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漂浪〜霊感少女の日常記〜  作者: 桜餅
序章
8/21

不満

 「李空。なぁ本当にあれをここに置いておくのか?」

 そう声に苛立ちを含ませた清が穏やかな表情の李空に尋ねた。

 「しょうがないだろう。彼女が今回の異界駅についてはよく知っているんだからね。」

 「ですが…あんな協力性のない少女をここに置いたとしてどうやって手伝わせるんですか?」

 李空は笑った。

 「あれはここへ急に連れてこられたからかもしれないよ。君たちだってなんの断りもなく自分に危害をもたらすかもしれない人間の中に放り出されればどうするかは分からないだろう?」

 「ま、まぁ…そうですけど。」

 そう善彦が呟いた。

 「は?だがあれは酷すぎるだろう。それどころの話じゃないと思うが。」

 清は反論した。李空は苦笑いをする。

 「ともあれ今日は友好的にしてあげるんだ。僕も昨日はひどい態度をとってしまったと思うから。確かに十三の子供におとなげなかったと今は反省しているよ。」

 李空は菖蒲を見つめた。

 「菖蒲も昨日はありがとうね。どうか彼女の面倒を見てあげてほしい。いろいろ分からないこともあるだろうから。」

 菖蒲は微笑んだ。

 「分かってるわ。」

 善彦が李空に質問した。

 「ところでどうやって彼女に手伝ってもらうんですか?彼女から異界駅の様子はだいたい聞きましたし、何もしてもらうことはないと思うんですが…」

 「僕もそう思っていたけれど、どうやら彼女の体に染み付いている異界駅の怪異の後を辿ることができるらしい。金烏に聞いてみてそれからだろうね。」

 とのことで、琴遥がやって来てから今後の方針を決めるようであった。

 彼らは琴遥が来るのを待っている間に今までに集めた異界駅の情報をまとめた資料を共有しあっていた。

 異界駅とはこの世とは異なる世界、異界にある駅のことである。迷い込んだものは高確率で謎の現象にあったり、駅内に潜む謎の存在と接触することがある。

 そのような異界駅は日本各地で見られ、報告された数でも十件以上にも登っている。

 ひつか駅、やみ駅、すたか駅、とこわ駅、はいじま駅、かたす駅、月の宮駅、お狐さんの駅、谷木尾上駅、藤迫駅そして有名どころといえばきさらぎ駅である。

 それぞれが様々な特徴を持っている駅であるが、巻き込まれて生きて帰った者もいれば生きて帰れなかった者がいるということも分かっている。

 琴遥がいた駅はその中の拝島駅である。はいじまと漢字が使われていないひらがな表記でも記されていることがある。その駅がある場所はそれぞれが違うところでありながら、行方不明になる手口が一貫していることから一つの怪異が関わっていることがわかる。

 それを調べる中で琴遥が一体どうやって帰って来たのかということが今回大事なことだとは思うのだが、何かはぐらかされた気がしてならなかった。そのため報告書にはそのように書いたものの、琴遥の供述を信じているものはいなかった。

 何故なら、あの十三の少女に怪異を惨殺する術というのがないように思えたからである。

 「てか、なんで俺らなんだよ。…他の紫位に頼めばよかっただろ。」

 そう不満げに呟く、清は眉をひそめて李空の方を見た。李空はきょとんとして首をかしげる。

 「僕たちが一番人の姿に擬態できるから、かな…彼女が怖がったりしたらかわいそうだから。」

 李空を含めここにいる者達は人の姿に擬態することが上手い怪異だった。他の紫位やその他の怪異は好き好んで人の姿になろうとはしない。だからこそ、琴遥を怖がらせてしまうと思った李空の優しさからであった。

 「あんな奴のためにそこまですることないだろ。」

 「いいや。協力してくれるんだから誠意を見せないといけないよ。清。君が確かに彼女をあまり好んでいないのは知っているけど、それをぶつけてはいけないし、我らと人間じゃ体のつくりが違うんだ。首を切っただけで死んでしまうし、目玉を取り出してお手玉にしたりもしない。彼女を尊重するんだ。」

 清は不満げに目線をそらした。

 「そりゃそうだろうけど…あのガキは生意気すぎるんだよ。」

 「君が大人になって優しく見守ってやればいい。君の方が年上だし、生きている年数も長い。優しい目で見守っててあげればいいんだよ。」

 ピクッと眉が動いた清はため息をついて肩を落とした。

 「李空。僕は…天狗の団扇を取られましたよ。」

 「善彦。あれは君でも作れるだろう?」

 「ですが…あれは両親が飛べるようになった時に作ってくれた思い出の団扇なんです。」

 李空は首を傾げた。

 「あぁそうだったのか。そんな大事なものだったとは知らなかった。それじゃあ僕が持っている何かと交換してもらおうか。」

 善彦が青い顔で李空の顔を見た。

 「もうボロボロだったり…汚物で汚れてたりしたら…どうしよう。」

 李空は軽快に笑った。

 「それはないだろう。この時代ではそんなに汚れることもないし、昨日彼女が持っていた持ち物を見なかった?とても綺麗にされていた。服も清潔だった。きっと団扇も大切に持っていてくれているよ。」

