一章 突如現れた人間
時は平安時代から千二百年経った平成時代。我ら妖怪、怪異には居場所がなくなりそれぞれが隠れ住むようになった今、ここ関東のある山の中にひっそりと佇む廃旅館に人の世に残る妖怪、怪異がちらほらと潜んでいた。
廃旅館とはいえど、手直しされているため中は整頓されて、綺麗にされている。
そして彼らは今現在人の世に蔓延る悪影響を与える類の怪異に対する解決策を会議していたところであった。この人の世に残っているのも、この世の政治を司るもの達の目には余る存在であるらしく、その類の怪異と同一視されないためにも自らで解決するしかなかった。そうでもしないと、警察や自衛隊又、怪異対部隊に殺されてしまう。この身が残っていればよし。そう考える連中であった。
だがまぁ…生きづらい世の中になったものである。
しかし悪いことばかりではない。カラオケ、携帯電話、テレビ…妖怪の世にはない娯楽物ばかり。あちこちを見れば彩のない、妖怪の世と比べて彩ある娯楽に溢れている。しかも、グローバル化が進んだ今、食べ物にも困らない。缶ビール、ステーキ、ファストフード…これも妖怪の世にはないものだ。
人に化けることを学んだ怪異達は皆これらを求めていた。そして金を稼ぐため、人の世に滞在するためには人の世に蔓延る悪影響を与える類の怪異に対する解決策を考える他なかった。
この廃旅館の中には総勢で三十人ほどの妖怪とその他の怪異が幾百と住んでいた。基本統制が取れていない彼らだが、自らの命、金の為には統制を取らざるを得なく、結果的には金位、銀位、黒位、白位、紫位と位を定め、それぞれひとり、ふたり、よにん、はちにん、じゅうろくにんと位につく数を決め、それ以外の怪異を紫位に支かせることにした。
その中でも正義感が強く、命のため、金の為ではなく自らの感じる正義によって一生懸命ことをこなそうとする妖怪がここにいた。紫位につきさんにんの部下をまとめる頭であった。
黒いものが混ざったような白髪に尖った耳とずらりと並んだ歯。瞳孔は鮮血のように赤く、所々濁った赤色をして爬虫類のような縦に細い形をしている。そんな残忍な容貌とは裏腹に誠実な顔つきをしており、生真面目な性格が滲み出ていた。
うわ丈は人間で言うと高い方なのだろうが、妖怪の中では小柄とも言える百八十三センチで、程よい筋肉がついており、姿勢も良い。
人の良い笑みの形を作り、三人を見渡した。静かになったのを見てから徐に口を開くと今回の議題について話し始めた。
今回の議題というのが、連続不祥事についてだった。詳しい内容というのは、ここ最近電車を使用する乗客が異界駅に飛ばされてしまうということであった。場所は様々で北海道から九州地方まで。自力で元に帰れるものもいれば、帰れずいずれ死に至るということもある悪どいものであった。
「それは…許せないですね。」
そう反応したのは完全に人の姿とは程遠い姿をした妖怪だった。種を烏天狗と言い、黒い羽と嘴、月のような目に黒い動向をしている。嘴をカチッと鳴らして、許せないと言うのは彼自身も正義を感じているからであった。沢山の兄弟姉妹がいる彼は人情感じる性格をしていた。それに加え、紫位に対して尊敬畏敬の念を感じているので、紫位の言ったことを全て飲み込む癖があった。
「それはそんなに大変なことか?」
そうポツリと首を傾げながら呟いたのはボサボサした赤髪に緑色の瞳をした鼻と尖った耳の赤い姿をした者だった。
それを聞いた紫位は先ほどの穏やかな顔とは打って変わって冷酷な瞳でそのものを見つめていた。
「清。」
そう呼びかけられて清と呼ばれた妖怪は目線を落とした。とても良くなった方だった。自分の物差しで測る清は人間の世に入るにはいささか型に収まらない性格をしている。反対する者には問答無用で癇癪をぶつけ、暴力を行なっていたのだから、人間の世に適応してきていると言えるだろう。
「そうですよ。清。もし君が無理やり変なところに連れていかれて、それどころか、死んでしまうんです。…とても大変なことでしょう?」
ピクッと血管が浮き出た清は烏天狗を睨みつけた。
「何を知ったかぶりしてんだよ…この鳥頭が。」
