子供のいる家
今回はホラー回です。とある話を参考にしています。
ここか。転移の術を使ってその問題となる現場へやって来た。ここは関西の中の田舎。山が近く、谷上の奥まったところ。もし土砂崩れすれば全て埋まってしまうような一戸建てである。だが、敷地は広く、建物も新築同然。庭も少し荒れているだけで、私が思っていたような曰く付きの家には見えなかった。
ガラガラとスーツケースを転がし、家の中に入っていく。鍵を鍵穴に突っ込んでガチャっと鍵を開けた。中に入るとがらんとした靴棚が見える。広い玄関だ。
昔あった旧家みたいな広さである。靴を脱いで揃え、スーツケースを持ち上げて、家の中に踏み込んだ。中は綺麗にしてあり、長い廊下が続いている。その廊下の左右に部屋があるといった作りになっている。左側に入ると元々リビングだったであろう、広い一室があった。テレビが置いてあり、机も置いてある。家具はあるし、電子製品もあるし、IH搭載のキッチンがあるくらいだ。お風呂も自動に沸く。
「随分といいところ。」
そう私は呟いた。広い一方で、がらんとしていて、少しだけ冷たさを感じるが、一人暮らしをしたらこんなものなのだろうか。そう思い、私は二階へ上がっていく。
私の寝室となる部屋の中に入っていくとベッドの骨組みだけが残っている。マットレスを敷き、布団と枕を置いていく。しばらくここで生活するのだ。出来るだけ充実した生活ができるようにしよう。
一通り掃除をして、生活できる準備をした後、私はキッチンにて湯を沸かした。ここ最近のうちの流行りである梅醤番茶を作った。これは生姜を入れすぎると気持ち悪くなる。程よく生姜を入れないといけない。梅雨近くこの季節、体が冷えるので梅醤番茶で体の芯をあっためる。梅醤番茶を入れたマグカップを持ったままリビングへと移動するとふと、縁側のある窓を見つめた。
せっかく天気もいい。外で飲めばいい。私はガラガラと窓を開けて、縁側に座って足をほっぽる。
そして、広々とした庭を眺めていた。雑草は生えているが、少し手入れをすればいい庭になりそうだ。近くには森があって山がある。山だから空気も澄んでいて、ピリッとした冷えた空気をしている。裏庭には林があり、入る前に見たところ、いかにも黒髪の白い着物を着た女性が出てきそうな井戸があったが、まぁ気味悪いのでそれ以上触れなかった。
ぶるりと体を震わせてマグカップに唇をつけた。ふぅとしたあとそのカップを傾ける。
「あつっ…」
本当に熱いものは苦手。それでいて冷え性。体が冷えたらお腹と頭が痛くなってくる。夏でも末端は冷えたままなので、冷えは天敵なのだ。
こくりと程よい暑さになった梅醤番茶を飲む。ジワリと食道から胃へ染み込んでいく。
それにしても、この庭に夜出る幽霊を消滅させろという任務だったが、一体どうやったら消滅できるのだろうか。私は消滅という文字を頭に浮かべて口に出してみる。
この力を得てから、非現実的な事が可能になった。
例えば、空を飛ぶとかだったら『そういう映画』を見ていればできる。有名どころはDL映画などだ。走りつつぴょんぴょんと上へ飛んでいく。すると飛べるという寸法だ。前、一旦試してみたらできた。
消滅…あれか。目からビーム。考えただけで面倒くさくなって来た。
それじゃあ…次。アニメだ。アニメでいいものはないか。石化してそれを粉砕するとか?