 「それならいいんですが…」

 清と善彦が青い顔で部屋の隅にちょこんと座った時、菖蒲が李空の顔を覗き込んだ。

 「李空もあの子を怖がらせないでね。」

 「もちろん。気をつけるよ。」

 菖蒲は微笑んだ。

 その時、部屋の扉を開ける音がした。扉は内開きの扉で、金具は古くないのだがキィと気味のいい音がした。中へ入ってきたのは昨日の薄着のセーラー制服の琴遥ではなくしっかりと防寒した琴遥だった。室内の中だが真冬の暖房をつけていない室内はとても寒かった。もこもこした黒い腰丈のジャンパーに大きな赤いマフラーをつけて、灰色の耳あてと、ニット帽をして、ぴったりとしたスパッツのような裏起毛の黒いジャージズボンにふかふかのブーツをはいて、大きなリュックに毛布やらが飛び出ていれてあるのを見れば、さすがの怪異達も琴遥が寒がっていたことに気づいたようだった。

 「あ…昨日は随分寒かったかな?」

 そう李空が優しく尋ねると、琴遥はマフラーの中から目をのぞかせた。

 「しもやけができたけど?」

 琴遥はそう心配して近づいてきた李空の横を通り抜け、昨日の所定位置のソファにどさっとリュックを置いた。

 あたりを見渡してみても暖房器具らしきものは一つもなく、その中薄い着物だけでいられる彼らを見ているだけで琴遥は寒くなってきた。

 「……僕たちにできることはないかな?」

 「目の前から消えて欲しい。」

 そう琴遥は真面目に思いながら言った。目の毒だ。

 「あの…僕の天狗の団扇。返してください。その代わり李空が何かと交換するので…」

 琴遥はこてんと首を傾げた。そしてごそごそとリュックの中を探ってから首を振った。

 「家にあるかもしれないし、もう無くなっちゃったかも。何度か転移移動してると物が紛失することもあるんでしょ?」

 「そ…そんなぁ…」

 団扇を失ってしまった善彦はがくりと肩を落とした。ソファに腰を下ろしている琴遥からは善彦の顔がしっかりと見えたが、相変わらず嘴が残っている。

 そんな全く協調性が感じられない琴遥の姿を見て、清はプルプルと拳に爪を立てて震えていた。

 菖蒲がゆっくりと琴遥のそばに歩いて来た。

 「これから金烏のところに行くわ。準備してついてきてくれる?」

 「分かった。」

 気を取り直した李空が笑みを作った。

 「それじゃあ行こうか。」

 李空、善彦が前を歩きその後を琴遥が続き、菖蒲、清と続いて歩き始めた。先ほども琴遥は迷っていたのだが、この廃旅館は途轍もなく複雑な作りをしていた。地図を手渡されたが、地図に乗っていないところにも階段がある。山の面に這わせてあちこちまで伸ばされたような形をしているのである。

 そんな中を迷いなく歩いて行く李空達の後ろに続いて歩いて行くとどうやってここまで来たのかは分からないが、広間があった。その中に入ると真ん中に畳の真ん中に金色の木が建てられていた。

 琴遥はどうなっているのか不思議になったが気にすることをやめた。その金色の木から別れるように金色の大きな鳥が飛んできた。

 「…琴遥。今日からここへしばらくの間来ることになったのか。しばらくは慣れないと思うが我慢してくれ。」

 「慣れる気もないけど。」

 ひくっと清の口が動いた。わざと琴遥の方を見ないように目線をそらしていた。

 「突然だが、あぁそうだね。分かった。」

 金烏はぼそぼそと何かを呟いたかと思うと部屋の中心にある金色の木の幹の袂に椅子をパッと作り出した。

 「ここに座ってくれ。基本何もしなくていい。」

 「一体何をするのか、説明してくれない?」

 そう不快極まりないという顔で琴遥は金烏を見上げた。

 「そうだね。それは悪かった。君の体についている異界駅に送った怪異の匂い、気配を鑑定する。そして、それがどこにいるのかを調べる。」

 「どうやって?」

 「色々煩いぞ。」

 清がとうとう口に出した。

 「清。」

 李空に叱られて清は口をつぐむ。しかし一向に気にした様子のない琴遥は首を傾げた。

 「何もしないで椅子に座ってくれればいいんだ。」

 そう金烏はいうが理解できない。これから何をされるのかもわからないのに、それだけの説明で動く琴遥ではなかった。だがしかし、菖蒲に優しく背を押されて歩かされた。そしてストンと座ったかと思うと、金色の木から金色のキラキラと輝く蔦が何本もいくつも下がってきた。そしてそれが自立した動きをして、琴遥の頭に数本が巻きつき頭に同化する。他の数本も琴遥の両腕に巻きついた。

 「……何これ。」

 そう琴遥が呟いた時、金色の琴遥の頭にどうかした蔦がドクンと何かを吸収したように鼓動した。かと思うと次々にキラキラと他の色の光が蔦の中に入って木に運ばれて行くのが分かった。

