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漂浪〜霊感少女の日常記〜  作者: 桜餅
2章
19/21

孵化

 「琴遥。…また見られてるわ。」

 と、沙羅がちらりと視線だけをずらしてそちら側を見た。琴遥は面倒臭そうに顔を顰めた後、すぐに視線をそちらへと向けた。すると見ていた本人から顔を背けられる。

 ここは教室内。次の授業がここの教室内で行われるので、ここから動かなくていい。それは良いとして、あれ以来、琴遥は目をつけられていた。

 退院し、松葉杖を机に立てかけた宮川姫愛がチラチラっと琴遥の方を見ていた。後ろから二番目の窓際の席にいる琴遥とは、教室の一番前の廊下側の席はとても離れているのだが、琴遥の方を盗み見るように姫愛はよく琴遥の方を見ていた。

 ここは女子校。噂に違わぬ、同性愛もよくあることであったのだが、彼女のそれが果たしてそうなのかそうでないのかはよく分からない。

 「…変なのに懐かれたね。」

 と澪が面白そうに人差し指を立てて琴遥に言った。琴遥は視線を落として気だるげにあくびをした。

 「ま、実害がないなら別にいいの。」

 そう琴遥は答えた。

 「ねぇねぇ、今日も来てくれないの?」

 「カフェ巡り?や〜だね。そんな面倒臭そうなこと。それに私には私で用事があるの。」

 「いつも用事入ってるのね。一体なんの用事なの?」

 と、沙羅が琴遥の方を見て尋ねる。琴遥は肩をすくめた。

 「さぁね。それはどうでもいいじゃん。」

 沙羅も特に深く詮索はせず、澪も肩をすくめて沙羅と顔を見合わせた。


 「あ!また届きました!」

 と、嬉しそうな善彦の声が響く。琴遥はその善彦の様子をちらりと横目で見て、特に興味なさそうにまた英語の単語帳を開いた。英語の勉強中である。いくら一回覚えても、使わなければまた忘れる。ただでさえ純日本語を使う彼らと一緒にいる時間が多いのである。暇な時間にでも英語を思い出す習慣をつけなければ、成績が落ちる。

 はしゃぐ善彦の方を皆が暖かい目で見ていた。

 善彦が包みを開くと、そこには達筆な文字で書かれた手紙、そして、天狗のうちわが入っていた。

 「…あー。」

 と、善彦が琴遥の方を見た。琴遥に天狗の団扇を盗まれた時、実家に頼んだものなのである。まぁいいかと天狗の団扇を懐にしまい、その手紙を持ち上げた。

 しばらくそれを読んでいたが、善彦はふっと笑みを浮かべたかと思うとそれをぐしゃっと丸めた。

 「どうしたの?」

 と、菖蒲が好奇心を抑えきれずに善彦に尋ねた。善彦は苦笑いを浮かべて首を振った。

 「なんでもないんですよ。でも…あぁ、そうだ。この人の世に…」

 そんな善彦の様子を不思議そうに琴遥は見ていた。琴遥は善悪の判断や、正義の心など持ち合わせてはないが、貸し借りについては途轍もないほど律儀であった。貸しを作ったままではいられない。何か恩返しをしなければと思っているが、琴遥は全く怪異のことが分からない。何が恩返しになるのだか。

 「……それは少しまずいんじゃないかな?」

 と、李空が少し声を強張らせて言ったのを境に琴遥は思考をこちら側に戻していった。ちっとも話を聞いていなかったので、何がまずいのか皆の話から推測する。

 どうやら人の世に野良の烏天狗の怪異が紛れ込んだらしい。それも今から数十年前の話だ。今の所、実害が出ていないので特に見つけるようなことはしないが、かと言ってそのままにしておいたらまずいのではないかと言うことである。

 加えて、その怪異は怪異もが恐れるほどの力を持った、善彦より強い怪異であるということ。李空はその怪異が人に害を仇なすのではないかと危惧しているということだ。

 だがそれにしても、怪異達の時間のルーズさには舌を巻くものがある。ここにいる怪異達はそのルーズさを幾分か直せているのだが、未だ時間にはルーズだと思うことが琴遥にはよくあった。

