの魔法……本当に、君が放ったのか?」
カイル様が冷静な口調で問いかける。いや、見たでしょ? 間違いなく私です。でも、本当に私なの? 自分でも正直ちょっと信じられない。まさか自分の魔法がこんなにも強いなんて……。
「え、えぇ、私が……でも、そんなに力を入れたつもりはなかったんです。ちょっと力を証明しようと思って……そしたら、大爆発?」
「大爆発、だな」
カイル様が再びくすくすと笑った。どうしてこの人、こんなに落ち着いてるんだろう? 私は焦ってるのに!
「さすがリリアナ様ですね……」
また別の声が私の背後から聞こえてきた。振り返ると、エリオット・フェンリス、学院随一の天才魔法使いの先生が、冷静な顔で私をじっと見ていた。彼の長い黒髪が、先ほどの爆風で少し乱れているのが見える。
「魔法理論で考えても、そんなに大規模な爆発を引き起こせる魔法使いはそう多くない。あなたの潜在能力には驚かされます」
天才魔法使いが驚くレベル? えっ、そんなに? 私はただ、魔法をちょっと使おうとしただけなのに……。
「え、私、そんなにすごい魔法使いなんですか?」
自分でも驚きを隠せない。だって、前世の私はただの会社員。魔法なんて触ったこともなければ、見たこともない。それなのに、どうしてこんな破壊力を持つ魔法が私から放たれるの?
エリオット先生は腕を組んで私を見つめ、考え込むような表情を浮かべていた。彼の冷静な目には、私の能力に対して強く興味を持っていることがわかる。
「面白い……いや、非常に興味深い。リリアナ様の魔法力は、もしかすると特別なものかもしれませんね」
エリオット先生の言葉は、冷静な彼にしては珍しく感情がこもっているように聞こえた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私はただ平穏に、この世界をなんとか生き抜こうとしているだけなんです! そんな特別な魔法なんて、望んでないんですよ!」
思わず手を振りながら、慌てて反論した。こんな破壊的な魔法を使ってたら一生落ち着いて暮らせないよ! 私は普通に……そう、断罪されずに、平和に暮らしたいんだから!
「ただ平穏に……?」
カイル様がまたしても微笑んだ。あぁ、この人、さっきからずっと笑ってる……なんか腹立たしい。
「そ、そうなんです! 普通に生きたいんです、静かに……目立たず……!」
「それが、今の爆発で完全に不可能になった」
――カイル様の鋭いツッコミが、ズバリ的を射ていた。たしかに、これだけ派手なことをしておいて「目立たず平穏に生きたいです」はさすがに無理がある。
「うっ……」
そうだよね、私、悪役令嬢なのにこんなところで爆発的な魔法を放っちゃったんだもん。これじゃあ、今後学院中で噂になること間違いなし。しかも、「あの悪役令嬢、魔法の破壊力がヤバすぎる」って方向で。
「まぁ、君の力は想像以上だということが分かった。今までうまく隠してきたようだが……リリアナ、今後はその力をどう使うかを考えるべきだ」
カイル様はそう言いながら私を見つめる。その瞳には、ただの好奇心じゃない。何か……何か、別の感情が込められているように思える。いやいや、気のせいだよね? だって、この世界での彼は、ヒロインのクラリスと結ばれる運命なんだから。
「そうですね、リリアナ様。学院での魔法の授業では、ぜひとも私が指導させていただきたい。あなたの力を最大限に引き出す方法を見つけられるかもしれません」
エリオット先生までそんなことを言い出した。どうやら、私は完全に「普通じゃない生徒」扱いになったらしい。しかも、彼が私に興味を持ってくれるのはありがたいけど、正直、勉強は苦手なんだよね……。
「うーん、どうしよう……」
私は頭を抱えながらうなだれた。
その時だった。
「リリアナ、大丈夫か!?」
聞き慣れた声が大広間に響く。振り向くと、金髪の青年が駆け寄ってきた。私ことリリアナの幼馴染で、学院生でありながら護衛騎士も務めるシモン・ベルモンドだ。普段はお調子者で、いつもリリアナをからかってばかりだけど、こういう時は必ず駆けつけてくれる頼りになる存在。
「お前、また事件を起こしたのか? いやぁ、さすがリリアナだな!」
そう言いながら、シモンは私の頭を軽く叩く。おいおい、からかってる場合じゃないよ! 私は必死なんだから!
「ちょっと、シモン! 大変なことになってるのよ!」
「おう、見りゃ分かるよ。けど、リリアナが無事ならそれで良し! とりあえず、これからの対応は任せとけ」
シモンはにこやかに笑いながら、私の肩を軽く抱く。彼の笑顔に少しホッとした。こんな状況でも、やっぱりシモンがいると落ち着くんだよね。小さい頃からリリアナを守ってくれた存在だから。
「そうは言っても、このままじゃどうしようもないよ……」
「いや、どうにかなるさ。だって、お前はリリアナ・フォン・クラウゼ、最高の悪役令嬢だろ?」
シモンの無邪気な軽口に、少しだけ勇気をもらった。でも、「最高の悪役令嬢」なんて称号、全然嬉しくないんだけど……。
こうして、私の「断罪を回避して目立たず平穏に過ごしたい」計画は、大爆発とともに完全に崩れ去った。これからの学院生活、どうなるのか全く予想がつかないけど、少なくとも簡単にはいかないことだけは確かだ。
でも、悪役令嬢として、リリアナとしての私の新しい人生――この魔法があれば、きっとどうにかなるはず。だって、ちょっと強すぎるだけで、それって別に悪いことじゃない……よね?
読んでいただきありがとうございます!
今回の話、面白いと感じたら、下の☆☆☆☆☆の評価、ブックマークや作者のフォローにて応援していただけると励みになります。
今後ともよろしくお願いします。