 琴遥はぐったりと背もたれに寄りかかって目を閉じた。

 「金烏。これは…彼女の体には悪影響はないのよね?」

 そう菖蒲が焦ったような表情で聞いた。

 「あぁ。寝ているだけだよ。これは思った以上に今まで色々な怪異に影響されてきたみたいだ。記憶も消されているな。……解明は簡単だと思ったが、この子に限っては…今まで会ってきた怪異がそれぞれ異常すぎる。少し時間がかかるだろう。」

 「誰かが側にいてあげないとね。私が側にいるわ。」

 そう菖蒲が胸を撫で下ろして言った。

 「それは良かった。僕達はこちらで各自調査に当たるよ。」

 金烏もどこかへと飛び立ってしまったためその場には菖蒲と琴遥のみとなった。菖蒲は微笑みながら琴遥に近く。

 横に座って琴遥の膝の上に頬を乗せ寄りかかる。

 「ねぇ?私はね。寂しがりやなの。貴女にあんなこと言われちゃったら私が必要だって言ってくれるまで手放せないのよ。」

 ふふふっと菖蒲が笑って眠っている琴遥の顔を見つめた。ニット帽とマフラーと耳あては先ほど外していたので今は顔がしっかりと見える。昨日の拒絶された表情がこれから自分を必要とするようになるのが楽しみだ。

