忘れたい記憶2
「はぁ!」
栗原はハッと意識を取り戻す。ここはどこだろうと思って辺りを確認する。するとどうやら駅のようであった。時
間を確認して、同じように待合席に座る老婆の方を見た。
ここはいつも乗り降りしている駅とは違う。一体どうしてここへいるのだろうか。どうやら眠りこけていたらしい。
「……あの…すみませんが…ここは…あ、次の電車はいつ来ますか?」
「じきに来る」
そう老婆はこちらを見ずに目線を落としたまま言った。
「あぁ…そうですか。」
古びた駅内には蛍光灯がいくつか並んでいるだけで、栗原と老婆以外には誰一人いなかった。
そう思いながら辺りを見渡していると、老婆が突然に顔をあげにっこりと皺を更に濃くして、笑って言った。
「タマヒメが泣いているからゆっくりして行きなさい。」
栗原はじっと老婆の方を見つめた。
「たま…ひめ?」
その時、二人以外には誰もいないと思っていたホームにキャップ帽を被ってボールを持った少年が立っていた。
「うわ!…い、いつの間に…」
「お兄さん。電車は来ないからこっちに行って。」
と告げて、ついて来るように手招きをした。
訝しがりながらも栗原は少年の後についていくと地下鉄のように迷路みたいな道をグネグネと曲がりくねりながらついた先には簡素な扉があった。赤いペンキの塗られた扉で所々ペンキが剥がれていて、酸化した銅が見えた。
「……ここに入るの?」
そう聞こうとして後ろを振り返るとそこには誰もいなくただ、まっすぐな白い何もない廊下が続いていた。
栗原は扉に手をかけた。
気づいたらそこは栗原の住む1LDKのアパートであった。
「…あれ?一体何だったんだっけ?」
静まり帰った階段を上がっていくと、ゴミ出しをする住人と出くわした。
「やぁ今お帰りかい?…随分と顔色が悪いね。」
「あぁ…なんか睡眠不足らしくて。」
あはははと笑いながら栗原はその住人と別れ、そしてそのまま自分の部屋の前に行く。ポケットから鍵を取り出そうとして手を突っ込むと鍵以外のものが入っていた。
「何で…懐中電灯?」
小さなポケットに入るくらいの懐中電灯が入っていた。色は青でよく見るとても安い物である。
「なんかのイタズラかな。」
そう呟いて、栗原は大きくあくびをする。
「………もぅねっむ。」
栗原はその懐中電灯を気にも留めず、そしてそのことを思い出したのはそこから一週間経ってからであった。
その日の朝、憂鬱な気分で用意を終えた後、焼けたばかりのイチゴジャムを塗った食パンと、牛乳を立ちながら食
べていた。
顔面蒼白になり朝のテレビニュースを食い入るように見つめる栗原は手に持っていた食パンを床に落とした。無残に飛び散るイチゴジャムが床をべたりと汚す。
「……行方不明…見つかった?」
唇を震わせて口を開く。
「忘れてた…宇草琴遥。…琴遥ちゃん!」
私を見た父と母は涙を流しながら私を抱きしめた。今まで私が言っていたことが初めて理解された瞬間だった。頭ごなしに否定されるようなことも今ではなくなったがそれと引き換えにしたのはあまりにも大きな犠牲だった。
「ごめんなさいね…話を今まで信じなくて。」
「いいよ別に。信じられるような話じゃないと思うし。私も何であんなとこに行っちゃったんだか分からないんだよ。」
「……」
警察もお手上げ、な状態であった。あまりにも不可解すぎていたのだ。初めてその時は知ったのだが警察部署の中でもその不可思議なものを管轄する部署がいるということを初めて知った。彼らに何かを聞かれる。
だが特に言えることもなくて、ぼーっとしていた。
これが私の消したい二つ目の記憶である。
そしてその後、忘れもしない。
「ここにどうして来たのかな?」
どこか落ち着くような優しくて懐かしい声。
来たくて来たわけではない。たどり着いた先がここだった。
そんな記憶も私にはある。今になってみるとこれは消したい記憶かもしれない。だがその時はいい思い出だと思っていた。