私は素足で地面に立ち、近くにあった木の幹に触れた。そして、それをイメージしながら木を石化してみる。
「おぉ…」
石化できた。そして粉砕だ。石化した木を粉砕するイメージで幹を殴りつける。すると、ボロっと幹が崩れ落ちた。
しかし、いまいち使い勝手が悪い。幽霊が一体じゃなければ、どうすればいいだろうか。
後は…そうだな。
私は庭のど真ん中へと歩いていき目を瞑った。そして、体の中にある力を暴れさせるイメージで辺り一面の雑草を根から消滅させる。
「…どうだろう。」
目をかすかに開けると、先ほどまであった雑草が一気に無くなっていた。だがぐらっとするほどの目眩と血の気が引くほどの冷えがやって来た。
これは…ちょっと大変。
私はぐらっとバランスを崩して倒れこんだ体を頑張って立ち上がらせる。そして、縁側から這いつくばりながら中へと入っていった。
しばらく窓を閉めずにブランケットを体にかけて目を瞑っていた。すると、いつのまにか時刻は夕刻になっていた。体も幾分かよくなっている。
体を起こし、窓を閉める。
そして、大きくあくびをした。
まぁ今日はいいや。私はキッチンの方へ行き、今日の夕飯を作り始めた。今日は私の好きなイタリアンだ。パスタにタコのパン粉焼き。クリームの生ハム巻き。カプレーゼなどなど。一品づつ確実に作っていく。
しばらく作っていると外から虫の声が聞こえて来た。もうこの時期だ。虫の鳴き声もするだろう。
窓を閉めて、テレビをつける。そして、今日の豪勢な夕ご飯を食べ始める。
「うん。美味しい。」
我ながら上出来である。何でもできる私は苦手なことなどない。
口にカプレーゼを運びサクッと噛む。うまい。
私は多分、その分どこか冷めているところがある。それに加えて変なものが見える力があった。他の人とは違うところがあるんだろうなとは思いつつもそこまで気にしていないので、まぁ良しとしよう。
その夜ご飯を完食すると母から電話がやって来た。
「しっかり食べてる?」
と、尋ねられたので私は笑う。
「うん。食べてるよ。」カシャっと写真を撮りそれを母に送る。
「しっかり寝れそう?」
苦笑して私は頷きながら言う。
「大丈夫。本当にここの家はいいところだから。」
「………そう。それにしても…そこには琴遥以外にも子供がいるの?さっきから小ちゃい子の声がするんだけど。」
私は肩をすくめた。
「いないよ。多分、それが今回の敵だと思う。気づかなかった。…ありがとね。お母さん。」
母の息を飲んだ声が聞こえた。
「ねぇ…琴遥。本当に大丈夫?今すぐ帰ってきて…私は琴遥が心配よ。」
「大丈夫。しばらくしたら帰るから。」
「まさかそこ一人じゃないでしょうね?他に人はいるの?」
私は笑った。
「いるよ。頼れる大人がね。でも仕事の人だから変われないけど。」
「…分かったわ。お父さんからも何か…」
「お父さんも心配しているからね。」
と、父の声も聞こえてくる。私は笑いながら頷いた。怪異は気味が悪くて、理解できない。だけど、理解できなくても面白い怪異もいる。
「…大丈夫だよ。お休み。」
そう言って電話を切った。
さてとお風呂に入って寝るとするか。沸かしたお風呂に入っていると外から変な声が聞こえ始めた。これは…思った以上にうるさい。虫の声よりはマシかと思ったが何を言っているか分からないし、動いているような物音もする。
煩いと思いその日は耳栓をして眠った。
翌日、あまりよく眠れなかった私は大きくあくびをした。
「これは出て行きたくなるよ。」
私は簡素な執務机の上にある書類を立ったまま捲った。ここの家は何度もなんども所持者が変わっている。その理由はあの庭に出る何からしい。
それを霊能者やら、お坊さんやらが払ったり供養したりしたことはあるらしいが、今庭に出るということは、それらが無駄だったということだろう。だから供養とは程遠い、乱暴な対魔隊に任された。それでその仕事が私に任されたのだ。やり方も何も教えられていない状態でどうやってやれというのだろう?
