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4話 救いの神


 一体何人、相手をしただろうか。おそらく、その場にいた全員と2回以上は手合わせをしたと思う。


 そして、最後に頭に布を巻いたひ弱そうな双短剣使いの少年に、剣を吹き飛ばされて負けた。


 飢えてなければ、疲れていなければもう少し戦えた気はするが、負けは負け。首筋に突きつけられた木製の短剣を見ながら、両手をあげて降参の意思表示をする。


「ka、katta??」


 双短剣使いの若い少年は、実に意外そうな顔で剣を引く。


 よく見ると、少年の顔は人形のように整っている。だがすぐに表情が段々と勝気そうな笑顔に変化して、人形感はどこかに消えた。


 俺が地面にへたり込み、荒れた呼吸を整える間、俺に勝った少年は並んでいた他の奴らに賞賛されていた。


 改めて、部屋を見回す。壁際には様々な木製武器が並んでいる所からみて、ここは冒険者ギルドの訓練施設だろう。

 だが、おかしなことに、霊力を圧縮している奴も放出している奴も見当たらない。よほど徹底されているのか、戦っている最中でさえ霊力を使った奴が一人もいなかったほどだ。


「omae、yarujanaika」


 ひとしきり賞賛された後、少年は俺の肩を叩いて何か言い、立ち上がらせようとしてきた。


 だが、俺はもう立ち上がりたくない。身振り手振りで空腹をアピールして、それを拒否する。


「nannda。harahettanoka。jaa meshiikuka」


 何を言っているのかわからないが、なかなか引き下がらないので、財布を開いて中身を見せた。中身は銅貨一枚。街の共用井戸をあと一回使える程度の額だ。


 つい調子に乗って相手をしてしまったが、これで飢え死には確実に近くなっただろう。


「oi minnna、koitu douka itimaishika mottenaizo」


 少年が財布の中身を周囲に示す。それを見た冒険者たちが、次々と僕の財布に銅貨を入れていく。2枚入れてくれる人もいて、財布はすぐに銅貨でいっぱいになった。


 少年は笑顔で、いっぱいになった財布を差し出してくる。


 これだけあれば、ご飯を何食食べられるだろうか。もしかしたら、宿に泊まることさえ夢ではないかもしれない。


 唖然としたまま、差し出された財布を受けとった。


「sa、ikuzo」


 そのまま手を引かれて、冒険者ギルドに併設された食堂へ連れていかれる。


「え? え? え?」


 混乱していると、目の前にスープの椀が置かれた。少年が、身振り手振りで食えとすすめてくる。奢りだろうか?


 僕は疲労感の残る腕を動かして、スープの椀を受けとり、口に運ぶ。


「う、うまい……」


 すきっ腹に、スープの温かさが染み渡る。濃く感じる塩味と、溶け込んだ野菜の旨みが絶妙で、とても甘く感じた。


 一瞬でスープを平らげると、訓練場からついて来ていた冒険者たちが、待っていたかのように次々に握手を求めてくる。


 冒険者たちは僕のテーブルに料理を運んできたり、甘い飲み物をくれたり、肩を叩かれたり、とにかく訳の分からないままもみくちゃにされた。



◆◇◆◇◆



「えーっと、ここは?」


 少年は、俺がこちらの言葉を話せないことを理解したらしい。冒険者ギルドの食堂で食事をした後、食べきれなかった食材を全部抱えたまま、ギルドの表に停めていたリアカーと俺の腕を引いて、とある建物に案内してきた。


 月明かりでわずかに把握できる建物のシルエットはそれなりに大きいようだが、ランプで照らされた門は錆ついてていて、庭を囲う塀も不格好な修繕が目立つ。


 少年が門を開けると、門扉は甲高い音をたててきしんだ。


「oneetyann!」


 俺たちが敷地に入って進んでいくと、音を聞きつけたのか、小さな人影がパラパラと飛び出してくる。


 どうやら、少年よりも年下の子どもたちらしい。次々と少年に抱き着いていく。


「hora kyounobunnda。sokono oniityannkaradazo」


 相変わらず言葉は良く分からないが、冒険者たちから、山のように貰った料理が、比較的背が高い子どもに渡される。


 なるほど。持って帰ってきたのはこの子たちの分か。


「peepa koituha inokyakujinnrasii」


 ランプの灯りの中に、少年に呼ばれた子どもが進み出てくる。黒髪の男の子だ。


「兄ちゃん、維の人か? 言葉わかる?」


 その男の子が発した言葉に、俺は泣きそうになった。


「わかる!」


 男の子と俺を案内してきた少年が、アイコンタクトでうなずきあう。


「僕はペーパ、兄ちゃんをここまで連れてきたのはアノーテって言うんだけど、兄ちゃん名前は?」


 アノーテにペーパか。この国に来てはじめてちゃんとした名前を聞いた。


「俺はヴォイドってんだ」


「ヴォイド兄ちゃんね。とりあえず家に入ろうか。今日は泊まってっていいからさ」


 それからペーパは、ランプを片手に家の中を色々と案内してくれた。床は軋むし、扉も閉まらないものがあるようだが、トイレや井戸も勝手に使って良いらしい。


 他の子どもたちが食事をとる間、俺は早速井戸を使わせてもらって、路上生活で貯まった全身の垢を掻きとり、頭を灰で洗った。

 水浴びでさっぱりした後、子どもたちは着替えの貫頭衣まで持ってきてくれた。アノーテが何か吹き込んだのか、子どもたちはキラキラした目で俺を見てくる。


 そのまま、ペーパと話しながら藁が分厚く敷き詰められた部屋に入り、他の子どもたちと一緒に横になる。武装したまま路上で寝るのと比べると、極楽と言って良い環境だ。


 警戒感がないとは言えば嘘になるが、俺は寝床で横になった瞬間、気絶するように意識を失った。


 きちんとした屋根の下で寝るのは、考えていた以上に心地良いものだったらしい。


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