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6話 封身仙術 縮地


「koreha zassoudesune.kaitoriha dekimasenn」


 まだ太陽は高い位置にあるが、俺たちは意気揚々と冒険者ギルドに戻ってきた。ハンドサインで待機を指示されたので、俺は後ろで水を飲みながら、アノーテが戻ってくるのを待っている。


「honntoda.koreha hidoi」


カウンターでは、受付のお姉さんとアノーテが眉間に皺をよせて袋の中身をのぞき込んでいた。トラブル発生だろうか?


「inoshishino kaitoriha kanoudesu」


 受付のお姉さんは、リアカーに載っている大きな猪に興味を持ったらしい。帰りに森の中で見かけて、そういえば隊商の護衛をしていた時、狩ってきたら喜ばれたのを思い出して狩ってみたものだ。


 猪は警戒心が強いため、接近に封身仙術の『縮地』を使ったが、アノーテはそれを見て腰を抜かしそうになっていた。


「kegawaha murisoudesune」


 孤児院で待つ子らに、良い土産ができたと思っていたのだが、何やら受付の奥に運び込まれていく。つまり猪も売っちゃったのか。


 がっかりしていると、アノーテに手招きされる。今日も冒険者ギルドの訓練場に行くらしい。異論はなかったので、素直について行く。



◇◆◇◆



「haaaa!」


 遅い。大剣の大ぶりな横薙ぎを、『縮地』で後退してかわす。仙郷の師匠たちには劣るが、こんな大雑把な攻撃が当たるほど弱くはない。


 振り抜いた直後を狙って、再び『縮地』で接近。木剣を喉元に突きつける。


 訓練相手の大男は、ペタリ、と尻餅をついて両手をあげた。


「どうして、この辺の冒険者は仙術を使わないんだろう?」


 ぶつぶつと独り言を呟いているうちに、相手が変わる。東方では仙術士は珍しいものではなかった。さすがに封身仙術の境地である『不老』にまで至るような達人は仙郷でしかお目にかかったことは無いが、こんなに少ないのは違和感しかない。


 今日はお腹が減っていないので、仙術を使わないおままごと剣術相手なら、何人相手にしても負けなさそうだ。すでに昨日と同じぐらい戦っているが、まだ息も切れていない。


「tugiha oreda!」


 今度の剣士は、軽めの長剣を得物に選んだらしい。俺の動きについていくためだろう。

 ならばと、まだ尻餅をついている大男の落とした大剣型の木剣を拾い上げて、目で大男の許可を取る。14歳の俺の体格にはあっていなかったが、大男は戸惑いながら頷いてくれる。


「yaaaa!」


 踏み込みは早く鋭い。俺は大男の大剣を、大男がしたのと同じように横薙ぎに振るう。師匠に習った抜刀術の応用で、片手で大剣の背を抑え、力を溜めた後離すだけの技だ。

 仕組み自体はデコピンとさほど変わらないが、踏み込みと合わせた静と動の緩急は、相手の意表を突ける。


「gya!」


 剣士は身体と大剣の間に自分の剣を差し込むことには成功したが、威力は殺せなかったらしい。3歩分ほど吹き飛んで、泡を吹いた。


「ヴォイド兄ちゃん、次は僕ら二人とやってみない?」


 急に理解できる言葉で話しかけられる。振り返ると、アノーテとペーパが両手に木のナイフを持って立っていた。


「ペーパか。何で来たんだ?」


 言葉が通じるというのは、本当に安心できる。


「帰りが遅いから、様子を見に来たんだよ。じゃ行くよ?」


 小さいながら、ペーパの構えはアノーテと同じくよく訓練されたものだった。しかし、その身体に霊力の兆候は見られない。

 これで仙術が使えれば、もっと強くなるだろうに。


「来い!」


 二人は場を広く使うらしい。左右から挟みこんできて、視界に二人が同時に入らないように調整されている。中々に賢い。


「やぁっ!」


 だが、遅すぎるし非力すぎるし、ナイフでは間合いも狭すぎる。何より、ペーパ、声を出してタイミングを知らせたらダメだろう。


「!?」


 ペーパに向き直って、迎撃しようと構えたところで、ペーパがまだ動いていないことに気づく。ペーパはニヤリと笑って、思っていたのとは違うタイミングでこちらに一歩を踏み出してくる。


 しまった。これは策略か。


 慌てて横に飛び退こうとしたが、一足遅かった。背後から忍び寄ってきたアノーテのナイフが、足の鎧の隙間に差し込まれている。


「ま、参った……」


 両手をあげて降参を伝える。実戦であれば、拘魂制魄によって強化した身体を、アノーテのナイフで貫けるはずもないが、この場においては俺の負けだろう。


 再び、訓練場を冒険者たちの興奮したどよめきが満たす。俺が負けるまで、ずっと観戦していた暇人連中だ。


 見ると、俺に負けた大男と意識を取り戻した剣士が、アノーテに茶色い硬貨を渡している。


「あれは何だ?」


 ペーパに聞くと、小さく肩をすくめた。


「ヴォイド兄ちゃん、金ないだろ? だから、兄ちゃんに挑戦した練習相手は、銅貨一枚払うってルールになってんだと。ちゃんと稼いだら、うちにも宿代ぐらい払ってくれよな」


 確かに、護衛をしているわけでもないのに、食事や寝床が用意されるのは申し訳ない。それぐらいは良いだろう。


「ところでヴォイド兄ちゃん、雑草集めて売ろうとしたんだって?」


「ん? いや、ちゃんと言われたとおりアノーテを真似たはず」


「さっき見たけど、全然違うの集めてたよ」


「そうか? 草なんて、どれも同じかと思っていたが」


「いや、全然違うから。食べられるものとか、薬になるものとか選ばないと」


 そういうものか。草に種類があるとは知らなかった。


「全部一緒に見えたが……」

「葉の形とかいろいろあるのに。それにあの猪、肉は売れたけど、毛皮がひどいことになってて売れなかったよ」


 それは、剣をしばらく研げていないのが原因だ。賊を襲撃したり、魔物を斬ったりしていると、霊力で強化していても刃がこぼれる。

 刃こぼれしたら刃に送られる霊力にムラができて、さらに刃こぼれが起こってしまう。長持ちさせたいなら手入れは欠かせないが、道具を買えないのでどうしようもない。


「砥石と刃油があれば、もう少しキレイに狩れるとは思うけど……」


 剣は対人武器で、狩りには向かないというのもある。


「砥石かぁ。包丁用のやつがあるけど、もうだいぶすり減ってるなぁ……」


 うん。丁寧に使われていない砥石は研ぎにくいので、自分用の新しい砥石が欲しい。槍があればもっと助かるが、そもそも、この国で砥石や槍はいくらぐらいするものなのだろうか?


「とりあえずはそれを貸してもらえると助かる。あと、俺に言葉と金の使い方を教えてくれ」


 俺の要求に、ペーパが少し考える。


「砥石は帰ったら貸すよ。言葉とお金については教えるけど、かわりにヴォイド兄ちゃんの不思議なな術を僕らに教えてもらおうかな。もちつもたれつだよね」


 不思議な術。彼はとても幼く、仙術のことも知らないようだが、とても賢いようだ。


「わかった。その程度ならいくらでも」


 俺はしばらく、あの孤児院で世話になることにした。


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