「…まぁいいや。朝ごはん食べよ。」
朝は和食がいい。昨夜作っておいた副菜と炊いたご飯。味噌汁と焼き鮭。
「いただきます。」
顔を洗って服を着替えた後、私は朝食にした。庭が見えるが全く昨夜の痕跡はなかった。
琴遥はその日、課題を終わらせ新しい勉強に着手していた。経済学である。元々難しい印象を持っていた経済学も簡単に書いてある本を読めば以外にも飲み込みやすく、その上そこから入り深く学ぶ事ができる。
一日中スマホをみてゴロゴロしているのも悪いと思ったため、考えた策である。
その日の夜。琴遥は変な声がし始めた頃、家の外に出た。そこで、その声の正体を発見する。
赤黒いぐちゃっとしたいくつもの塊のようなものがもぞもぞと庭を這っていたのだ。何を言っているのか聞こえなかったと昨夜は思ったのだが…かすかに母親を恋しがる声が聞こえる。琴遥が庭へ回った途端、その塊は琴遥の方に動き始めた。
かつて、あるところに寺があった。織田信長や秀吉が羽柴の時代のことである。織田に反旗を翻した三木へ味方し、食料補給ルートの役割を担っていたその寺は羽柴秀吉、秀長によって焼き討ちにあった。
武装した僧侶たちは逃げ場がなく、深い底の見えない谷へと落ち死んでいった。
そして、その寺の周りには孤児がいた。戦闘が始まり逃がされた孤児たちは一団となり、北東の尾根伝いに逃げていったがついにここの山で秀吉らに出会い、無残に斬り殺されたという。
ここはその哀れな孤児たちの亡骸を里人たちが葬ったところなのである。
この子供達の年はまだ十歳にも達していなかったものが多かったらしい。
琴遥は静かに自分の方に這ってくる塊を見つめた。
そして、目を瞑り昨日の昼間やったように全ての塊を撲滅した。体からぐわっと力が抜ける。うっすらと目を開けるとそこには塊は一つもなく、変な声もしなかった。
重い体を起こして琴遥は縁側から家の中へと入る。靴は縁側に脱ぎ捨ててぐったりと床に伸びてスマホをとり、そしてどこかへ電話をかけた。
「…出葉さん。終わりました。」
琴遥は出葉に電話をかけた。出葉は今まで他の仕事にあたっていた。今ちょうど終わったところである。やっと職場に戻り、報告書を書いている最中だった。
「分かった。明日そちらへ向かう。報告書は今日中に仕上げろ。」
琴遥はガンガン痛む頭を抱えて唸った。
「無理です。明日仕上げるので今日は休みます。」
「……何かあったか?」
と、出葉の少し心配するような声が聞こえ、琴遥は少し腹をたてる。何かあったかと言われても、消滅のいろはも教えられてない状態でやったのだ。何もないわけがない。逆に何を見て何もないと思っていたのだろう。
「失礼ですが…」
と、いいかけたとこで琴遥の声が途切れた。出葉はスマホを耳に当てる。電波が悪くなったのかと思ったがそうでもないらしい。
「琴遥。どうした。おい。」
そう呼んでも琴遥の返答はかえってこない。もし、また琴遥が失踪したら自分の責任になる。焦った出葉は電話をかけたまま転移の術で琴遥のいる神戸のその例の家へと向かった。
玄関の前に現れた出葉は家の中に電気がついていないのを見て嫌な気配を感じた。
玄関は鍵がかかっている。一回、どういう間取りなのか中を見たことがあった。そのため、縁側の方にいるのではと出葉は回ると、ガラリと開かれた窓から風に靡かれてカーテンが出ているのが見えた。そのカーテンを開くとそこには自分との通話が繋がれた琴遥のスマホが光を発して転がっていた。どこへ行ったのか分からないが非常に不味い事態になっているようだ。
出葉は琴遥を心配しつつ琴遥の捜索をする事にした。
「…不服だが、あいつに連絡するか。」
と、出葉は顔をしかめて嫌そうに呟いた。
琴遥はうっすらと目を開ける。また寝てしまったのだろうか。そう思ったのはつかの間。うっすらと開けた目から見える天井がまず違った。洞窟のような天井でゆらゆらと影が揺れているのだ。琴遥は現実逃避をしようと目をまた閉じた。
だが、無理やり起こされるように乱暴に意識が浮上していく。目を開けざるを得ず、目を開くとそこには一つ目の猿がいた。
「……なに。」
琴遥は猿を手でどかし身を起こすとどろっとしたぬるい気配にブルリと体を震わせた。今、背を向けている方向に何かがいるに違いない。だが、なんだかはわからない。気味が悪い。
琴遥はゆっくりと顔を後ろに向けようとした。心臓がどくどくと早く脈打っている。そして、ようやく振り返り正体を見た琴遥は体を縮こませて小さく震えた。
そこには赤ん坊がいた。ただの赤ん坊ではない。琴遥の何倍はあるだろう巨体と、まだ母の胎の中にいるような未熟の体。ついたままのへその緒。どろりと血でぬめり汚れた体。そして奇怪大きく開いた口。見てはいけない!そう本能が叫んでいた。
