2話 現実の壁
結局、二十人ほど殴り倒したところで、力尽きた。俺は地元の冒険者たちにボコボコにされ、縛られたまま、治療を受けるハメになった。
「お前、何で半島語を使わないんだ? 維の人間じゃないだろう?」
ベッドに縛り付けられ、隣に座った黒髪の冒険者が話しかけてくる。ようやく、ちゃんとした言葉を話す奴を見つけた。
「半島語ってなんだよ?」
だが、会話の内容は相変わらずわからないままだ。
「ここいらの言葉だよ。維の言葉を知ってる奴なんか、冒険者ギルドにゃいねぇ」
「言葉が違う? そんなバカな」
「おいおい。マジか。そんなことも知らねえのかよ。とんでもねぇバカが流れてきたな」
つまり、維とこことでは、言葉が違うということか。何てこった。言葉を知らないのは、周りではなくて、俺だったのか。
「そもそも何で場所で言葉を変える必要があるんだ? 不便だろ」
意味がわからない。おかげで、無駄に暴れちまったじゃないか。言葉がわからないなんて理不尽すぎるだろ。
「そういうもんなんだよ。めんどくせぇな。だがまぁ、事情はわかった。取りなしてやるから、詫び料をよこしな」
詫び料? つまり俺が悪いって言いたいのか。確かに、襲ってくる奴は殴り倒した。言葉が通じないことにイラついたのだ。
「睨んでも、恐かねえよ。どうすんだ? このまま報復に怯えてすごすのか?」
ここに知り合いは一人もいない。一人で集団に勝つ方を考えてみるが、先ほどボコボコにされた経験が、可能性を否定する。
敵は少ない方が良いか。
「わかったよ。そこの背負い袋に入っている、革袋に入っているお金が全財産だ。持っていけ」
「どれどれ。…………おいおい、これで全財産? 思ったよりしけてやがんな。だが、全財産を取るほど人でなしじゃねぇ。銀貨だけにしておいてやるぜ」
袋の中を見せてくる。銀貨というのが良く分からないが、とりあえずお金は半分程度は残っていた。
「わかった。それで良い」
男は少し嬉しそうに、後ろに隠れるように立っていたギルド職員を振りかえって、お金を渡す。
「wabiryoudatoyo. moukaihoushiteyoika?」
「aa. hokanoyatuwonaguranaiyouittekure」
お金を受け取ったギルド職員が何か言って、男が僕に向き直る。
「ああ、あと、ギルドで人を殴らないという約束を守れるなら、解放してやる」
「もちろんだ。あと、こちらでも冒険者登録をしたい。言葉が通じないなら、お願いできないか?」
言葉がわかる奴は貴重だ。今を逃したら、同じ事の繰り返しになるかもしれない。
「ああ、維の冒険者ギルドの登録者証があるんだったか」
黒髪の男は、俺の背負い袋から維の冒険者ギルド登録者証を取り出す。
「名前はヴォイド、風賢5年生まれ、ええっと風賢は元号だから、今14歳か。――ん? 何? お前、その歳で銀級なの? どおりで」
黒髪の男は、文字も読めたらしい。ここに来るまで、商人の護衛をして、時たま出くわした魔物や盗賊を倒していただけだが、評価は上がっていたのだ。
ようやく存在を認められた気がして、少しだけ気が晴れる。男は職員と一緒に奥へ引っ込んで、戻ってきた時には見たことのない金属製の首飾りを持っていた。
「よし、これがこっちの登録者証だ。半島全域で使える。維の登録者証が本物かわからないから、まずは銅級からだ。はじめて行く街では、必ず冒険者ギルドに寄って登録してもらうようにしろ。じゃあな。今日はもう帰れ」
「待ってくれ。言葉が通じないんじゃ、どうしようもない。誰か言葉が通じる奴を紹介してくれ」
「知るか。依頼なら受けてやっても良いが、お前じゃ払えねぇよ。金を稼いで出直しな」
黒髪の男は、薄情なことを言って去っていった。もはや夕方で、今日の食事とねぐらを探さなければならない。
俺は腫れた顔と、あちこちの打撲の痛みに耐えながら、冒険者ギルドを後にした。
思っていた以上に、自分一人の力で生きて行くのは難しいかもしれない。途方に暮れながら見かけた屋台で飯を食ったら、串焼き数本でお金が尽きた。
これから学ばねばならないことは、思っていた以上に多そうだ。
『受験生の異世界転生 〜脳筋な下級貴族の息子だけど、教科書の知識だけで生きていけますか?〜』が転生転移ファンタジーの日間ランキング257位となったので、記念のスピンオフ更新です!
読んでいただいてありがとうございました。