 顔を覗き込んで見ていると突如、琴遥の目がうっすらと開いた。起きることなどしばらくないと言っていたのに異常が起こったのだろうか。菖蒲は体を硬直させる。

 琴遥は金色の蔦が纏わり付いた両手で菖蒲の美しい顔を包んだ。かと思うと目を閉じて安心したかのように微笑んだ。

 「………ちゃん。会いたかったよ。」

 そう微かに呟いたのが聞こえた。先ほどまでの棘のある声ではなく、菖蒲が聞いたこともないほどの穏やかな声だった。

 「っ………!」

 菖蒲は目を見開いて固まった。そして目を瞑って息を吐き出す。自分の顔を包み込んでいる小さな手に自分の手を重ねて掴んだ。そして引き離す。

 「私…」

 そう呟いて自分の手の平のうちに目線を落とした。


 夢を…見ていた。記憶にはないけど、なんだか心が温まる感じがした。

 顔はぼやけていてよくわからなかったけど、幼い頃私には近所によく可愛がってくれていた人がいた。とても幼い頃は祖父母の家にいた気がする。

 だけどその記憶も朧げでいつかは消えてしまいそうだ。その私をよく可愛がってくれていた人は雪のような肌をしていた。特に印象的だったのは美しい白髪だった。

 母や父に聞いても知らないというのでそれも多分私しか見えていなかったんだと思う。一緒に森の中で遊んで抱っこしてもらった記憶もある。

 今思えば線香のような香の匂いをしていたかもしれない。

 太陽の光がさんさんと葉の隙間から溢れ落ちている中、私はその人を見上げていた。

 「こはるちゃん…私の事は忘れてね。」

 そう言われて頭に触れる優しい手が離された時にとても悲しくなったのを思い出した。

 「…ちゃん!」

 そう叫んだのは覚えている。

 あぁ…なんとなく思い出せるな。匂い、温もり、笑い声。

 私はうっすらと目を開ける。

 「どれくらい経ったの?」

 そう近くに立っていた黒髪の男に話しかけた。未だ嘴が残っている。

 「約三日ほど。…体に不調はありませんか?」

 「ないけど、とてもお腹すいた。」

 その男は私と目線を合わせて黄色い目をぎらりと光らせた。

 「僕の団扇…どこですか?」

 その目を見つめていると、口からともなく言葉が漏れ出そうになった。急いで口を押さえて、目線をそらした。

 「わからないって…言ってるじゃん。見つけたら持ってくるってば。」

 「本当に…あれ大事なものなんですからね?両親からもらった大事なものなんです。お願いですからくれぐれも汚さないでくださいよ。」

 私は笑みを浮かべる。

 「それが見つかったら綺麗に保管しておくね。」

 男は顔をしかめて目をそらした。

 「で、見つかったの?その異界駅の怪異は。」

 「見つかりましたが、やはり電車とやらに乗る必要があるようです。」

 男は息を吐き出した。

 「乗った事ないの?」

 「僕たちは人の世で好きに動き回ることはできませんから。」

 私は首をかしげる。自由を奪われてまで何故こっちにいるのだろうか。まぁいいや。

 「えぇと…琴遥ちゃん?」

 そう立った男が呼んできたので私の体には鳥肌がたった。

 「気持ち悪…」

 男がムッとしたように眉をひそめて、こっちを見た。

 「じゃあなんて呼べばいいんですか?」

 「呼ばないで欲しいんだけど。」

 「………」

 懐かしい記憶が蘇ってまだほやほやした気分の中にいる。


 「李空。彼女の名前なんて呼べばいいんですか?」

 まだ善彦はそう言っている。琴遥は呆れたように顔をそらしていた。

 「…普通に呼べばいいんじゃないかな?」

 「名前呼ぶなって言われたんですけど。」

 「琴遥って呼んだら?」

 そう李空が言うと、琴遥はまたもや体を震わせた。

 「どっちもやだけど、ちゃんづけよりは気持ち悪くない。」

 李空はハハハと乾いた笑みを漏らす。

 「名前の話なんてどうでもいいだろ。」

 と、そう清が言った。

 「いいや。しばらくここへ来てもらうんだから名前は重要だよ。」

 李空は笑みをたたえて言った。

 「あぁ…そうだったね。琴遥は僕たちの名前を知らなかったか。」

 琴遥は肩をすくめた。

 「教えられてないから。」

 「僕は李空だよ。」

 そう李空は微笑んで言った。そして、次は清に名乗るように急かした。

 だが清は一向に名乗ろうとせず、李空は息をついて琴遥の方を見て、清を指し示して言った。

 「彼は清というんだ。」

 「……」

 「……次は僕ですか?」

 そう善彦がひょこっと顔を出した。

 「僕は善彦と言います。えっと…僕の一族の男には皆、彦がついてます。」

 「……」

 琴遥が無言で返したので、善彦はとても気まずくなった。

 「……なんかすみません。」

 そうすごすごと下がって行った。

 「次は私ね。」

 そう言って出て来たのは、菖蒲である。

 「私の名は菖蒲よ。何か困ったことがあったらなんでも言って頂戴。」

 全ての名を聞いた後でこれからすることについて話し合われた。

 「これから琴遥の体に染み付いている異界駅の怪異の後を辿っていく。皆一緒に電車に乗るんだ。」

 「私も?」

 琴遥がそう聞いた。

 「そうだよ。近くにいてくれた方が気配が辿りやすいからね。」

 「……」

 琴遥が首を傾げた。

 「保身のために聞いておくけど、あんた達の姿は普通に見えるの?」

 きょとんとした顔の善彦が言った。

 「今回は見えるようにしていくつもりですけど…」

 琴遥は眉の間にしわを寄せた。

 「その格好で?」

 「え?」

 善彦が首を傾げた。

 「この姿だとまずいことでもあるのかしら?」

 菖蒲が不思議そうに聞いてきた。

 「まじか…」

 そう琴遥は呟いた。

 「あんた達の姿は普通の人間から見たら変でしかないからね。李空。髪の色に耳の形、目の色。あぁ…あとそのギザギザした歯。」

 ビシッと李空の方を指をさして言うと李空が頭に手を置いた。

 「変かな…」

 「次、善彦。至る所に烏天狗だと言う痕跡が残ってる。目の色もおかしいし、嘴とか羽。」

 「え…そんなに分かってました?」

 善彦は自分の口元を押さえた。

 「菖蒲。白髪と青い目の色なんてどう考えてもアルビノでしかないから目立つ。色変えて。」

 「あ…何?ある…?」

 菖蒲は自らの髪を見下ろした。

 「清。」

 「は?」

 「髪の色。目の色。鼻の色。耳の形と色変えて。」

 「はぁ?」

 どう考えてもまともじゃない姿をしている彼らは目立つだろう。ここ日本では奇抜な姿をして電車に乗る奴はどう考えても嫌煙される。

 「基本、黒髪。黒い瞳。丸い耳。尖ってない歯。羽のついてない顔。羽の生えてない髪だから。」

 そう琴遥が言うと皆、姿を変え始めた。琴遥はあぁは言ったものの本当に姿が変えられるなんて思ってなかったので内心、驚いていた。だが面には出さずにそれを見つめていた。

 皆、黒髪、黒い瞳…以下省略になって、琴遥に見せた。

 「これで行けるよね?」

 琴遥は深くため息をついた。

 「本気で言ってるの?あちこち変なところだらけじゃん。」

 奇怪なところが皆んな多すぎる。これを直していかなきゃならないのかと思うと琴遥の気は遠くなった。

 「その前にお腹すいた。なんか食べるものここないの?」

 そう琴遥は聞いた。

 「え…あぁ…ごめんね。三日間も寝ていたんだった。」

 不自然に左右で口の大きさが違う李空が申し訳なさそうに琴遥にそう言った。

 「食べ物って言っても…人の世で出るような食べ物はありませんよね。」

 善彦が呟いた。

 「一旦帰ってもらうしかないみたい。」

 菖蒲は呟いた。

 「分かった。帰る。」

 「ちょっ…これどうするんだよ!?」

 そう清が叫ぶ。

 琴遥は皆の不自然な姿を見てぐるりと目を回した。

 「あんた達で一旦どうにかしてよ。明日確認するから。」

 そう言い残して琴遥は部屋を出て行った。そこに残った者達は顔を見合わせる。

 「これ…不自然かな?皆。」

 そう李空は気恥ずかしそうに尋ねた。

 家に帰った琴遥は涙で両親に迎えられた。時刻は七時であり、二人とも家にいる時間帯だった。

 「……何か変なことされなかった?」

 そう琴遥の頭を撫でながら母は尋ねた。特にされてないと琴遥は答える。二人の心配は嬉しいが早くお腹を膨らませて寝たいと言うのが琴遥の心情だった。そのため、琴遥は二人にその旨を伝えて休ませてもらった。