 「もし、そんな長期間人の世に身を隠しているのだったら、完璧に擬態しているんじゃないか?そしたら見つける事も容易じゃないぞ。」

 と、清が言った。

 「そうね。気配を全て消しているかもしれないわ。」

 菖蒲は顎の下に手を置いてふむと頷いた。

 善彦は少し暗い表情で付け足した。

 「しかもそれは…僕の兄、なんですよ。ハァ…」

 そんな暗い雰囲気を払拭するように李空が言った。

 「それは僕が密かに調べておくとするよ。いいね?他の人達の恐怖心を煽る必要はない。この事はくれぐれも内密に。」

 「分かったわ。」

 「あぁ。」

 と、菖蒲と清が頷いた。

 「琴遥もだよ。」

 そう李空に言われて琴遥はちらっと顔を上げた。

 こくりと頷いてまた視線を元に戻した。

 「ひとまず…次の任務について話そうか。」

 と、李空が指揮を取り直した。

 琴遥も耳だけそちらへ向ける。琴遥はここ最近、事務員としてここの事務仕事をやっていたのだが、どうやら今回は参加せざるを得ないらしかった。と、言うのは、今回の任務は人間の子供を狙うものであるからである。いくら怪異がうまく擬態したとはいえど、そのような怪異は人間の子供に擬態した怪異にはひかれない。人間の血肉という魅力が足りないのだ。

 「下半身のない女子生徒が腕だけで這ってくる姿をここ最近よく目撃されている。目撃者はいずれも中学から高校までの子供らしい。」

 そう言いつつちらっと李空が琴遥の方を見た。琴遥はこちらに興味を示さず、単語帳を見ていた。

 「…だから…今回は琴遥の協力が必要になるんだけど。」

 「あら、いいじゃない。久しぶりに皆で任務ができるのね。」

 と、嬉しそうに菖蒲が言った。琴遥は顔を上げてため息をついた。

 「じゃ、私は囮役すればいいって事?」

 「そうだね。できれば学校の登下校にも注意して欲しいんだけど。」

 琴遥は渋々と頷いた。

 「それと清。君も同じ年ぐらいに擬態してくれるかな?」

 そう李空が清に言った。清は顔を少し険しくさせて李空の方を見た。

 何故、清も擬態することになったのか。琴遥は不思議に思った。

 「…李空。清のことだけど…今回は琴遥がいるからいいじゃない。」

 「そうですよ。わざわざ…」

 と、善彦と菖蒲が李空に話しかけた。

 李空は清とこちらを不思議そうに見つめる琴遥の方を見て渋々頷いた。

 「分かった。…いいよ。今回は実害が出ているわけじゃないからね。調査だから聞き込みと、囮捜査をする。」

 清はホッとしたような表情を浮かべて琴遥の方を見た。琴遥は不思議そうに清の方を見ていたが清が琴遥の方を見たとき目線をそらした。

 「それじゃあ、役割を二つに分けようか。聞き込み調査は菖蒲、清、善彦。囮捜査は僕と琴遥。それでいいかな?」

 「分かった。」

 と、皆が頷いた。琴遥を守るのであれば一番腕の立つ李空が一緒になった方が良いということでこのようなチーム分けになった。

 聞き込み調査は明久のアドバイス通りでし始めることになった。目撃証言があった場所は全部で4つ。青森県。神奈川県。新潟県。長野県である。東北と関東中部に固まっている。


 「……琴遥。…これは?」

 と、不思議そうに尋ねる李空の目の前で琴遥はごくりとカフェラテを飲んだ。現在、中高生たちに混じって、カフェでブレイクしているところである。

 李空は琴遥の言いつけを守り、あくまで普通の人間の青年として振る舞っている。

 「だって、学校帰りの中高生と同じように過ごさなきゃいけないんでしょ?」

 カシャっと頬に手を当てて上目遣いで自撮りをしながら琴遥は答えた。Instaにあげよう。ここ最近、澪のカフェ巡りの誘いがうるさいので、こうやってカフェでわざわざ時間を潰すのだ。

