7話 五行仙術 金行衝波
大人のいない孤児院に滞在して3ヶ月。
仙術を教えてみると、孤児の子たちはなかなか筋が良かった。
「コキュウヲ トトノエテ」
子どもたちは、寒空の下、庭に並んで座禅を組んでいる。俺が呼びかけると、全員の呼吸音がそろっていく。
仙術の基礎は、呼吸によって霊力を体内に封じる『拘魂』と、器となる肉体を鍛える『制魄』によって成り立つ。
子どもたちは素直で、必死で、何か教えるとあっという間に身につけていった。それこそ、乾いたスポンジが水を吸い込むように。
そして、そんな子どもたちの中で最も伸びたのは、アノーテだった。元々、双短剣の訓練をしていて、『制魄』が整っていたせいだろう。
その次がペーパだ。他の子より年齢が上だったこともあるのだろうが、俺と言葉が通じて直接指導できたのが良かった。
「ツギハ ハシリコミ!」
指示をすると、ボロボロの貫頭衣を来た子どもたちが、街に走り込みに出ていく。最近では、走り込みしながら小銭稼ぎに手紙の配達などもやっているらしい。
「じゃあヴォイド、僕らも行こうか」
アノーテに促されて、門を出る。
身体強化が実戦レベルになったアノーテとペーパは、冒険者ギルドの訓練場でもほとんど負けなくなった。
最近はペーパも冒険者登録できる年齢になったので、3人パーティとして活動できるようになり、活動の幅も広がってきている。
ただ、言葉を習ったり、計算を習ったり、仙術を教えたりしているせいで、冒険者パーティとして仕事をする時間があまり取れていない。
子どもたちも色々と小銭稼ぎはしているが、自身を養えるほどの稼ぎを出せているわけではないので、自然と俺たちのパーティが養わざるをえない。
かちゃかちゃと鳴る剣を見ながら、苦笑いする。
最近剣を振るとガタつくようになった。研いでも霊力が行き渡らなくなってきた感覚もあるので、見えない亀裂も入っていそうだ。
この剣はもう寿命が近いので、予備の剣を買い足すお金が欲しい。
しかし、子どもたちを養いながら修行も見て、しかも言葉を勉強するとなると、剣を買えるほどの稼ぎを出すのは難しそうだ。
「ボクラモ、コキュウヲトトノエテ、ハシロウ」
「わかってる」
時間がないので、リアカーを引いて駆け足で冒険者ギルドへ向かう。
剣をすぐに抜けるよう、片手は剣に添え、最低限のひねりは残しつつ、リアカー本体に足が引っかからない範囲で一歩の幅を調整しながら走る。
船の上を前提とした水夫の走り方、剣を抜くことを前提とした冒険者の走り方、槍や盾を持って走ることを前提とした兵士の走り方があって、身のこなしから職業の推測がついてしまう。これは、いつもリアカーを引いている冒険者特有の走り方だ。
街中で徐行している馬車と同じぐらいの速度は出ているので、最初は奇異の目で見られたが、最近は見慣れたのか前ほど視線を感じなくなった。
馬車道を駆け抜け、あっという間に冒険者ギルドに辿り着く。
「うわ。やっぱもうないや」
少し遅れてしまったせいか、低ランクの掲示板からはほとんどの依頼票が無くなっていた。基本、前日に受け付けた依頼が、翌日掲示板に張り出される仕組みで、受諾できるかは先着順だ。
「僕らが受けれる依頼は、舟ガザミの間引きと、魔狼の駆除だって」
まだ字が読めないので、隣でペーパが読み上げてくれる情報を耳で聞く。この3ヶ月で片言の半島語は喋れるようになったが、聞き取りはまだまだで、後半何を言ってるかわからなかった。
「魔狼は即死する魔術を使ってくるから、多分受けさせてもらえないよね。ここは舟アザミかな?」
ペーパが読み、アノーテが結論を出す。横から見ているとまるで兄弟のようだ。
「フネアザミ?」
舟とつくからには海関係だろうが、いかんせん山の中で育った上に、言葉まで違うのでまったく想像がつかない。
