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漂浪〜霊感少女の日常記〜  作者: 桜餅
序章
7/21

長期的採用

 白位から黒位、銀位から金位と通じそして一つの議案が人間側に提出された。


 漆喰壁にヒノキの机の上にその議案が提出された。


 「……いいのか?本当に。」


 そう聞いたのは屈強の体をした、警察のような装いをした男だった。


 「……しょうがない。何よりこれは本人が望んでいることだ。それに、これ以上不自然な行方不明者が現れないように、警察側、政府も望んでいることだろう。」


 そう答えたのは、同じく警察に似た装いをした女だった。赤い紅を引いた唇が印象的なものである。


 「だが、これで何かあったらどうするつもりだ。」


 男は顔を上げて女の顔を見る。女は唇を釣り上げた。


 「揉み消せばいい。周りにいる者達。存在自体をな。」


 なんとも言えず男は目線を下げた。





 「…と言うことでここで長期的に働いてもらうことになる。期限は連続行方不明がなくなるまでだ。」


 そう李空が告げた先には露骨に嫌がる清と、鼻に皺を寄せる善彦。そしてあらま、と気の毒そうな視線を向けた菖

蒲とあんぐりと口を開けた琴遥がいた。


 「私が?なんで…」


 「詳しい話は向こうで聞いたらいい。」


 そう言われて指し示された方向にはあの金色の大きな鳥がいた。もう二度とあれを経験するのはいやだ。


 琴遥はそう思ったが、詳しい話を聞かないことにはどうにもならない。


 金色の大きな鳥に近づき足に触れた。足も普通の鳥とは比べ物にはならないほど大きいもので琴遥の顔より片足が大きい。


 眩い光に包み込まれたかと思ったらそこは警察の取り調べ室のようなところであった。


 そこでは警察のような男と女が待っていた。


 「琴遥さん。」


 そう男は言って椅子に座るように指図する。琴遥は止むを得ず席に座った。


 「なんですか?」


 「……今回の件は君の協力が必要不可欠なんだ。君に協力してもらわなくてはならない。」


 そう女がずいっと身を乗り出して言った。


 「……嫌です。」


 「そうなると、君の親御さん。あぁそれと…君の周りにいた人達に被害が及ぶことになるだろう。」

 女は面白そうにそう言って笑った。


 「………そんなこと…」


 「できる。知っているか?一年でどれほど行方不明者が出ているか。…数人増えたとしても誰も気にしない。」


 琴遥はため息をついた。


 「私、今回の異界駅についてだけでいいんですよね?」


 「あぁ。協力しろ。」


 琴遥は女と男を目を細めながら見返す。どうあがいても協力せざるを得ないようだ。


 「……私何したらいいんですか?」


 異界駅に行ったとしても、それでなんの役に立てると言うのだろうか。


 「君の体に染み付いている異界駅の怪異の気配を辿っていく。」


 「言っておきますが、それって私が行った異界駅のみですよね?私が行かなかった他の異界駅はどうなるんですか?」


 女が赤い唇を釣り上げた。


 「異界駅はそれぞれが繋がった線路の中にある。どちらにせよ、君がいれば向こうへと行くことがたやすくなり、怪異を早く駆除できるだろう。」


 「それじゃあ私もまた異界駅に行かなきゃいけないんですか?」


 「あぁ…だが、危害はないだろう。共に行く怪異供が君を守ってくれる。」


 琴遥は肩をすくめる。


 「何度か殺されかけてるんですけど。」


 「まぁそこはうまくやってくれ。」


 女はニヤァと笑った。


 「思った以上に話が通じやすい子供だな。…普通じゃない。」


 琴遥は深々とため息をついた。


 「これでも色々あってですね…まぁそこはいいじゃないですか。」


 そう言葉を濁しながら目線をそらす。


 「家には帰れるんですか?」


 「あぁもちろん。いつまでもその制服姿だとこの時期は辛いだろう。」


 真冬のとても寒い時期。生足が剥き出しになっているこの制服だと凍りつきそうな寒さだった。


 「だが…毎日あの場に通ってもらう。」


 「どうやって?」


 女は男の方を見た。男は壁に触れた。かと思った瞬間、その壁にぽっかりと暗い穴が空きそこを見ながら男は言った。


 「このように空間を繋げる術式を君の家の近くに作っておく。そこから直接向こうへ行け。」


 「分かりました。」


 琴遥は頬づえをついてそれを見つめながら吐き捨てるようにそう答えた。







 家に私が帰った時、青い顔の母が暗いのに電気もつけず、リビングのソファにだらりと腰掛けていた。私を見た瞬間、勢いよく立ち上がって泣きそうな顔で私を抱きしめた。


 「ごめんなさい…本当にごめんね…」


 私は母に回された腕にすがるようにした。母の匂いがして身体中の緊張がほぐれた。


 「お母さんのせいじゃないよ。」


 私はそう呟いた。そう、母のせいではない。


 元々私が悪いのだ。普通とは少し違うから。


 私には力があった。昔感じていた空想力というのは言わば見えてしまっていた世界だった。色々見えるが故に他の人には信じてもらえないなどの疎外感を感じていたのは昔のこと。今では母も父も信じてくれるようになった。


