後日
今回は、あの偏屈者の琴遥の数少ないおともだちが出てきます。
琴遥は大きく伸びをした。意外にもぐっすりと眠れたのである。横を見るとまだ爆睡している善彦の姿があった。それにしても大きな布団だ。
今回のことについて…琴遥は不服ながらも善彦に感謝の念を抱いていた。
琴遥は善彦から自分の手に視線をずらすと、手のひらを開いて閉じてを繰り返した。どうやら今はあの力が戻って来ている。何故か分からないが、定期的に消えるこの力とは、ちゃんと対策をして付き合っていかなくてはならないだろう。
スマホを確認すると母や父から心配のメールが届いていた。一応返信し、今から戻るという旨を伝えておく。布団から出て、寝ていた布団を畳み壁にくっつけて置いた。ちらりとまた善彦を見る。軽い寝息を立てて寝ている。怪異っていう存在に今まで興味すら湧かなかったが、こうやって人間と同じような生活をしている怪異を見て、少し興味が湧いた。…怪異の睡眠事情はよく分からないが大体人間と同じなのだろうか。
「…昨日はありがとう。」
と、ぼそりと言って部屋を出た。そのままリュックと制服を持って玄関へと向かった。
家に帰ると両親が迎えてくれた。二人ともホッとした顔をして琴遥も緊張していた体の力が抜けた。
「何があったの?」
と、聞かれたので琴遥は肩をすくめた。
「…口外できないの。ごめんね。お母さん。」
「それなら…仕方ないのか。」
そう父に言われて罪悪感が生まれて来る。…二度と仕事以外で変なことに関わらない。琴遥は心に誓った。
琴遥の行く私立中学校は歴史の古い学校で、校舎はなんどもリフォームされているものの、古びているところは古びている。そのため、七不思議やら学校の怪談に溢れている。本当に関わらない方がいいなと琴遥は思った。
その後、学校へ行く用意をし、何食わぬ顔で学校へ向かう。
学校へ到着すると、周りは明らかにいつものような時間が流れていた。時間が過ぎていき、ホームルームの時間になる。教壇に立った先生が昨日の出来事を話し始めた。
「…昨日のうちに怪我をした者がいた。」
教壇に立っている担任の先生は若い男の先生である。丸メガネをつけた中肉中背。いかにもいい性格をしていそうな人である。クラスメイトに良く好かれている好青年という感じだ。
「烏丸先生。」
と、級長が手を上げて先生を呼んだ。さらりとした黒髪をハーフアップに縛った成績優秀な女子生徒である。
「彼女たちは昨日、準備室の中で何かの降霊術らしき物をやっていました。」
ちらりと私の方を見た彼女は特に何も言わずに手を下ろした。私を強引に誘っている子の声が大きかったのだろう。
「…降霊術ねぇ…先生が子供の頃もこっくりさんでこわい噂があったな…特に関係ないとは思うけど…どうなんだろうね。」
そう烏丸先生が言ったのを境にざわざわとしだした。
ホームルームが終わり、琴遥が憂鬱な気分で頬つえをつきながら曇り空を見つめていると、級長がやって来た。
「ねぇ…琴遥。」
琴遥はちらっと級長、もとい朝凪沙羅の方に仏頂面を向ける。その時、琴遥の前に飛び出して来た女子生徒が沙羅に背を向ける。
「ねぇねぇ琴遥。昨日コックリさん…やってたよね?」
そう言って来たのは色素の薄い髪を一つにまとめ、日本人離れした白い肌。薄いピンク色の唇をしている久遠澪であった。
「二人とも…何しに来たの?」
と、琴遥は面倒臭そうな顔を隠しもせずに二人の方を見た。
「何言ってんの。琴遥が心配なのよ。全く…幼馴染じゃない。」
そう沙羅が眉をひそめて言った。幼馴染とはいえど、琴遥と沙羅、澪は幼稚園が同じだったというだけである。小学生時代は皆バラバラになってしまったので、疎遠だった。
「…さっきさ…コックリさんをやった人達が次々に変なことに巻き込まれてるって聞いたから居ても立っても居られなくて!」
そう澪が心配そうに薄い茶色の瞳を潤ませて向けて来た。琴遥は面倒臭そうに手を振った。
「大丈夫だって…気にしないで。」
「不幸中の幸いでコックリさんをやった人達は死にはしなかったらしいけど、これ…人ごとじゃないのよ。」
と、沙羅が言って来た。
「は?」
琴遥が眉を顰めて沙羅の方を見た。沙羅と澪が顔をすごめて琴遥に近づける。
「あのね…私達。この前二人でコックリさんしてみたの。」
琴遥はまじまじと二人の方を見た。
「だから自分の身に何かが降りかかるのが怖いってこと?」
そう琴遥が聞くと、沙羅が肩をすくめた。そして堂々と琴遥に言ってのける。
「それ以外に何があるの?」
だと思ったと琴遥はつぶやいて、澪の方を見る。
「最後までしっかり終わらせた?」