 翌日ガラス窓の中に吸い込まれると、琴遥は気づいたらあの取調室のような部屋の椅子に座っていた。

 「今のところ順調か?」

 そうあの警察のような格好をした男がたずねて来た。

 「分かりません。…手がかかりすぎます。」

 「手がかかる?はぁ…そうか。」

 「電車に乗ることになったんです。あいつ達は自分の姿が不自然だって気づかないんですよ。」

 そう琴遥が少し愚痴ったのを見て男は苦笑する。

 「だが許してやってほしい。ここ人間の世界で彼らは自由に動けない。あの廃旅館の外に出るのは仕事の時しか許されてないんだ。人ともそう接することがないから自分たちの姿がどうかなんて思わない。」

 「はぁ…でもそれ私に関係ありませんよね。その怪異を捕まえるのを手伝えばいいはずだったじゃないですか。それなのに、こんな事もさせられるっておかしいです。」

 「………一応、持ちかけようと思っていた話だが、この仕事には賃金が出る。それに加えて面倒を見たことを細かく報告してくれれば、残業代としてさらに賃金に上乗せが出るだろう。」

 「お金出るんですか?」

 それは初めて聞いたと琴遥は思った。

 「月給単位で払われる。」

 「待って…月給って、そんなにこれかかるんですか?」

 「そう思われている。報告書によると、君から漂う気配というのが曖昧なもので、幾つか候補をあたってみないとわからないそうだ。何しろ異界駅というものは全国にあるからな。」

 琴遥は顔を覆って大きくため息をついた。

 「いつ学校に戻れるんですか?」

 「おや…?それはどういうことだ?」

 そう言われて琴遥は顔をあげた。男は面白そうに口を歪めている。

 「君にはテストをしたじゃないか。あれは高校受験時に使う共通テストであったそうだ。……満点だっただろう?」

 ひくっと琴遥の口が動く。

 「だけど私の学校生活はどうなるんですか?」

 「それは暫くの間我慢してもらうしかないな。君の出来があまりにもいいから上が判断した事だ。しょうがない。」

 琴遥が金烏にあの廃旅館に連れて行かれる前、学校の方で個別にテストを受けさせられていた。その結果、琴遥には高校入学までの知識は十分に身についていると判断されたのだ。

 琴遥はチッと舌打ちをした。

 「これなら馬鹿のふりしとけばよかった…」

 高校受験までといえばあと二年ほどある。

 「二年はかからないから安心しろ。」

 「安心ね…できませんよ。そんなん。」

 「ともかく頼んだ。」

 そう男が言ったかと思うと琴遥は廃旅館の玄関に立っていた。番頭がいるわけでもないカウンターには好きなように色々なものが飾られている。ダルマや招き猫。それだけだったらいいが、人の世で集めて来たであろう、ボロびたゴミなども飾られている。車のナンバープレートがいい例だ。

 何にせよ。琴遥は月給が出るのであれば税金を払わねばならないのだろうかとそちらの方に思考を巡らせていた。土足のまま上に上がり、迷路のような階段を登っていく。これで地下まであるのでさらにややこしく思うが、李空達が自分たちのブースとして使っているのは三階の303室であった。

 そこへ向かうために琴遥は怪異達にすれ違う。今まで偶にしか会うことのなかった怪異がさも当たり前かのように横を通り過ぎていく。確かに人である琴遥には注目する怪異も多いものの、そこまで気にする事なく降っていく。こう見ていると確かにあそこまで完全に人の姿に変化している李空は希少と言えるのかもしれないがそれでもあそこまで手に掛かるのは琴遥にとって面倒ごとのなんでもなかった。だがしかし、金が手に入るのならという事で今日は完璧にしてやろうという気で来ていた。

 「……おぉ…」

 部屋に入った琴遥の第一声がそれだった。何があったのかわからないが部屋の荒れようが半端ではなく、床に伸びた妖怪達の体が四つあった。

 「やっと…来た。」

 そう言われたかと思うとヨボヨボとした様子で李空が近づいて来た。

 「どうかな?」

 確かに努力の跡は見える。だが、やはりあちこち不自然なのだ。

 琴遥は皺の寄った眉間を押さえてため息をついた。

 「全然ダメ。」

 李空は一瞬フラッとしたように天井を仰ぎ見たがぐっと踏ん張った。

 「どこを直したらいいの?」

 琴遥は一人ずつ付きっ切りで直していくことになった。

 数時間かけてようやく皆の姿を人らしくできた。爪の長さも普通である。そう琴遥は思った瞬間、善彦の足を見た。

 だがすぐに首を振って見なかったことにする。烏天狗特有の鳥の足というのがあった。だがまぁ…靴を脱ぐ事もないので良しとすることにした。

 「これで行けるんですね…」

 ゼェゼェいっている善彦の方を見て、は?と琴遥は首を傾げた。

 「そんな格好で?」

 「…?直したじゃないですか。」

 琴遥は頭を抱えたくなった。

 「この時期にそんな薄着の人間なんていないよ…」

 そう弱く呟く。

 「えぇ…」

 「それに着物って…時代錯誤ですかって感じだし。…ハァ。これまた服買ってくるとかになるの…?」

 「服?これじゃ駄目なのか?」

 疑うように清が自分の姿を見下ろした。

 「……ほんとめんどくさ。」

 そうボソッと琴遥は呟いた。琴遥はスマホを取り出した。嬉しいことにここは圏外ではなかった。これほど辺境にあるのに何故と聞きたくなるくらいの山奥なのに繋がったので琴遥は少し眉をあげた。