烏天狗は目をみるみる見開いた。元々非協力的な彼らが今この状況で協力していること自体珍しいのだ。このような争いは日々であった。
そんな様子を冷静に見つめていた白髪の長髪をした線の細い長身の妖怪だった。
「まぁまぁ…いいじゃないの。清も分かったんでしょう?だったら善彦もそれ以上言わないの。それに李空もそんな怖い顔しないで。感じ悪いよ。」
困ったような表情でそれでいて笑みを絶やさずそう線の細い妖怪が言った。
紫位の名は李空と言った。そう言われて李空は不思議そうにその線の細い妖怪の方を見た。
「何故、ここに滞在する為の条件をやり遂げられない者を見逃す必要があるの?」
その目には一点の曇りもなく、そして本気でそう思っていることも感じられた。白髪の妖怪はため息をつく。
「確かにそうかもね…だけど空気が悪くなる。」
「あぁ…そうかもしれないね。やめようかこの話は。」
彼らは本題に戻った。異界駅に飛ばされるということは駅、もしくは電車に何かがあるということである。事態を解明しないことには、対策も立てられない。
まずは状況を知ることになった。
「もう私達は何十年も組んでいるの。私達なら出来るわ。」
そう微笑んだ白髪の妖怪はぐるりと皆んなの顔を見つめた。彼らはとても良いチームだった。足りないところを補い合い、知識を合わせて、今まで解決してきた。完璧なチームだったのだ。
突然の事であった。鈴の音がしたかと思うと目の前に体が現れた。見慣れない服を来ている。赤いリボンに、ひらりとした襟。着物にしては短い丈の裾。
紫位の集いで進捗状況を報告している時。皆の目の前、天井付近から突如、目がくらむほどの眩い光があたりを包み込み、そこから体が現れたかと思うとそれは重力によって木製の床に勢いよく落ちた。
うめき声が響く中、紫位達は興味津々にそれを離れたところから覗いた。
「…いったぁ。思い切り腰打った…」
そう言いながら腰をさすって立ち上がったのは、一人の人間の少女だった。
紫位達は身を隠すように物陰に隠れて、人間だ、人間だと呟いた。
少女は辺りを見渡し仏頂面で息を乱暴に吐き出した。
「別に誰だっていいけどいるんだよね?出て来てくれない?」
そうさも当たり前かのように物陰に小さく同化して隠れた怪異達を睨みつけた。
その中の一人が恐る恐る出て来た。
友好的な態度を忘れないようにだが、恐れるようすでその少女を見つめた。
「ここにどうして来たのかな?」
それが、琴遥と李空の初めての出会いだった。
次の瞬間、はぁ?と苛立ったように琴遥が李空を睨んだ。
「そんなん分かるわけないでしょ。ていうか自分でここに来たんじゃないし。あんた達、馬鹿なの?」
その最悪な印象を植え付けた琴遥の周りにはちらほらと怪異が姿を現しはじめた。怪異の姿を見ても動じる事なく、不機嫌な様子はそのままだった。
「…小娘の癖に…」
「一人くらい…消えても…」
「喰っちまうか…?」
不穏な空気が漂う中、鶴の一声が響き渡った。
「鎮まれ。……彼女は政府から助っ人として預かった御用人だ。」
そう言ったのは金色に輝く美しい羽をした大きな鳥だった。
「だが…」
「は?ちょっと待ってよ。そんなの聞いてないっ!」
一番動転しているのは琴遥であった。金色の大きな鳥を見て鋭い睨みをきかせる。
「そうだろう…これは君の親御さんと、政府関係者で決められた事だからな。」
「そんな…だって本人に断りとかあるでしょ?普通!?」
「君は今回の件に大いに関わっている。数日異界駅に滞在し帰って来たものなど君以外にはいないんだ…分かってくれ。」
「は?だから何?本当に嫌なんだけど…」
「あとは任せるぞ。」
そう言った金色の大きな鳥は瞬く間に姿を消してしまった。
ガシガシと頭をかいた少女はすっと無表情になり辺りを見渡した。
「それで?何?」
そのふてぶてしい態度が怪異の怒りを巻き起こした。だが、そんな中一人冷静な妖怪がいた。
「皆んな。僕が面倒を見るから任せてくれないかな?」
そう李空が尋ねた。
「あぁ。お前以外に面倒を見れる奴はいない。」
「期待しているぞ。」
とのことで、李空に引き取られた少女は李空の部下達の元に連れて行かれた。
ここで完璧なチームの崩壊が始まった。