澪はニィと琴遥の笑みによく似た笑みを浮かべた。
「勿論!」
「じゃ気にしなければいい。」
琴遥はため息をついた。
「今日はあの子のお見舞いにいかなきゃ…」
「あの子って昨日一緒にコックリさんやった子?」
琴遥はそれには答えず、またため息をついた。
「名前も知らないのね。琴遥。彼女は宮川さんよ。」
「了解。宮川さん大丈夫ぅ〜?って、行けばいいのか。」
琴遥は皮肉めいてそう沙羅に言った。沙羅は口元に手を添えて笑う。
「名前も知らない子のお見舞いに行くなんて何があったの?」
琴遥は肩をすくめる。
「…目の前で事故られたら…流石にいかなきゃいけないでしょ。評判悪くなりそう。」
二人は顔を見合わせてふぅんと頷いた。
放課後、琴遥は同級生の宮川の元へ花束を持って訪ねて行った。
「こんばんは。調子はどう?」
宮川は足の骨と肋骨をやっていた。
目を覚ましテレビを見ている患者服を身につけた宮川は、訪ねて来た琴遥を見て少し驚いて言った。
「どうして来たの?」
「私の目の前で事故ったから。」
「そっか…」
宮川はどうやら事故前後の記憶があやふやらしい。琴遥は花を窓際に置いてある花瓶に飾った。
「これここでいいよね。」
「…うん。ねぇ…変なこと聞いてもいい?」
琴遥は背を向けたままうんと返事をした。
「私たちが見たあの猿の化け物って…ほんもの?」
琴遥は曇る空を少し睨んだ。そして振り返って宮川の方を見て優しく微笑んだ。
「私は猿の化け物なんて見てないよ。きっと…見間違いだと思う。」
「でも」
琴遥は首を振って宮川の座るベッドに腰掛け、恐怖に歪められる顔を見つめながら手を取った。少し手が冷たい。体も震えている。
「もう大丈夫。あれは見間違い。いい?見間違いなの。…もう変なことは起こらないから。ね?」
琴遥は誰にも向けたことのないような声音と穏やかな表情ではっきりと断言した。
宮川はまじまじと琴遥の顔を見つめる。琴遥は控えめに言っても美少女の類である。その琴遥が現在、自分に面倒ごとが回ってくるのが嫌で作った渾身の聖母のような表情を浮かべているのである。同性であろうが、見惚れない者はいないだろう。
コクっと宮川は琴遥から顔をそらして頷いた。
さてと、と言って琴遥は立ち上がってリュックを手繰り寄せた。そしてそれを背負い、宮川に別れの挨拶をして病室を後にした。
病室の扉を閉めた直後、琴遥の顔はいつもの仏頂面に戻った。愛想のかけらもない。
そのまま琴遥は仕事場へと向かう。
一方その頃。
「どうしたのよ?」
頭を抱えて唸っている善彦の方を見下ろし、菖蒲は周りの者たちに声をかけた。清は知らないと言ったように顔をそらし、李空は苦笑いをしている。
「昨夜、琴遥が泊まりに来たんだよ。」
「え?そうなの?……それで?」
若干ジェラシー気味の菖蒲が善彦に先を促す。
「善彦に任せ、琴遥は善彦の部屋に泊まったんだけど…」
善彦はウンウンうなるのをやめて顔を上げた。
「実は…気のせいかもしれないんですけど…琴遥にお礼を言われた気がするんです。」
「「「え!?」」」
三人同時にギョッとした顔をして善彦の方を見た。
「それって本当なのか?」
と、訝しげに清が尋ねる。
「あいつ…助けてやっても当たり前って顔をして、いっつも文句言ってる印象しかないんだが…」
「僕も、でした…今回もまた何も言われないんだろうな、と思っていたんですが。」
善彦は頭を掻きながら続ける。
「…お礼を言われたんで、すっかりよくわかんなくなってしまって…」
菖蒲は胸を張って微笑んだ。
「…琴遥も心はあるのよ。でも確かにそれは珍しいわね。」
菖蒲はちらりと李空を見る。李空も少し驚いている様子である。
「こんばんは…」
そう、突如扉の金具を軋ませて琴遥が入って来た。皆、口を噤んで仕事をし始めた。まるでさっきの話がなかったかのような空気になった。
琴遥は自分の席に座り、パソコンを開く。善彦は隣に座った、琴遥の方をちらちらっと見る。手には、百均で琴遥が用意したメモ用紙があり、ペンを持っている。
「…こんばんは。あの今日の仕事なんですが…」
と、恐る恐る善彦が話しかけてくる。琴遥はちらっと善彦の方を見て眉をひそめた。
「何?」
そのぶっきらぼうな物言いに、全員が同じ事を思った。
あ、いつもの琴遥だ、と。そして善彦に憐れみの視線を向ける。善彦は本当のことだったのだ、と弁解したい思いで周りをぐるりと見渡した。
「言いたいことがあるならはっきりしてくれる?」
と、そう琴遥は善彦の煮えない態度に苛立ちを見せる。
そうやって、またいつもの日常が戻って来た。
類は共を呼ぶ。そういう言葉ってありますよね〜