 「あの…」

 そうスマホで電話をかけ始める琴遥の方を不思議そうに皆が見つめた。あのチカチカ光るものがスマホというものなのだなと興味津々であった。

 「はい…経費…私が買いに行くんですか?はぁ?連れてってくださいよ。嫌ですからね。」

 誰かと話しているようである。近寄って近くで見てみたいと思う気持ちを抑えてその場でじっとスマホを見つめている菖蒲は琴遥がそれを手に持ったのを見て、姿勢をただす。

 「…今、誰と話していたんですか?」

 「ここに連れて来た人間。」

 それを聞いた途端、そこにいた者たちは一気に押し黙った。何かと人間は無理難題を押し付けることが多い。確かにそれぞれがそれぞれの正義を胸にこの仕事を誇らしく思っているが、たまには自由も欲しい。そう思っていた。

 だからこそ、ここの組織を管理している人間には複雑な感情を抱いていた。

 「何の話をしていたんですか?」

 「あんた達の服を買いに行くって話。私服持ってないんでしょ?」

 「失敬な。これだったら持ってますよ。」

 そう言って善彦が一旦部屋を出て行った。何も持ってないという先入観は失敗だったか?そう琴遥は思いながら周りに立っている怪異達の顔を見て行くが誰一人持っていないようだった。

 そして、帰って来た善彦の持つ服を見て琴遥は深々とため息をついた。

 「はぁ?馬鹿なの?この時期にアロハシャツって…」

 善彦は首を傾げた。

 「これでは駄目なんですか?」

 「季節感を考えてよ。今は真冬なの。半袖短パンって、あり得ないんだけど。」

 何故善彦がアロハシャツ、アロハズボンを持っているのかは置いておいて、琴遥はこれで全員の服を買いに行くと決まってしまった。

 「採寸すんの?…あぁめんどくさ。」

 そうブツブツ呟きながら、琴遥は大きなリュックからメジャーを取り出した。

 「男服のSMLってよくわかんないんだけど…」

 そう言いながら近くにアロハシャツを持ったまま、見るからに落ち込んでいる善彦にメジャーを持って近づいた。

 「えっと…これから何を?」

 「服を買いに行くから、体のサイズを採寸しなきゃいけないの。」

 そう李空へ答えて固まっている善彦の体にメジャーを回した。

 「なっ…何を…」

 「チェストウエスト…あと…ヒップは自分で測って。最初は私が手本を見せるから他の人はそれぞれ真似てやってくれる?」

 善彦の体に腕を回して無事測り終えると、琴遥はスマホに記録する。

 「はい…分かった。あとは身長…」

 「僕は5尺9寸です。」

 「………178センチ、と。」

 琴遥はそれを記録した。

 「後は自分たちでやって。」

 そう言われて最初に善彦は李空の測定をして行く。

 「…で、身長は?」

 「6尺1寸だよ。」

 「………183センチ。はい次。」

 清は166センチで、菖蒲は188センチの身長だということが分かった。155センチの琴遥がとても小さく見えるわけだ。日本の女性の平均身長が157センチなので琴遥はこの歳では大きい方なのだが、この中だと一段と小さく見える。近親感が湧くのは今のところ清だけだろう。それ以外は琴遥に対して高すぎる。

 「じゃあ明日買ってから来るから。」

 そう言って怒涛のように帰って行った琴遥を見て清達は呆然とした。

 「………なんか腹立つ。」

 そう清が呟いたとき菖蒲に嗜められた。

 「……協力してくれているから感謝しなくちゃいけないよ。」

 「だけど、俺たちはここまで擬態を頑張ったのに、次は服だ、って全てに難癖をつける。」

 「それは…僕たちのためだよ。そうだよね、善彦。」

 そう李空は善彦の方を見た。善彦は自分のアロハシャツを見つめて呆然としていた。

 「…季節感ってなんですか…?」

 「……真冬にそれほど肌が出ている服を着ないでほしいということなんじゃないかな。僕達は気候変動があっても寒さや暑さを感じなくても、人間達は違うらしいから。」

 「………」

 力が抜けたように善彦はアロハシャツを持ったままガクッと腕を下ろした。


 「それで服を買いにいく事になったのね…大丈夫?」

 そう母に言った琴遥は、空になった茶碗を置いた。置いてある茶をこくりと飲んで体を温めた。

 「警察みたいな人が連れてってくれるんだって。」

 「警察みたいな人って?」

 そう父が眉をひそめて尋ねてきた。

 「日本対魔防衛隊の人。警察に連なる秘密組織らしくて、公には知らされてないけど、警察と話していた人たちだから心配しないで。」

 「そう、…か。」

 父は何もできない事に対して歯がゆい思いをしていた。どうにもできなかったことは知っているが、娘の馬鹿げた話を聞いて、信じていてあげれば何かが変わったんじゃないかと思わざるを得なかった。右に同じく母もそうである。現実主義の彼らは見えるものしか信じない。それは琴遥も同じであったが、琴遥は残念な事に『見える』ため、彼女の現実的世界にはそれも含まれる。よって考える基準が少し違っているのだ。

