刻まれた練習の成果でナイスショット!
傘を逆さまに構えて数回素振りをした。無機質にばつん。と切っていく音が気持ちいい。
慣れない動きに身体のバランスがうまく取れず、足がもつれそうになる。
バッティングと同じ要領で腰を使って打ちにいけばいいのだろうか。砂利を踏む革靴の底から軽快なタップ音が聞こえた。
木製で作られた柄の表面は、アスファルトで削られた練習の成果が刻まれている。本来の用途以外の道具として扱われたせいで、味のある木目のデザインは虚しくも消えてしまっていた。
某スパイ映画に出てくる傘にそっくりで、多少の出費をして──雨のしのぐだけにしてはお高い──手に入れたものだっただけにショックが大きい。
それだけではない。先端を強く握られたせいか、骨組みが変形してしまっていた。開く度に右寄りに歪んでしまうし、何より耳障りに軋む開閉音が鳴るようになってしまっている。
丁寧に大事に使い込んでいたのに、どうしてこんな真似ができるのだろうか。
職場の駐車場から出て、少し歩いた先にある喫煙所に向かう。自販機と鉄製ベンチが置かれた簡易休憩所のようなものだが、煙草を吸うスペースを確保するために広く設置されている。
多少ゴルフの練習に素振りをしたとしても、誰にも迷惑がかからない程度の広さがある。
「なんだ加津間。お前、煙草吸うやつだったか?」
「岸田部長お疲れ様です」
「おぉ。……あ、何? お前もコレやる口?」
煙草をふかしながらにやついてスイングをする上司に傘を握る力が強くなる。
「えぇまぁ」
上司が刻んだ柄を顔へ近づけてゆっくりと振り子のように高く振り上げていく。
アンタは人の傘を使って練習しているわりには上達してないみたいですけどね。
俺が気付いていないとでも思いましたか? バレバレなんですよ。
直属の部下だったら何をしてもいいとでも?
だとしたら片腹痛いな、クソ上司が。
間抜け面でこちらを見上げている上司の左頬に、フルスイングで傘を振りかざした。
「ナイスショット!」