 だけど、私にはもう一つ。二人には隠していた事件があった。


 小学五年生の夏休み。祖父母の家がある田舎に滞在している時、私は同じように神隠しに合った。その時に辿りつ

いたのが古びた社だった。


 その時に私は狐に包まれたような感覚に陥り、気づいた時にはその社の中に入っていた。あの小さな社にどうやって入ったのかわからないが、気づいたら社殿の中にいた。社殿の中はジメジメしていて木の匂いがした。


 誰もいないのに、四方に置いてあるロウソクが印象的で威圧感がする中、私はど真ん中で正座をしてあたりを見回していた。立ち上がる事が出来ず、首を回して何かないか探している時だった。


 さっきから一つも動かなかったので気づかなかったのだが、ろうそくの影になっているところに白い着物を着た白髪のおかっぱの少女がこっちを見つめていた。


 「え!?」


 少し恐怖を感じ、後ろに下がろうと思った時だった。その少女はしなやかに立ち上がって、ゆっくりとこちらに歩を進めてくる。


 そして私の目の前に腰を下ろしたかと思うと、白い酒器を渡して来た。ろうそくの色だろうか。赤く揺らめいている気がする。


 飲めという事だろうか。


 私はそれを恐る恐る受け取り、口元に運んだ。ごくっと喉を鳴らして飲むとピリッと舌が痺れるような感覚がした。そのあと、口内、唇、顔、喉、首その痺れが身体中に広がり始める。


 気づくとそこには先ほどの少女はおらず、目の前には暗い森が広がっていた。


 神隠しにあったと言っても数時間のこと。祖父母には言っていないし、母や父にも言ってない。


 だけどそれが確かにあった。


 それから私の体は変だった。運動神経の増長。動体視力。そして、何より不思議な力を使えるようになっていた。


 使うときは必ずパチパチと痺れるが使えることには使えるみたいであった。一番この最近で使ったのが、異界駅からサラリーマンを送り飛ばすときだった。やり方もよくわからないが、空想、想像することによってそれが実現かするという能力が芽吹いてしまったのだった。全く自分の事ながらどういうことかは分からない。だが、友達の影響でハマったアニメの再現を忠実にそのままできるということには驚いたし、素直に感心した。だがこれを一体どう使ってやろうかと企んでいた最中の事だった。


 あの異界駅に連れて行かれたのは。


 全くもって最悪な話である。


 変な力が私に宿ったことはそこまで気にしてなかった。だけど、私はあのとき栗原というサラリーマンを元の世界に送った。それが気に食わない。


 あれはただのホッカイロだったはずだ。助ける義理もないのに、助けられる義理もない。私がそういう気分だったのかもしれない。


 その後、私だけ怖い思いをした。あの毛むくじゃらは見た目も気持ち悪いのに、匂いも最悪でその匂いを嗅いだ途端、卒倒するほどであった。あの後は思い出すのも嫌になる。古びた建物の中を埋め尽くすほどの大量の気持ち悪い生物達。生物と言っていいのかは分からないが、天井、四方の壁、床をうねうねと這い回るミミズのようなものが沢山いて、それが私の体に巻きついたりした。


 もう二度とミミズを見たくないし、虫も苦手になった。


 サラリーマンは今頃ぬくぬくしているのかもしれないが私はこんな体験をしたのだ。もう二度と怪異達と会いたくないのはわかってくれるものも多いだろう。


 それにただ協力を求めるだけで、代償は何も払わない。私にとっては嫌な記憶が蘇るだけなのに、無償で協力しろと?


 人とはかけ離れた姿をした者達の中でトラウマを刺激されながら、これから働くというのだ。中学は義務教育ではないのか?


 それと政府と国民では国民が政府の上に立つというような教育をされたのだがそれが間違っていたのか。何故私がこのようなことに巻き込まれなければならないのだろうか。


 そうくすぶっている胸の内を母に話そうとは思わなかった。言ってもどうにもならないことを分かっていたからだ。


 私の肩で泣く母の背に手を回した。








 翌日、琴遥は五時に起きて、食事を取ってとても暖かい格好をした。今日は水曜日で普段ならば制服を着るのだが私服、スポーツジャージを着ていることに違和感が半端ではなかった。もこもこした上をその上から着た。カイロもいくつか身体中に貼ったので今日は琴遥も昨日のような寒い思いをしなくていいだろう。


 琴遥はあんなに震えていたのに、他にいた怪異達は薄着でも、ふんどしだけでも寒いようなそぶりをしてはいなかった。だからこそ、琴遥の震えと鳥肌に気づかなかったのかもしれないが、相当寒がっていた。


 琴遥は両親に泣きながら見送られ、玄関を出立した。そして家のすぐ近くに位置する珈琲店のガラス窓に映った自分を見つめた。誰かの視線を感じた。


 近くには小洒落た珈琲店があり、そこのガラス窓の奥にいる三毛猫を見つめた。この猫はかつてここで飼われていた猫であり、すでに霊体になっていた。不思議と怖くはなかったが、たまに人の形になって椅子に座っているのを見ると変に思う。


 そんなことを思っているとガラス窓に映る琴遥の姿がぐにゃりと揺れそこから消えた。そして現実世界の琴遥の姿も消えていた。


 今日から長期採用となった琴遥の最初の日であった。


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