 「下校中はこうやって過ごすのが普通なのかな?」

 李空はぐるりとおしゃれな店内を見渡して言った。人間に擬態して洋服に身を包んだ李空と制服姿の琴遥は窓際のあい向かいに座っていた。

 「今時の子はそうでしょ。」

 琴遥は満面の作り笑顔を浮かべてスマホで写真を撮った。

 「それで、琴遥は今何をしているの?」

 李空は不思議そうにスマホを持ってカシャカシャしている琴遥の方を見て聞いた。

 「写真を撮ってるの。」

 「写真…あぁカメラの奴か。」

 と、李空が納得したように頷いて言った。

 「僕が撮ろうか?」

 琴遥はきょとんとして李空の方を見た。

 「大丈夫。これは自撮りに意味があるから。」

 と、言って断った。そして、instaのDMから渾身の一枚を澪に送りつけた。すると満足したように琴遥はスマホをテーブルの上に置く。

 李空は少し居心地が悪そうに腕をさすりながら周りを見渡していた。

 琴遥はスマホを制服のポケットにしまった。実は話があり、わざわざこうやって機会をつくったのだ。琴遥は李空の方をちらっと確認して口をおもむろに開いた。

 「李空。善彦に借りがあるんだけど、何かそれを返す方法はない?」

 李空は琴遥の方を見た。どういうことだろうと思い琴遥の顔をまじまじと見つめた。

 「この前、あの猿から助けてもらったから。借りがあったままじゃ、居心地が悪くて。」

 「あぁ…」

 あぁ…善彦の話は本当だったのかと李空は驚いた。

 琴遥の意外な一面を見たような気がする。愛らしい子供なのだと微笑ましい気持ちになった。だが、待てよ…と思考が働く。『居心地が悪い。』それはつまり自分の為に解決しようとしているのか?やはり琴遥のこの恩返しは、結局は自分のためであることがわかった。…やはり琴遥らしい。

