プロローグ
世紀の天才と名高い画家、ステファン・デュモン。
流れるような幻想的なタッチは見た人すべてを虜にし、繊細ながらも鮮烈な色遣いは一度見ただけで脳裏に焼き付き、誰もが手に入れたいと願うほどに強い魅力に満ちていた。
ステファンは、長生きだった。九十を過ぎても画家としての精力は劣ることなく、病で臥せている時ですら、キャンバスに向き合い続けていた。
しかし、彼の画家としての絶頂期は短かった。
高い評価を受けているのは青年期までの作品であり、以降はネームバリューで価値がついているに過ぎなかった。
特に、描きかけの「郷里の春」を世に出した直後に描いた「夏の田園」は、ステファンの作品の中では最低の評価を受けている。
「郷里の春」を描いている途中で何があったのか。
なぜ描きかけの状態で発表したのか。
「夏の田園」を描いているときに、何があったのか。
その謎に対しては、ある程度の答えが出されているが、腑に落ちないこともたくさんある。
そして、ステファンの生涯を語る上で外せないのは、彼自身が最高傑作と豪語していた「地上の楽園」の所在だ。
誰も見たことがなく、どの記録にも載っていないその絵は、果たしてこの世に存在するのだろうか?