 次の日、いつものように出かける娘の背を見て二人は顔を見合わせた。どうにも心配でならない。だが、娘は面倒臭そうにはしているが自分の行く末に心配を持っているような感じはしない。

 「……本当に大丈夫かしら?」

 「大丈夫だよ。…多分。」

 そう二人は呟いた。

 いつものようにガラス窓を見つめていた琴遥は中に吸い込まれた。かと思ったら今回はあの取調室のような場所ではなく待合室のような場所に座っていた。特に話しかけられもしないので、琴遥は大人しく座って待っている事にした。イヤフォンを耳にさして、スマホを起動させる。そしていつも見ているように好きなお笑いコンビのお笑いを見始めた。

 琴遥の密かな趣味の一つであった。密かとは言えど、秘密にしているわけではなくそれを口に出す機会がなかったから密かであると言える。

 しばらくそれを見ていると、名前を呼ばれた。

 立ち上がって受付の方へと行くと、横の廊下の方から私服のあの屈強な体の男がやって来た。

 私服であるのは今回の買い物の足になるためである。それと、男物だらけの服を購入するに当たって、手伝いをしてもらいたいと琴遥が言ったためでもあった。

 自分でするのではなく相手を使って楽をするためならどんなことでもやるのが彼女の性格であるため、そうするとこの男は中学一年生の少女に上手く使われた事になる。

 「出葉さんでよかったんですよね。」

 そう白々しく琴遥は尋ねる。

 「あぁ…まさか、本当に買いにいく事になるとは思わなかった。」

 「彼らが人前に姿を見せるようにすると言っていたんです。赤の他人のふりをしたいのに、近くにいるんでしょ?どう考えても私に悪影響じゃないですか。」

 「……あくまで自分のためなのか。」

 そう言われてキョトンとした顔をした琴遥は何を言われているのかわからないと言ったように答えた。

 「それ以外に何があるんですか?」

 「少し慣れたように見えたからな。」

 「慣れた…どうでしょうね。」

 琴遥がそう呟いたので一瞬だけ出葉は琴遥の方を盗み見た。元々ここへ携わる者には考え方に異常をきたした者が多い。サイコパスなどが良い例だ。琴遥はその中の一人であると充分に言えた。


 結果、ほとんどの服を出葉が買いにまわる事になり、琴遥はベンチで座ってスマホを見ているだけだった。

 冬服であるため、上着も買わなくてはならない。靴も四足必要となると相当な荷物の量になるのである。その荷物係を琴遥はしていた。

 「お疲れ様です。」

 紙袋をいくつか持った出葉に琴遥はそう声をかけた。

 「靴…二箱持ちますね。」

 そうして出葉の車に積み込んだ琴遥は助手席に乗り込んだ。紙袋をいくつも持った出葉もそれを積み込むと運転席に乗り込む。

 「昼はどうするか…」

 「奢ってくれるなら食べますけど。」

 「……本当図々しい奴だな。」

 そう出葉は呟いた。琴遥はにこぉと完璧なる満面の笑みを浮かべた。

 「今日はありがとうございました。」

 出葉の口はひくっと引きつった。

 「…分かった。奢ろうか。」

 琴遥は微笑みを浮かべて内心、ニヤリと笑った。出葉の奢りでどこが良いかと聞かれたので、琴遥はどこでもいいのかと聞いた。

 「……」

 無言が返ってきたのでこの近辺でとても美味しいと言われる寿司屋の名を言った。無論、その美味しさに比例した値段の店である。出葉はギョッとして琴遥の方を見た。

 「無理だ。」

 そう言われたので琴遥は次にグレードの高い寿司屋の名前を言った。

 出葉は二回も駄目だと言うのは悪いと心のどこかで思ったのか、今度は頷かざるを得なかった。実際のところ琴遥の行きたかったとこはその二番目の寿司屋であるのだが、まんまと引っかかってくれた。そこも十分高いところなので、普通にいえば断られる。だが、先に高い店を言った事によりそこよりはマシかと思わせることができる。

 その板前寿司に座って、琴遥の好きな本マグロの中トロ、金目鯛、フグ、カレイ、のどぐろ、帆立…などなどを食べ終わった頃に出葉はようやく気がついた。大人の矜持だと思って奢っていたのだが何故…こんなに高い出費になったのか…

 奢りなので完全に自費である。経費では落とせない。

 そう思って横を向くととても美味しそうに寿司を頬張る琴遥の姿があった。そのように食べられると文句も言えなくなる。

 「凄い美味しいですね…」

 そう頬を染めて言う琴遥の様子を見て出葉はため息をついた。板前の店主はそんな様子の琴遥を見て嬉しそうに言った。

 「そんなに美味しそうに食べてくれる子は初めてだよ。」

 板前の店主はすっかり、出葉と琴遥の様子を見て少し年の離れたカップルかと思っていた。琴遥はしっかりしているせいか実年齢よりも上に見られることが多く、また出葉は屈強な肉体をしているが実年齢よりも下に見られることが多かったせいだと思う。だからこそ、皆なにも不思議に思わず接していた。