 李空は苦笑いを浮かべながら答えた。

 「…善彦は琴遥に優しくされれば喜ぶと思うよ。あと…そうだな。『あいすくりーむ』と『はんばーぐ』がもう一度食べたいって言っていた。」

 琴遥はふぅんと頷いて顔をあげた。琴遥がわかってくれたようで安心した李空は直後、琴遥に言われた言葉に目をひんむいた。

 「優しくするのは無理。だって出来が悪いのはあっちだからね。」

 「あ…えぇと…出来が悪い?」

 淡々と琴遥は善彦の悪いところを述べていった。

 「事務仕事でしょ?覚えが悪いし、集中力もない。少しそれで注意すればすぐに拗ねる。優しく、は絶対に無理。」

 「えぇ…そういうものなのか。」

 あまりの琴遥の剣幕に李空はおされていた。だが、頭を振って答えた。

 「いいや。善彦は出来がいいよ。出来ないのは慣れていないから…」

 琴遥は腕を組んで李空を睨めつけた。

 「え?慣れてないから?……私がお婆さんになった頃には慣れているのかしら?」

 人と怪異では流れる時間が全く違う。時間にルーズ。それは時にいいこともあるかもしれないが、日々の善彦との格闘に疲れている琴遥には言い訳にはならない。

 「……そう、だね。」

 李空はため息をついた。人の命は短い。怪異のすぐ、は人間にとっては長過ぎるのかもしれない。

 「でも本当に出来はいいんだよ。烏天狗一族は頭の良い物が多い。その中でも善彦は抜きん出ていたから…」

 李空はそう言うと口を噤んだ。


 「にいちゃ!いっちゃやだ!」

 まだ羽が生え揃っていない幼い烏天狗が、険しい顔をしている兄の烏天狗の着物裾に必死にしがみついていた。鋭い黄色い瞳がそのふわふわしたまん丸の小さな烏天狗を見た。

 ビクッと震えるその幼い烏天狗はまだ鍵爪が生えていない手を離した。

 「善彦。」

 李空の温和な声が響く。険しい顔をしていた烏天狗は李空の方を睨んだ。

 「何?」

 低い威嚇する声が李空に向けられる。李空は優しい笑みを浮かべた。

 「ほら…行こうか。」

 李空は寂しそうな視線をその幼い烏天狗に向けた。

 「……」

 返事をすることなく李空を睨みつけるその目に力がこもった。だがそれに李空は臆することなく悲しそうに微笑みを浮かべた。

 荒くれ者の烏天狗を、李空は引き取る事になった。


 そんな事を思い出しながら李空は目の前の琴遥を見た。琴遥は窓の外を見ながらカフェラテを飲んでいた。

 同じチームに配属されたから、もしかしたら善彦の過去に触れるかもしれない。その時に琴遥が善彦を刺激しないようにしなければならないなと思いながら目の前においてあるグラスの水を嚥下し李空は喉を潤わせた。

 「琴遥。」

 そう呼びかけると琴遥は李空の方を見た。李空はグラスを置いて、真剣な表情を浮かべて琴遥の方をまっすぐ見た。

 「もし、善彦の過去を知っても、それで善彦の事を誤解しないで欲しい。」

 琴遥は李空の方をまっすぐに見つめた。そして肩をすくめて言った。

 「誤解する以前に善彦に別に興味ないから。」

 李空はきょとんとして琴遥の方をまじまじ見る。あぁ確かに、こう言う子だったなと思って李空は笑った。

 「それなら良かった。」


 それからというもの、囮捜査のため夕方から九時くらいまで琴遥は歩かされることになった。噂のあった青森県、神奈川県、新潟県、長野県を毎日、毎日、歩かされた。琴遥の体力は人間にしては無限にあるのだが、怪異である李空はそれを凌駕する。毎日くったくたになっていた。

 時間的に学校が終わり、家に帰るまでの時間が勿体無いため、学校の近くまで李空が迎えに来るという習慣になっていた。

 琴遥もその生活にも慣れて来たところ、ようやく進展があった。

 聞き込み調査に進展があったのだ。その怪異は必ず、同じ時間帯に発生する。ちょうど六時頃。大体の生徒が下校したか部活動をやっている生徒が残っているかという時間帯に帰宅する生徒を狙っているらしい。

 今のところ驚かすだけですんではいるが、これから何かあっては遅い。早く見つけて対処しなくてはならない。

 「…あぁ…これか。」

 と、自宅でくつろいでいる琴遥は怪談話を見つけて呟いた。通称テケテケ。目撃情報は自分が生まれる前くらいからある。結構年季の入った怪談。

 しばらくは噂されていなかったのに何故また噂され始めたのだろう。そう思いながらソファの上で寝返りをうった。

 その怪談の中には明らかに実害と思われるものもあり、足を…下半身を鎌で切られるというものもあった。もし、これが何らかの形で繋がりがあるのならば、これから実害が出て来るということもありえるのかもしれない。

 「琴遥。」

 そう呼ばれて琴遥は身を起こした。母が琴遥の方を心配そうに見つめていた。

 「今、何を見ているの?」

 琴遥は自分のスマホを見下ろす。いつの間にこんなもの調べ始めたのだろう。今まで実生活にはこんなに影響してこなかったのに。

 「少し怖い噂話を見てる。」

 と、琴遥は答えて母ににっこりと笑った。

 「ほどほどにしなさい。もう寝る時間よ。」

 母にそう言われてリビングのテレビの横にかけられた時計を確認するとすでに十一時になっていた。子供は寝る時間。絶賛成長期の琴遥ならなおさらだ。

 「…もう寝るよ。」

 そう答えてスマホをダイニングの籠に入れた。スマホ中毒にならないために編み出した方法で、寝るときはスマホと離れる。それがこの一家での一つの健康法であった。


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