異界の隣人とすれ違う時
※この話は、作者が実際に体験したことを基に脚色しています。
〜プロローグ〜
それは、私の高校生活最後の夏のとある夜に起こりました。
当時受験生だった私は、塾に通っていました。平日は最終下校の20時頃まで学校にいることが多かったので、塾は最終講義の始まる21時から1時間受講していました。
私の家から塾までの道は、なだらかな山の斜面を下らなければなりません。その道は人通りも少なく、車もほとんど通らない、日暮れの早く感じる田舎の山道は少し不気味な場所でした。
私が塾へ行き帰りする時間帯は特に薄暗く、携帯電話の明かりを頼りにして、自然と早足になりながら目的地へと向かうのが習慣になっていました。
コツコツ、カツンッ……。
カツカツ、コツンッ……。
早足になる私の足音だけが響きます。それは、行きも帰りも変わらないはずーーそのはずでした。
〜形のない違和感〜
1.気づかない、気づけない
その日は、いつもより少しだけ塾の終了時間が押してしまい、窓から見た外の景色は、すっかり夜の姿へと変化していました。
『はぁ……。やっと終わった。今日はちょっと遅くなったから、急いで帰らなきゃ!』
大急ぎで帰り支度を済ませた私は、まだ残っている先生たちに挨拶を済ませ、外へと続く扉の取手を回しました。
『先生さようなら』
『はい。さようなら』
『さよなら。またね』
最後に塾長に声をかけると、普段なら時間が押して外が真っ暗でも、この辺りでは特に珍しいことではないので、気をつけて帰るように注意してくれるだけなのですが、この日は少し違っていました。
『今外の戸締まりしてきたけど、今日すごい真っ暗だし、お迎えとか頼んだ方がよくない?中で待っときなよ』
『それに、夜なのにまだまだ暑いから……。今の時期熱中症も心配でしょ?』
それでも私は、よくあることだし家まですぐだから大丈夫だと言って、そのまま帰宅することにしました。
先生に別れを告げた私は、外に出た時、ふと自分の口から出てしまったその言葉の違和感に、気づくべきだったのかもしれません。
『夏でも夜はやっぱり冷えるなぁ』
あと少し、もう少し時間ズラしていたなら……。親に迎えを頼んでいれば……。そうしたら私が、あんな光景を目にすることはなかったのではないか。今でもそう思えてならないのです。
2.見えない何かに守られて
帰宅するべく私は、普段通りの順路で山の入り口に立ちました。
『あれ?さっきまで暗かったのに、山の中が何だか明るいなぁ……』
その時は、珍しく車が向こうから通っているのかな?くらいの気持ちでいました。ですが、いつまで経ってもその車とすれ違いません。
その代わりーービュンッ。シャッ……。
左側の耳元で何かがすごい勢いで通り過ぎていく音が聞こえてきました。それと同時に、右手がなにか温かいものに引っ張られ、踏鞴を踏んでいました。
『え? なになにっ……!』
慌てて顔を上げると、そこにはオレンジ色に輝く空と、いつ姿を現したのかわからない人の姿がありました。
さっきまで青暗い山の中を星の輝きと携帯電話の明かりで歩いていたのに、日暮れ前と錯覚しそうな雰囲気に、どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。
『ここ……同じ場所だけど違う?』
私の小さな呟きは、たくさんの人の声のような葉が揺れる音にかき消されていきました。
暫くの間呆然と立ち尽くしていた私の前に、顔の見えない男性が1人歩いてきました。
コツコツ、カツンッ……。
カツカツ、コツンッ……。
『振り返らずに真っ直ぐ進むんだ。君の手の温もりがなくなるまで進むんだ。それまではーー』
ーー決して右手を離しては行けないよ?
『え……?』
慌てて男性のいた方を向くと、もうそこには誰もいません。
こんなに明るいのに顔の見えなかったことにも、先程から変わらず何かに掴まれている右手の温もり、白い息が出てくるほどの冷たくなっていく空気に震えが止まりませんでした。
走らなきゃ! 動かなきゃ!
すると、今まで温もりを与えてくれていた何かが手を引いて歩みを進めてくれました。
『あなたは誰なの?』
返事は返ってきません。それでも、大丈夫と安心させるように、手を強く握り直してくれました。
暫く歩き続けると、出口だと思われる場所の近くまで辿り着きました。明らかに空の色が茜色から黒に近い空の色へと変化していたので、この光景を忘れることはないでしょう。
〜異次元の住人とすれ違う〜
思わず立ち止まってしまった私を、早く行けと急かすように、右手にあった温もりが背中へと回り、気づいた時には強い力で暗闇の中へ押し出されていました。
『今のは何だったんだろう?』
助けてくれた何かがいたことは確かですが、最後まで姿を見ることはできませんでした。
後ろを振り返ってみても、暗闇が続いており、蒸し暑い空気に急激に喉が渇いてたまらなくなりました。それなのに、あんなに歩いたのにも関わらず、山の入り口に戻ってきていました。
とにかく喉が渇いた私は、今度こそ急いで家に帰ろうと早足で山を登り始めました。
コツコツ、カツンッ……。
カツカツ、コツンッ……。
再び響く足音に固まりそうになる私でしたが、先程とは違い、しっかりと人の気配がしたので振り返りました。すると、会社帰りのサラリーマンさんが私と同じように携帯電話の明かりを頼りにしながら歩いてくるのが見えました。
『よかった……』
そう思っていると、また勢いのある風が前から吹いてきました。すると、透明な自転車に乗った顔の見えない人のような何かが通り過ぎていきました。
その自転車から目が離せなくなった私は、それがどこに消えるのか見届けようとして、少し後悔しました。
その自転車は、私の後ろから歩いていたサラリーマンさんの中へと消えていったのです。
〜エピローグ〜
その後どう帰ってきたのかよく覚えていませんが、家に着いた時息切れを起こしていたので、きっと走ってきたのでしょう。
あのサラリーマンさんがどうなったのか、あの人のような何かたちの正体は今でもわかりません。
もしかしたら、私の迷い込んだ世界と同じ次元の住人の残像……だったのかもしれませんね。
〜作者のひとこと〜
初めての投稿作品となります。
私の作品をお読み頂き有難うございます。
まだまだ読みにくさや誤字脱字等改善していくところもあるかと思いますが、これから頑張って活動していきたいと思っています。温かな目で見守って頂けると幸いです。