「ああ、カニのことだよ。大きくなると、小舟をひっくり返すぐらいはしてくるから、大きくなる前に獲るんだ」
ペーパが維の言葉で教えてくれるが、今度はカニがわからない。しかし、あんまり嬉しい情報ではなさそうだ。
「それ、大丈夫なの? 危なくない?」
「まぁ、ちょっと危険だけど、遅くなったらこんなもんだよ。朝の訓練はあいつらの将来のために外せないしね」
確かに『拘魂』の訓練は霊力を圧縮したまま安定させる効果があるので、朝やらないと日中霊力が不安定になって身体強化ができなくなる。もうちょっと早く起きるという手もあるが、まだ子どもだしかわいそうだろう。
「カニは美味しいんだから、残ってただけでもめっけもんだって。またあの仙術期待してるよ」
食べられるなら、まぁ良いか。海は苦手だが、航海に出るわけでもないし。
◆◇◆◇
やってきたのは、水晶浜と呼ばれる場所だった。東方から帰ってくる途中に通り抜けた砂漠に似ているが、あちらより砂が白い。
かすかに聞こえてくる波の音も印象的で、砂浜に寝転がって昼寝がしたいぐらいだ。
「さて、リアカーで行けるのはここまで。ここからは歩きだよ」
アノーテは砂浜と道の境目でリアカーを止めて、ギルドで借りた網と同じ素材の太い紐を降ろしてる。あれは魔物素材で、かなり頑丈なものらしい。
今日はリアカーを3台運んで来ているので、これの荷台を獲物でいっぱいにするのが目標だ。しかし、砂浜は広大なので、リアカーまで獲物を運ぶのは大変そうだ。
まぁ、この先にリアカーを持ち込んでも、砂漠と同じで普通の車輪だと沈んでしまうだろう。多分、面倒だからこの依頼は残っていたのだ。
「さ、行くよ」
網を担いで、アノーテが海に向かって歩き出す。慌てて、自分の網をリアカーから降ろして、アノーテに続く。
しばらく歩くと、波打ち際におかしな生き物が見えてきた。表面は硬そうな殻に覆われていて、足が左右にたくさんある。一番大きな足の先には、鋭利そうなハサミまでついていて、外観からでも危険が伝わってきた。ええ
間違いない。あれが舟アザミだろう。サイズは拳大から中型犬サイズまでバラバラで、見える範囲では子どもぐらいのサイズがありそうな個体が最大だ。
「まずは手本を見せるから見てて」
アノーテは、手近にいるカニに離れたところから網を投げつける。網は空中で弧を描いて広がり、カニを包み込む。
「まずはこうやって離れて網をうつ。次にひっくり返してーーー」
網の中でもがくカニを、網のロープを操って器用ひっくり返す。
「ここを殴る!」
カニはハサミを使ってロープを切ろうともがいているが、アノーテは離れた位置にある眼の間を狙って、短い棍棒を振り下ろした。
カニは怒り狂って、網の中から攻撃してくるが、それをかわしながらまた殴る。
殻はかなり頑丈なようで、アノーテの力では何度殴ってもカニが怒り狂っていくだけだった。
「アノーテ、ドイテ。オレ、ヤッテミル」
見ていられなかったので、俺は声をかけて進み出る。アノーテは横にどいてくれたので、剣から霊力を押し出しながら一気に振る。五行仙術『金行衝波』という打撃技だ。『金行飛刃』は斬撃だが、こちらは衝撃波で攻撃する。
が、カニは足元から砂を巻き上げて『金行衝波』を遮った。
「へ?」
ガキッという鈍い音と共に、剣がハサミに止められた。どうやら剣と共にカニに叩き込まれる予定だった衝撃波は、砂に当たっただけで霧散したらしい。
おかしい。そんなことはありえない。霊力は十分だった。
「モウイチド!」
今度は消耗を計算に入れない全力の一撃、今度は砂も間に合わなかった。
グシャリ、と蟹の胴体が甲羅ごと弾け飛び、足が周囲に撒き散らされる。
「んん?」
今度の衝撃波は霧散しなかった。技は想定通りの威力が出る。
この砂浜、何かがおかしい。
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