「なん、で…」
琴遥はじりじりと後ろへ下り、一つ目の大きな猿の隣まで下がった。そこで気づいたが、この猿。成人男性と同じくらい大きい。
くちゃくちゃと母の乳を吸うかのように一つ目の猿よりは小さい猿の亡骸を手で持って、吸っている。その赤ん坊はその猿をこっちに投げて口を開いた。
「ころした…おまえ…ころした…」
赤ちゃんの声でそう言われた。
もしかして…あの孤児の子供の塊のことだろうか。
「あれはすでに死んでいた。元々生きていた子供だったけど、今は死んでいるから…」
その時、猿に琴遥はぐいっと肩をつかまれた。そしてグイグイと赤ん坊の前へと押し出された。ひっと息を飲む琴遥はなすがままに赤ん坊の目の前にいた。
臭い息とネバネバした何かが体につく。産まれた赤子の体ではなく、妊婦の腹のなかにいる未完成の赤子。手には見えない手が琴遥の方に伸ばされた。化け物じみた力で、両足が掴まれて赤ん坊の縦に力なく開いた口の中にほおり込まれていく。
「ちょ、ちょっと…やだ…ねぇ…や」琴遥の声が恐怖で甲高くなっている。
顔まで口の中に入れられそうになった瞬間、赤ん坊がうえっと嗚咽を漏らした。その瞬間、赤ん坊の口から勢いよく琴遥は飛び出してきた。琴遥は少し目に涙を溜め、赤ん坊の方を見る。赤ん坊は琴遥の方を恐ろしいものを見るような目で見てきた。
その赤ん坊はハイハイで琴遥に背を向け奥の方へと這っていった。琴遥は何があったのか分からなくて、体にベタベタついたものが気持ち悪くて一つ目の猿を睨みつける。
一つ目の猿はそんな琴遥のことなど知らん顔で赤ん坊の方に行った。すると赤ん坊は猿を勢いよく殴り、猿は勢いよく琴遥の方に飛んできた。琴遥の前に力無く倒れるその猿には頭がなかった。
本当に何故こうなったのだろうか。琴遥は赤ん坊の方を見つめることしかできなかった。
しばらくして、背を向けていた赤ん坊がこっちを向いた。
「…なにやつ…」
と、口をパクパクしながら赤ん坊が琴遥に近づかないようにして尋ねてきた。
琴遥の恐怖で引きつった顔が次第に睨みつける表情になった。
「この化け物っ…私が何者だっ?そんなの知らない!……よくも私を食べようとしたわね!?…今までの喰われかけてきた経験の中で…一番最悪。」
琴遥は今までこの十三年間。あの日、リュウに会ったのを境にし、喰われかけてきた経験がなんどもなんどもあった。その中でおどろおどろしい怪異に喰われかけたり、虫みたいな形の怪異に喰われかけたりしてきたが、間違いなく今回の赤ん坊に喰われかける経験がベストで最高に嫌なトラウマとなった。表彰できるかもしれない。トラウマを植えつけた、で賞だ。しばらくは赤ん坊が見れない。
「……おまえ…ヒトか?」
「人間か?はぁ?人間に決まってんじゃん!ったく本当に気持ち悪い…」
琴遥は顔を引きつらせて赤ん坊を睨みつけた。
赤ん坊は口をうにゅうにゅと動かした。そして言う。
「なんで…ころした?…なんで…」
赤ん坊の友達だったのだろうか。怪異同士仲が良かったとかそう言うことだろうか。
琴遥は体についたネバネバするものを払いながらそれにこたえる。
「仕事だから。供養しても未だこの世に未練があって怪異になった人間の子供なんて哀れでしかないでしょうが。」
「ちが、う…ちガウ、ちがうちがうちがう…」
赤ん坊は頭を振りながらだたをこねるかのように琴遥の方に勢いよく這ってきた。琴遥は後ろに逃げながらそれを静かに見ていた。次に何かされそうになった時はどうやって逃げるか考えていた。
「わたし…いけない」
赤ん坊はそう悲鳴のような声で言った。
突如、琴遥の目の前に赤ん坊が出現した。目は怒りでつり上がっている。だがしかし、その赤ん坊は特に琴遥に何かする訳でもなく静かに琴遥を見ていた。ずわっと体の力が抜けていく琴遥はその赤ん坊の方を睨みながらへにゃへにゃと地面に腰をつけた。
「これで…」
と、赤ん坊は言った。その時、赤ん坊の体は琴遥の目の前でどろっと溶けた。地面には汚い液が広がる。
だが次第にその液は形を形成し始める。琴遥の目の前からその液は光の届く範囲ギリギリまで勢いよく飛んでいった。その途端、その液体が地面から浮き上がり動きが止まったかと思うとそこには一人の人の形をとったものがいた。
着物を身にまとい赤いふわふわとした毛皮を首から肩にかけてはおり、民族のお面みたいな面をつけた者がしゃがんだまま静かにこちらを見ていた。体はとても大きく形から見ると男のような気がした。
琴遥も座り込んだままピクリとも動かず、その男を見つめた。その洞窟内には壁についた松明の炎がゆらゆらと青く揺らめいていた。
「元に戻った…?」
男は呆気にとられ、自分の姿を見下ろし言った。