 結局、今日はいいように使われて出葉は終わった。と言うのも、琴遥に一旦敵認定された者はことごとくいいように使われる未来が待っているためである。

 両親を消すと言ったこともそうだし、自分の成績についても言っていた。都合の悪いことを言っている者は琴遥には全て敵認定される。普通人は、皆と仲良くなりたいと思うものだが琴遥は違う。そこのところがしっかりしているのだ。嫌われてでも自分の好きなように思い望んだことをする癖があるので、人でも何でも好きに動かす。嫌われると琴遥は滅多に嫌いじゃなくなることが少ない。

 琴遥は出葉に子供のような笑みを浮かべて頭を下げた。

 「本当にありがとうございました。」

 そう言われると出葉はなにも言えなくなる。

 「…頑張れよ。」

 出葉がそう言ったので琴遥は笑った。

 「もちろん。自分が恥をかかないようにします。」

 「…そこは変わらないのか。」


 琴遥は玄関に沢山の荷物と共にやってきた。これを一つ一つ持って行かなくてはならないのかと思うの気が滅入った。それなので彼らを呼ぶ事にした。

 玄関に荷物を置いたまま、303号室に向かうとそれぞれがそれぞれの仕事をしているところであった。

 「買ってきてくれたんだね…あれ?」

 そう李空が首を傾げた。

 「玄関に置いたまま来たから持っていってくれない?」

 「…それはちょっとまずいんじゃないでしょうか。」

 そう善彦が呟く。

 琴遥が善彦の方を見た途端、菖蒲が言った。

 「誰かに盗られるわ…」

 「でもあれ誰かの者だって分かるでしょ?」

 琴遥は片眉をあげる。

 「俺たちにそれは通用しない。置いてあったらもう誰のものでもない。」

 「……」

 「早く行こう!」

 とのことで彼らは人間である琴遥には想像もつかないような動きで、琴遥の横を通り過ぎて、一斉の扉から出ていった。四人がこの狭い扉からどのように一緒に出たのかは分からなかったが琴遥は彼らの後を追いかける事にした。

 結果をいうと幾つかすでに盗られていた物があった。

 「どうしよう…」

 そう菖蒲が暗い顔で呟いた。

 「それがなきゃ外に出られないんだよね?」

 琴遥はこくりと頷いた。

 「一人一人に聞けばいいじゃん。」

 「隠すに決まってる。」

 そう清は苛立ったように言った。琴遥はため息をついた。

 「もう私買って来たくないからね。」

 「…この格好でもいいだろ?」

 清がギロッと琴遥を見た。琴遥はは?と腕を組んで清を煽るように見た。

 「じゃあ私の近くに来ないで。そんな変な格好でいる人と知り合いだなんて思われたくないから。」

 「っ…!?何だと!?」

 清が声を荒げた時だった。李空が清を大人しくさせる。

 「ほら清…琴遥のせいではないんだから。」

 「だけど…こいつ。俺たちの格好が変だとか言いやがった。」

 「それは…今の時代とは合わない格好をしているということだよ。」

 善彦は琴遥に少し近づいた。

 「なにか手はないですか…?」

 「さぁね。」

 「…琴遥。私探してくるわ。」

 そう菖蒲が半ば諦めたように呟いた。

 「見つかるまで琴遥。帰れないわよね。」

 琴遥はビクッとした。

 「……帰るよ。見つからなくとも。」

 「えぇいいの?それじゃあこの姿の私達と一緒に行動する事になるんだけど。」

 そう菖蒲が琴遥に困った表情を向けて聞いた。琴遥はうぐっと言葉に詰まる。かと思ったら琴遥ははぁとため息をついて一歩前に出た。

 「どこに何があるかは分かるから、探すの手伝ってくれない?」

 清と李空、そして半ば諦めていた善彦、にこりと笑った菖蒲が琴遥の方を見た。無論、琴遥の事だから抜け目なく対策を考えてあった。だがしかし、やるのが面倒臭い。それを見抜いた菖蒲は琴遥に探させるように仕向けたという事であった。

 「なんでそれ黙ってるんだよ。」

 「私関係はないから。…この場所が変なの。」

 「は!?」

 「清。ちょっと落ち着いてください!」

 そう善彦が清をなだめる。李空が少し冷めた目で琴遥を見た。

 だがまぁ、琴遥の言ったところを探すと持って行った怪異も分かったし、どこにあるのかも分かった。

 「ったく早く言えよ。」

 清が不満げにそう吐き捨てた。善彦がそんな清を見てなだめ、そして琴遥がそれ以上煽らないように見張っていた。

 「菖蒲。」

 そう李空が菖蒲にこっそりと話しかけた。

 「やっぱり…琴遥は根がひん曲がっているのかな。」

 「いいえ。彼女はいい子よ。…ちょっと目をかけてやることが必要なだけ。…ちょっと、ちょっとね。」

 菖蒲はふふっと琴遥から目を離さずに人間と比べると尖った犬歯を手のひらで隠して笑った。

 それを李空が見て少し首を傾げた。

 「……そうか。」


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