2.追放
次の瞬間。
“ハルト”は突然目を覚ました。
神殿に立っている。隣を見ると“父親”であるルード・スプリングスティーン伯爵の姿がある。
本当に……異世界に転生したんだな。
俺の脳内には、前世で杉浦悠斗として生きてきた記憶と、異世界で“ハルト・スプリングスティーン”として生きてきた記憶とが同居している。
この世界の常識はもちろん、ハルトとして生きてたきた「思い出」もちゃんとある。
しかし「自分ごと」に感じられたのは杉浦悠斗として生きてきた記憶だけだ。異世界で過ごしたハルトとしての記憶はあくまで「知識」に過ぎないと感じる。
前にプレイしたことのあるRPGゲームの続編をやり始めるときの感覚、とでも言えば伝わろうか。
「とうとうこの日が来たな」
父ルードが言った。
今日はハルトの18歳の誕生日。
即ち、俺は今日≪適性の儀≫を受ける。
この世界の人々は、適性の儀で≪クラス≫を授けられ、≪スキル≫に目覚める。
それにより、成人として認められ、様々な進路に就くのである。
スプリングスティーン家は、代々戦闘系の上級クラス≪聖騎士≫を授かり、国を守る騎士や冒険者として名を馳せてきた。当然、ハルトにもその役割が期待されている。
「ハルトよ、スプリングスティーン家の跡継ぎとして、恥ずかしくないクラスを授かるのだぞ」
ルードは俺の肩に手を置いて言った。
「はい、父上」
俺は素直にそう答える。
「それでは次、ハルト・スプリングスティーン」
神官が俺の名前を呼ぶ。
俺は静かに壇上へと昇った。少し遅れて父親もそれについてくる。
正方形のテーブルに乗せられた大きな水晶を挟んで神官と対峙する。
「それでは、そなたに神の加護を授ける」
神官がそう言って手をかざすと、俺の身体が光で包まれた。
ハルトは身体に魔力の力がみなぎってくるのを感じた。
「そなたの≪クラス≫は――」
神殿は静けさに包まれる。
そして次の瞬間、聞きなれない言葉が告げられた。
「――≪分析者≫だ」
クラス名を聞いた瞬間、ハルトは直観的に「勝った」と思った。
データとロジックを武器に、全てを“ハック”していく。
ゲームにせよ、人生にせよ、それがハルトの持ち味だった。
名前を聞く限り、≪分析者≫というクラスは、まさにハルトの“プレイングスタイル”にマッチしているように思えた。
しかし周囲にとっては違ったらしい。
「分析者……だと? なにかの間違いではないか?」
父親はわかりやすくうろたえながら、神官に尋ねた。
どうやら≪分析者≫というクラスが、望んだものとは違ったらしいということは伝わってくる。
「いえ、間違いはありません。ハルト、ステータスを開いてみなさい」
俺は言われた通りに自分のステータスを確認する。
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ハルト・スプリングスティーン
Lv :1
クラス:分析者
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確かに、そこには≪分析者≫というクラス名が記されていた。
「ハルトよ、一体そのクラスはどんなスキルを持っているのだ?」
父親に促され、ハルトはステータスから自分のスキル一覧を見る。
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スキル一覧
【データ分析系統】
技能分析 Lv1 ←New!
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適性の儀の直後なので、保有しているスキルは一つだけだ。
俺は早速その力を試してみる。
「≪技能分析≫」
スキル名を呟く。対象は自然と隣にいる父親になった。
すると次の瞬間、目の前に画面がポップする。
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ルード・スプリングスティーン
◇スキル一覧
神聖剣Lv4
神聖結界Lv4
魔斬剣 Lv4
シャープラッシュ Lv4
...
...
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その瞬間、俺は「勝ち」を確信した。
“この世界”では通常、他人の持っているスキルは確認できない。
だが、この≪技能分析≫はそれを可能にする。相手の手札が全て明らかになるのだ。これが戦いにおいてどれだけ有利かは語るまでもないだろう。
しかも、Lv1の段階でこの強力さだ。スキルポイントを割り振っていけば、もっといろいろな情報が得られるようになるだろう。
≪データ分析≫というスキル系統には、想像もつかないような圧倒的なポテンシャルがあるはずだ。
俺は思わず笑みをこぼす。
だが、このスキルを評価していたのは、この神殿で俺ひとりだけであったようだ。
「なにも起こらんではないか! 貴様、よくも外れクラスを引きおって!!」
突然、神殿に響く怒声。
声の主は、ほかならぬ父スプリングスティーン侯爵であった。
俺は“実の父”のその短絡的な思考に驚く。
しかし、自分の脳内にある“ハルトとしての記憶”を参照すると、その反応もさもありなんと思い直す。
この世界では、戦闘系のクラスを授かれなかった人間は、≪外れクラス持ち≫とさげすまれる。
ましてスプリングスティーン家は、代々≪聖騎士≫という戦闘系では最高峰のクラスを授かってきた家系だ。その跡取りがどう見ても「戦闘系ではない」クラスを授かれば、そういった反応にもなろうというものだ。
だが、「戦闘系のクラスでない」からといって、戦えないというわけではない。
というのも、この世界では、自身のクラスに固有のスキルだけでなく、他のクラスのスキルも条件さえ満たせば習得できる。
他のクラスの技を覚える場合、効率は悪くなるが、そんなものは“データ”から得られる大きな利益に比べれば些細なことだろう。戦略次第でいくらでもカバーできる。
「データ分析が外れスキル……? それって父上の感想ですよね?」
俺は思わず、父に向かってそう言ってしまった。
彼が記憶を遡る限り、ハルトが父に真っ向から反論したのはこれが初めてであった。
ハルトは、悠斗と違って父に従順な少年だったのだ。
だからだろう、父は一瞬あっけにとられた後、烈火のように怒り出した。
「き、貴様!!! このわしに口答えするのか!!」
「いいえ。ただ、≪分析者≫のクラスを外れクラスと決めつける根拠を聞きたいだけです」
「根拠だと!? お前こそ根拠を示せ!! 敵を分析して、どうやって倒すというのだ!?」
おいおい、お前が言い出したことの根拠を聞いただけだぞ、こっちは。なんで俺が説明しなきゃいけないんだ。
俺は父の愚かさに辟易とした。
もちろん、俺は≪技能分析≫から得られるデータを駆使して、戦闘を有利に進める方法が無限に湧いていた。
けれど同時に、目の前の単細胞に、いくら口で説明したところで無駄だということも理解できた。
「ならば、俺が1年でAランク冒険者になって見せます。それで証明してみせましょう」
ハルトの記憶をさかのぼると、父は折に触れて「たった3年でAランク冒険者になった」ことを武勇伝として語っていた。
ならば、俺はそれを超えてやろうじゃないか。
当たりクラスの≪聖騎士≫である父が3年かかったことを、
外れクラスの≪分析者≫であるハルトが1年でクリアしたら、
父が間違っているのだというなによりの証拠になる。
目の前の単細胞を黙らせるために、俺はそんな目標を立てることにしたのだ。
だが、ルードがそんなことを言われて黙っているハズもなく。
「ええい! バカを言うな! お前のような無能のほら吹きは我がスプリングスティーン家にはいらん! 二度と我が領地に足を踏み入れるな!」
そんなわけで、俺は転生して10分で実家を追放される運びとなったのであった。