3話 空腹と剣術
困ったことになった。
最悪のデビューを飾った翌日、再び冒険者ギルドへ向かったが、まず依頼ボードに張られた依頼票が読めない。言葉も喋れないので立ち尽くしていると、見知らぬ冒険者に肩を叩かれた。
そのまま、訳もわからないまま怪しい集団の拠点襲撃に参加し、分け前をもらったが、やっぱり串焼き数本分にしかならなかった。
また別の日は、魔物の巣を掃討する仕事に連れて行かれたが、やっぱり分け前は似たようなものだった。
それで宿屋などに泊まれるはずもなく、できた刃こぼれを修復しようにも砥石すらない。
「このままではまずい」
隊商の護衛をしていた時は、食事も隊商が用意してくれていたし、整備の道具も共用のものがあった。他の冒険者はどうしているのか、聞いてみたい気もしたが、多分言葉は通じないだろう。
『自分一人で生きていく』というのが、ここまで高いハードルだとは思っていなかった。
「腹が、減った」
昨日食べた露店の串焼きは、腹を満たすには少な過ぎた。そして、手元にはもう食べられるものは何も残っていない。もちろん、買うためのお金もない。
誰か声をかけてくれないものかと、フラフラと冒険者ギルドの中を彷徨って見ても、ここ数日の路上生活で汚れてしまった俺に、声をかけてくる者はいない。昨日一昨日と誘ってくれた男も、今日は現れなかった。
このままでは、今日の飯にありつけないかもしれない。
太陽が真上を過ぎる頃には、人の出入りもまばらになって、日が傾くと今度は依頼を終わらせた冒険者たちの姿が増えてくる。
動物や魔物の死体をリヤカーで運んできて売る者、得体の知れない葉っぱを売る者、紙を受付に提出してお金を受けとる者など様々だ。
ひたすら空腹を我慢しながら、食堂の椅子からカウンターを観察していると、手続きを終えた者が、かなりの割合で奥の扉へ消えていく。
ベテラン風の冒険者は、そのまま食堂で酒を飲んだりしているが、若手はほとんど奥の扉をくぐっている。
裏口から、また一人、リアカーを引いた冒険者が現れた。年齢は俺とさほど変わらないだろうか。
しかし、リアカーがいっぱいになるほどの袋が積まれていて、根や草の葉っぱがのぞいている。今まで見た中では断トツの量だ。
「kaitoriwotanomu」
手慣れた調子で声をかけると、ギルドの職員が出てきて、袋をカウンターの奥に運び込んでいる。
そのまま、大きなトレーに袋の中身がぶちまけられて、数人の職員が余分な部分を切り取ったり、土を落としたりしてから天秤で重さを測っていく。
いつものことなのか、あっという間に結果が出る。
「mata tanomu」
銀色の硬貨が数枚。あとは茶色い硬貨が数枚だ。ああいう稼ぎ方もあるのか。
その少年も、そのまま奥へ消える。
ーー行ってみるか。
◆◇◆◇
奥の部屋はかなり広い部屋だった。汗だくの冒険者がそこかしこで訓練していて、すえた臭いが部屋を満たしている。
「oraora! Hebannjanexe!」
右側には、教官らしい人物が、若い冒険者たちに腕立て伏せをさせていた。左側は、自主的に棒を打ち合っている人たちが集まっている。
「oi!」
俺がキョロキョロしていると、気の強そうな少年が声をかけてきた。顔はカサブタとアザだらけ。
「tyotto koi」
肩を掴まれ、左側の中心に引き込まれた。その中の何人かは、少年と同じように顔が腫れていたりアザになっていたりする。
いちいち覚えていないが、おそらく乱闘で殴ってしまった人たちだろう。
「ショウブシロ」
片言だが、耳が意味のある言葉を拾う。少年は、再戦するためだけに、維の言葉を覚えたのだろうか?
うなずくと、間髪いれず木でできた剣が飛んできた。空中でキャッチして数回振る。
誰が選んだのか知らないが、どうやら俺の剣に合わせたサイズらしい。愛刀ほどではないが、手に馴染む。
この部屋にいるすべての冒険者が、手を止めてこちららを見ているのがわかる。
部屋に入っただけなのに、どうしてこんなことになってしまうのか。俺はお腹が空いているだけなのに。
「ikuze!」
向かい合って木剣を構えていた少年が、掛け声と共に踏み込んでくる。様子見なのか、動きに霊力がこもっていないし、動きも遅い。
こちらも剣で受け止めて、軽く弾き返す。
「sorasora!」
少年は得意げに連続攻撃してくるが、剣筋に老獪さがなく、どれも直線的で稚拙。速度も重さも工夫もない退屈な剣だ。
「弱い」
何が目的かは知らないが、どうやら俺が学べる部分はないらしい。もう付き合う義理はないだろう。
相手の木剣を跳ね上げて、首筋に剣を突きつける。
少年は悔しそうに睨みつけてきた。こちらは空腹すぎて死にそうなのだ。誘いを受けただけでも感謝して欲しい。
あまりにもあっさり終わったせいだろうか? 訓練していた冒険者たちが、一斉に集まってきた。
「tugiwa oreda!」
また、俺が殴った痕跡のある男が進み出てきた。また袋叩きにされるかと思ったが、引き続き一対一になると察して、ちょっとホッとする。
俺が剣を構えると、教官らしき人が進み出てきた。
「ハジメ!」
また片言で開始が告げられる。相手はまた突っ込んできた。この国には後の先という言葉はないのだろうか?
ちょっと目についたスキをつくだけで、簡単に勝負がつく。
そして次。また次。そのまた次。
なぜか行列ができて、木剣での手合わせはその後数時間続いた。